『テーベ村防衛戦 愛ゆえに2』
「も、もう我慢できねぇ!」
「あ、この野郎!」
言い合いの結論を待たず、殺人狂と揶揄されていた男が飛びかかった。
手入れなど碌にしていない、錆びついたナイフが振り上げられている。狂った光を宿した目で、狂った欲望を叶えようとしている。
「闘技 刀身強化」
相手の狂刃を涼やかな瞳で一瞥すると、アニはくるりと回って男の脇を通り抜けた。
男はアニの体に触れることもなく、自身になにが起きたのかも分からないまま、首と胴が別れを告げた。
仲間の男たちは固まり、少女の背後に咲いた鮮血の花を眺めていた。
頭には様々な疑問が浮かぶが、抜刀の瞬間すら見えていない者に結論は導き出せない。ゆえに、思考は止まり激情のままに体は動く。
「なにしやがったこのアマー!」
皆、叫びながら突っ込んでいく。
しかし、狭い通路であるがゆえに、二人しか近づくことができない。
「鳥爛舞闘、肆の舞」
剣を突き出した男の一撃を、円を描く足さばきで躱す。
同時に腹を裂いて跪かせ、踏み台にして跳躍した。
「死白鳥の円舞」
アニは優雅に音もなく、自ら男たちの渦中に舞い降りた。
思わず見惚れていた者も、すぐさま我に返り攻撃を繰り出す。
しかし、周りは仲間ばかり。身動きを取るのがやっとの場所では、思うように武器を振るえない。
たった一人、アニを除いて。
右に左に回りながら、闘気の宿る刃を軽やかに振り回した。耐久と切れ味の増した剣は、鍛えられた肉体も細枝のように切り裂いていく。
「くそが!」
一部の男が武器を捨てて飛びかかる。
しかし、舞は止まらない。
ときに飛び跳ね、今度はかがんで攻撃を躱し、くるくるくるくる回り続けた。まるで戦っているとは思えないその動きは、男たちに未知の恐怖を植えつけ始める。
「『火よ 燃え盛る礫となり この手に宿れ 火球!』」
恐怖は冷静な判断を奪う。
後方の男がパニックを起こし、仲間を無視して魔法を放った。
「ぐああああ!」
狭い路地に起きた爆発は、直撃を受けた者だけでなく、放った術師も熱風の被害に遭った。
「へ、へへへ。やってやったぜ」
結果として仲間の半数以上を失い、残った者も傷を負った。
しかし、術者は満足気な笑みを浮かべ、非難する生き残りもいなかった。
「はぁ、できればこれは使いたくなかったんだけどなぁ」
安堵の息を吹き飛ばす声が、頭上から聞こえた。
男たちが見上げると、空に浮かぶアニの姿があった。体はすすけてはいるが、ダメージはない。それだけでも絶望的であるのに、両手に握られた剣には今まで斬った者たちの血が集まり、巨大な翼となっていた。
「肆の舞を踊ったあとにしかできない、特別な技」
アニは大きく息を吸い込んだ。
「鳥爛舞闘、捌の舞。暴乱大鷲」
アニが深紅の翼を羽ばたくと、血の羽が豪雨のように降り注いだ。
羽のひとつひとつは鋼鉄のように硬く、壁を崩し地面を穿ち、その場にいたすべてを飲み込んだ。
斬竜団のひとりは、届かぬ空から見下ろす少女に「強ぇ」と呟き絶命した。
「あ、あぁ……」
血の羽が消え、地面に降り立ったアニは辺りを見渡し、頭を抱えた。
建物は壊れ景観は見る影もなく、無残な瓦礫が横たわっていた。
「うわー! だからこの技使いたくなかったのよぉ! 強いけど狙いが定まらなくて、こんなんなっちゃうんだからぁ! どうしよ、ここってジャガおじさんのお店だったよね……あ、ヘナおばさんの服屋まで……きゃあ!」
半泣きのアニだったが、広場から轟音と共に強烈な光が起こり、そちらに目を向けた。
「……ナミラ」
まだ、戦いは終わっていない。
頬を叩き、改めて広場に目をやった。
あとでいっぱい謝ろう。
そのためには、村を守らなきゃ。
みんなで生き残らなきゃ。
私は、私のやるべきことをしないと。
駆け付けたい気持ちを抑え、アニは残りの斬竜団を探すため走り出した。
「待っててね、ナミラ」
危険も無茶も我慢も、なにも辛くない。
この胸にある、温かな気持ちのためなのだから。




