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『テーベ村防衛戦 苦戦』

 時は少し遡り、まだヴェインが村長邸を目指して歩いていた頃。

 女神シュワ像の足元では二つの魔力がぶつかり合い、激しい応酬を繰り広げていた。


「「『轟く怒り 断罪の光り……』」」


 二人は女神像を挟んで距離を取りながら、互いに呪文の詠唱をしている。

 ほぼ同時に唱え終わり、素早く飛び出して魔法を放った。


「「『轟雷ボルテック・鉄拳フィスト』!」」


 先日、魔狼弾ドン・ガルゥを破った上級雷魔法。

 ナミラが覚えている魔法の中でも最強クラスの破壊力を誇るものだが、衝突したいかずちの拳は拮抗する。直後、雷光を撒き散らし周囲を破壊しながら霧散した。

 

「『研ぎ澄ました風の牙 逆巻く暴風の蹂躪じゅうりん 嵐の晩餐 嗅ぎ取れ 見よ その口を開け 駆ける風虎ふうこよ 獲物はここだ』」


 ナミラは、迸る雷電に臆することなく走り出す。

 同時に次の詠唱を始め、跳躍して地の利を確保し老人を見下ろした。


「『竜巻トルネード・咬牙ファング!』」


 上下四本の竜巻が吹き荒れ、牙のように老人へと伸びていく。

 ナミラが使える風魔法の中で、最も速く最強の魔法。発動のタイミングも完璧だった。


 しかし。


「『大地グラウンド・盾甲羅シェル


 老人の土魔法が風の牙を防ぐ。

 それどころか、みるみるうちに押し返し、ナミラは自ら放った風に晒され宙を舞った。


「うわあああ!」


 なんとか直撃は免れたもののダメージは大きく、受け身も取れないまま地面に叩きつけられた。

 

「くそっ、またか」


 体を起こしながら、老人を睨んだ。


 常に先手を取り、動きを読んだ戦いをしているのはナミラのほうだ。

 今の攻防も、すべての前世の魔力量を合算したナミラだからこそ、上級魔法の二連発という戦法が取れた。いくら手練れの魔法使いであっても、万が一行動が読まれていたとしても、反応できないはずだった。


 しかし戦いが始まってからずっと、ナミラは劣勢に立たされている。

 虚を突いたつもりがタイミングを合わされ、相反する属性で返される。決め手に欠け、翻弄されている状況にナミラは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「フェフェフェ、素晴らしいぞ小僧!」


 対して、老人は喜びに満ちた笑顔で手を叩いた。


「あの低級魔法もろくに使えん馬鹿共といたら、低脳過ぎて頭が変になりそうでな。やはり上級魔法の撃ち合いは気持ちがいい! お主のその才能、若いのに大したもんじゃ!」


 相手が孫かのように褒め始めた老人は、今しがた殺し合いをしていたとは到底思えない。

 思わず拍子抜けしたナミラだが、体の痛みが警戒心を消さなかった。


「おぉ、儂としたことが名乗りも忘れて戦っていたな。儂の名はフェロン。小僧、名を聞こう」

「ナミラだ」


 フェロンの口と指の動きを注視しつつ答えた。

 

「ナミラか、いい名じゃ。そしてその才能、本当に素晴らしい。お主が使った雷魔法は風火水地の四大元素において、火と風を上級魔法まで修めることで、初めて習得可能になる。そして、さらにその上級魔法となると、覚えられずに一生を終える者もいるというのに。その若さで本当に大したものじゃ」


 フェロンは興奮気味に「フェフェフェ」と笑った。


「そしてなにより、その魔力量! 嗚呼、あんなに速い上級魔法の速射など初めて見たわい。しかも、まだ魔力に余裕があるように見受けられる。こんな辺境の村に、これほどの才能が埋もれていようとは」


 感嘆の息を漏らすフェロンに、ナミラは嫌味な笑みを向けた。


「褒めてくれるわりには、こっちは苦戦中なんだけどな。あんたは俺以上に余裕そうに見えるが」


 すると、フェロンの瞳に怪しい光が宿った。

 不気味な笑みを返すと、フェロンは口を開いた。


「気になるか? え? 同じ魔道を志し、そこまでの高みに上り詰めたお主には、特別に教えてやろう」


 フェロンが手をかざすと、四大元素を司る魔力の玉が現れた。

 そして、その魔力の密度にナミラは目を見開いた。


「お主は素晴らしい。その若さで三つの属性を上級まで極めるとはの。しかしな、儂はその上をいく。儂は四大元素はもちろん、その複合属性である雷、熔岩、氷、植物までも上級まで習得している」

 

 光が混ざり合い、新たに四つの光玉こうぎょくが作り出された。


「馬鹿な!」


 ナミラは思わず叫んだ。

 その声には、魔法使いの前世であるアルファの想いも込められていた。

 フェロンが言った通り、複合属性の魔法は習得が難しい。アルファも生前は低級雷魔法までしか覚えられず、中級と上級はナミラが修行して得たものだった。それなのに、目の前の老人は黒魔法に現存するすべての属性を扱ってみせた。


 それはもう、魔法使いの域を超えている。

 そんな力を持つ者は、別の呼び名で呼ばれている。


「賢者と同等の力だ、それは」


 その時代に、魔道を極めたとされる者だけに与えられる称号。

 今のナミラでは、まだ到達し得ない高みの証である。


「フェフェフェ。そう言ってもらえると嬉しいのぉ」


 信じたくはないが、目の前の現実が力の強大さを証明している。

 ナミラは悔しさで杖を握りしめた。


 だが、諦めるわけにはいかない。

 まだみんな戦っているのに、父さんから任されたのに。


 この魂に誓って、絶望など抱いてたまるかっ!


「……まったく光栄だね、こんなものを見せてもらえるなんて。なら、ついでにこの若輩に他にもご教授願えないだろうか?」

「おぉ……おぉ! いいぞいいぞ! 誰かに魔道を説くなど久しぶりじゃ! なんでも教えてやろうぞ!」


 フェロンは上機嫌で答えた。


 とにかく、どんな些細なものでも情報を集めなくては。

 今はなにもなくても、どこかに打開への糸口があるはず。


「あんた、最高位魔法はなにができるんだ?」


 魔法には基礎、低級、中級、上級といった段階がある。

 そして、ごくわずかな者だけが踏み入れる極地。それこそ、賢者や伝説に名を連ねる者にしか扱えたという記録はない、最高位魔法という至高の領域。


 ナミラの警戒と策略は、そこにある。


 フェロンの練度と使える魔法の多さは、最高位魔法を覚えていてもおかしくはない。それほどに強い。

 だが、最高位魔法には必ず長い詠唱が必要となり、他の行動が出来なくなるため大きな隙が生まれる。そこを突くのだ。

 中級以降の魔法には、呪文を唱える最中【詠唱障壁えいしょうしょうへき】と呼ばれるものが現れ術者を守る。最高位ともなればそれ自体が強力だが、そこを叩くのが最も確率が高い。


 撃たれればまず勝ち目はないが、その前に倒せばいい。

 そして、百万一回目のこの命も他の前世に習えばそれは可能なはずだ。


(さぁ、どうだ?)


 フェロンの様子を、固唾を飲んで見守る。

 そしてその返答は、予想もしていなかったものだった。

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