『テーベ村防衛戦 愛ゆえに』
デルが戦闘を開始した頃、村の反対側では別の一団が荒い息遣いで路地を走り回っていた。
「ひゃっははは!」
「おい待てよぉ〜」
欲にまみれた笑みを隠そうともせず、よだれを垂らしながら面白そうに武器をチラつかせている。
その視線の先には、逃げるアニの後ろ姿があった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
振り返らず、ひたすら走り続ける。
屋根の上から降りたところを見つかり、身構えるより前に逃げ出した。背後に迫る男たちは、先々で数を増やし三十人ほどにまで膨れ上がっている。まるで子うさぎを追いかける狼の群れのようだ。
「はぁ……はぁ……はぁ」
アニの足が止まった。
もはや逃げ場のない袋小路に辿り着き、壁に囲まれてしまった。
「追いかけっこは終わりかい?」
やっと振り返ったアニは、唯一の通路に群がる滾った男たちと向き合った。
「女で楽しむよりも暴れるつもりだったけどよ、お前の体見てたら我慢できなくなっちまった。連れの魔法使いにやられて体中痺れてんだ。たっぷり癒やしてくれよ」
髭の男が「げへへへへ」と笑った。
「おい、ふざけんな。最初に見つけたのは俺だぞ!」
「あぁ? 俺が先頭で走ってただろうが!」
「なぁ、腕だけ。腕の一本だけ斬らせてくれよ」
「うるせぇ! 殺人狂は最後まで引っ込んでろ!」
当事者のアニを放置して、男たちは誰が最初に手を出すかで揉め始めた。
逃げ場もなく数で勝る今、年端も行かない少女への警戒など皆無に等しい。腰に下げた細剣も驚異には映らず、飾りのようにしか見ていなかった。
武装した盗賊に追い詰められたアニは、一人俯く。
誰が見ても絶望的な状況。
男たちに見えないその表情は、悲しげな笑みを浮かべていた。
「弱く見えるのね」
小さな声は、足下にも届かない。
その「弱さ」が、アニは嫌いだった。だから、彼女はここにいる。誰にも弱いと言わせないために。
ナミラに強いと言わせるために。
あの夜、アニもその姿に見惚れた。デルは憧れ、追いかけたいと目を輝かせた。
しかし、彼女は違う。ターニャの動きは出来るようになりたいと思ったが、憧れの感情よりも別の想いが、胸に強く残っていた。
その正体に気づいたのは、日曜勉強会で前世の話を聞いたときだった。子どもたちと一緒に、数々の物語を聞いた。みんな夢中になって聞き惚れ、ときには涙した。「すごい」「自分もなりたい」そんな声が起こる中、アニは思った。
なんて悲しく愚かなんだろう。
あるときは王を。あるときは愛する人を。あるときは友を、村を、国を、動物や草花までもを守って死ぬ。
登場人物が違うだけで、すべて同じ結末の物語。自らを犠牲にして守るという行為を、みんな尊く気高いものだという。もちろん自分も、その行為や心は尊敬するし、称賛もする。
でもそれは、同時に二度と繰り返してはいけない悲劇であるはずだ。
壮大な英雄譚も語り継ぐべき歴史も犠牲という死があったのなら、そこから学び後世に活かすべきと思う。
でも、ナミラは自己犠牲を繰り返す。百万回も繰り返すなんて、もはや呪いとしか思えない。
あの夜、命を賭ける姿に感じたのは悲しみと哀れさだった。だから、はっきりと言える。あんな風に死ぬなんて、馬鹿げている。
私には女神シュワの気持ちが分かる。
こんな馬鹿な魂に手を焼いて、努力を無駄にされればそりゃあ怒る。
……本当に馬鹿。
でも、私が好きになったのはそんな男だ。
アニは微笑み、清々しいため息をついた。
だから、私は剣をとった。
強くなって、あの人の隣に立ち続けるために。
あの人が誰かを守ると言うのなら、私があの人を守る。
そして絶対に、私はあの人の死ぬ理由になんてならない。
ふと、空を仰ぐ。
曇天の隙間から、かすかに青空が見えた。
「いくよ、ナミラ」
呼吸も整い、目に迷いはない。
静かに、冷静に、敵を見据える。




