『テーベ村防衛戦 逆転の時』
「なんだ……それは」
やっと言葉を絞り出した。
フェロンの身になにが起き、なにをしたのかは分からない。だが、人間以外のものも含めて五十以上の前世を集めたナミラでさえ、こんな光景は初めて見る。
どんな人生でも経験がないほど、不快で反吐が出て虫酸が走る。人道に外れた行為だということは確かだった。
「フェフェフェフェフェ! どうだぁ! 言葉も出ないか!」
異形の胸を張り、異形の老人が笑う。
「儂はかつて最強の賢者だった。帝国の皇帝すら、儂の言うことを聞いたのだ」
フェロンは目をつぶり、もはや自身の頭の中にしかない遠い過去に想いを馳せた。
「しかし、天才にも老いはやってきた。儂はなんとか、人間族の宝であるこの肉体を完全な形で残そうとした。つまり、不老不死じゃ」
「はんっ!」
ナミラは余裕を見せつけるように、鼻で笑った。
「その割にはヨボヨボだな。ほとんど骨と皮だけ……があああ!」
「儂が喋っとるのにふざけた口を挟むな、小僧」
体に巻き付く根がさらに締め上げられ、全身が悲鳴を上げた。
「儂は研究を重ね、長寿であるエルフ族に目をつけた。奴らをこの身に取り込めば、不老不死は完成するはずだった。中でも、身体能力に優れるダークエルフは白きシャインエルフに比べ、人間との適応値が高く最高の素材でな。儂はエルフの里を狩りまくり、出会ったのがこの女じゃ!」
自らの胸部を指差し、ナミラの目の前に突き出した。
「この女は、娘と共に非常に高い適応値を示した。とある里で戦士長を務めておったが、子を人質に取れば捕らえるのは簡単よ。親子共々この身に取り込み、永遠の若さと力を得るはずじゃった……ところが!」
フェロンは目をカッと見開いた。
「こやつは娘を逃がすため、わざと先に取り込まれ、あろうことかこの儂に呪いをかけおった! そのせいで娘を取り逃し、場所を知ったエルフ共によって研究所は破壊された。儂は呪いに苦しみ、身動きすらままならない状態で瓦礫の下に埋もれたのじゃ」
声を荒げるフェロンの胸で、女性の銀髪が揺れた。
「儂は自らに封印をかけ、呪いの克服に努めた。そして、見事成し得た! たしかに強力な呪いのせいで、目覚めるまでに時代は流れ、力を使い過ぎ肉体は老いた。しかし、これ以上の老化はない! 儂の存在は崇められるべき奇跡と昇華したのじゃ! 最高位魔法じゃと? そんなもの無くても、儂は最も優れた賢者なのじゃあ!」
雄弁に語られる言葉を聞きながら、ナミラは杖に意識を集中させていた。
杖にはアルファの時代に火属性の魔法が宿してあった。その魔法で根を焼き払い、不意を突くつもりだった。
しかし、いくら集中しても魔法が発現しない。
それどころか、魔力自体ろくに練ることができなくなっていた。
「フェフェフェ、魔法が使えんか?」
ナミラの企みを嘲笑うように、フェロンがゆっくりと近づいた。
「その根は、捕らえた者の魔力や生命力を奪う。儂がただ話をしていると思ったか? もはや、撃てても低級魔法程度じゃろうて」
腐った臭いの息が顔にかかる。
ナミラは舌打ちしながら、淀んだその目と向き合った。
「やることが小狡い賢者だなぁ。あぁ、元賢者か。いや……盗賊のご機嫌取りに堕ちたばかりか、この時代では完全に実力不足だもんな。ただの愚者だったか」
アゴを上げ、見下す視線を薄ら笑いと共に送る。
流石に頭にきたのか、フェロンがナミラの顔を掴み罵声を浴びせ始めた。
(よしっ! い、ま、だ)
ここまでは思惑通りだった。
感情を逆撫で、自分に触れさせる。その瞬間、ありったけの闘気を流し込む『闘技 流々奔竜』で形勢逆転を狙っていた。
しかし、その絶好の機会を逃してしまう。
罵声が遠くに聞こえ、流れる涙が止められない。しかし、底から溢れてくるものを感じる。
それは、新たな前世が蘇った証であった。
「このっ、愚かっ、者っ、めっ!」
ナミラに起きた変化など知る由もなく、フェロンは荒い息で乾いた拳を何度も食らわせた。
「ふ、ふふふふふ」
涙の次は、笑いが止まらない。
しかしその様子を不気味に感じたのか、罵声と拳は止めることができた。
「な、なんじゃ小僧。自分の愚かさに気づき、気でも触れたか?」
「それはあなたでしょう?」
とろんとした目をフェロンに向ける。
何度も床を共にした伴侶のように艷やかに。
狂いそうなほどの怨みを込めて。
「がっ、あああぁぁ!」
視線が重なった瞬間、フェロンの身に激痛が走った。
内側から斬りつけられるような痛み。
全身が圧縮されるような苦しみ。
頭が溶け、かき回されるような絶望感。
それらすべてが襲いかかった。
「な、なにをした小僧ー!」
汗だくになったフェロンが叫ぶ。
彼は、この苦しみを知っている。しかし、だからこそ今感じるのはあり得ないことだった。
「あら、分からないのね? じゃあ、この姿なら分かるかしら?」
のたうち回るフェロンを見下ろしながら、静かに語る女性の口振りでナミラは呪文を口にした。
「『わたしはあなた あなたはわたし 浮かぶ憧れ 泡沫の羽衣 十の日が芽吹かす奇跡 十の月が魅せる夢よ 真似衣』」
淡い光に包まれ、ナミラの体が変化する。
残った魔力で使える最後の魔法。
しかし、足下の老人には最も効果のある魔法であった。
「なっ……なんで、貴様が……いや、貴様は」
狼狽するかつて賢者だった男。
目の前の存在が信じられなかった。
「お久しぶりね。いえ、あなたはそうでもないわよね? だって、ずっと一緒にいたんですもの」
ゆっくりと笑みが浮かぶ。
「名前は忘れてないかしら? ライア・モス・バラライカ。あなたと一体になった、その胸のダークエルフよ!」
目を見開き、声を上げた。
視線の先には苦しむ老人と、自身に瓜二つの顔があった。




