『テーベ村防衛戦』
潜めた息遣いの男たちが、テーベ村に迫る。
容赦ない狩人の動きをしながら。
残忍な殺人者の目で見つめ。
荒ぶる獣の心を滾らせて。
斬竜団は頭の指示に従い、畑が広がる南側と一部を西に分けて迫っていた。
隣村に続き王都に繋がる街道には、数か所に渡って木を倒し道を塞いでいる。唯一の懸念であった北の砦への援軍に対して、これでかなりの時間が稼げることになる。村の人間が逃げようにも、北は戦いの真っ最中。残った村人からの抵抗など、数々の汚れた武勇を誇る斬竜団にとって、なんの驚異にもならない。
「うん?」
進軍を続ける男たちの中で、誰よりも早く頭の男が声を発した。
「おい、なんだアレは」
お頭は魔法使いを呼び、テーベ村を指差した。
「なんであの村だけ雨が降ってる」
頭上の空は晴れ渡り、朝日がその光を広げ始めていた。
東西南北、見える空は同じ景色。
だが、テーベ村の空は分厚い黒雲が覆っており、近づくにつれ夕立のようなの匂いと激しい雨音が漂ってきていた。
「ふむ、あれは恐らく『雨雲』の魔法でしょう。なに、農業を生業とする地域ならよくあることです。干ばつのときや広い畑に水をやるとき、ああやって雨雲を発生させるんです」
「っち、なら火は着けられんか」
お頭は火矢を用いた奇襲の思惑が外れ、部下の男にイラついた様子で指示を出した。
その様子を見ていた魔法使いの老人は、歯の抜けた口で「フェフェフェ」と笑った。
「心配ないでございますよ、ヴェイン様。少し規模は広いようですが、所詮は農民の魔法。雨が畑以外にまで広がっている点を見れば、術者の実力もたかが知れております」
老人は細い枯れ枝のような指で雨雲を差した。
「……そうみたいだな。むしろ足音を消してくれるか。よりによって、こんなときに雨を降らすなんて馬鹿な連中だ」
掠れた声のヴェインに続いて、周囲の部下たちも笑い出した。
老人も笑ったが、普段ヴェインたちの学の無さを見下しているので、口の中で「貴様らに言われたらお終いだ」と呆れていた。
雨粒の向こうの人家の明かりが近づいたとき、一部の男たちから大粒のヨダレが垂れた。
「こっち側の家は若い連中と女が欲しい奴で襲え。血と金が欲しい奴は俺に続け」
ヴェインは誰よりも大きな口で笑みを浮かべた。
釣られて手下の男たちも声を殺して笑い、滾る欲望を抑えようともしない。指示のあった比較的若い男たちを中心に、それぞれ数人づつ目に入った家に向かった。ヴェインと魔法使い、残りの男たちはまるで凱旋でもしているかのように悠々と北側へ進む。
雨音がそれらの気配を消し、誰にも訪れを悟らせない。朝日よりも早く、斬竜団の魔の手はテーベ村に広がっていった。
そして、ヴェインの一団が広場に続く階段を登りきった頃。
南側の家々に散った男たちは我慢ならず早々に扉を破り、窓を割って侵入を開始した。
「ぎゃあああああ!」
悲痛な叫びが雨音を断って響き渡る。
それは体に刃を許した断末魔。鋭く冷たい異物が体を貫いた証明に他ならない。
だがそれは。
斬竜団の男たちから発せられていた。
「ぐおあっ!」
ある者は、振り子のように襲いかかった斧に頭を割られ。
「ぎいぃぃぃ」
ある者は、勢いよく飛び込んだ室内に張られた糸に全身を切り刻まれ。
「うごぉあ!」
ある者は、仕掛けられた無人の弩弓に脳天を貫かれた。
「なんだ!」
背後から聞こえる想定外の声に、ヴェインも思わず振り向いた。
逃げ惑う女の悲鳴と子供の泣き声にほくそ笑むつもりが、明らかにこちらの戦力が削られている。
完全な奇襲と圧倒的な蹂躪。
前提としていたすべてが崩れていた。
「『迸る激情よ 溢れる怒りの稲妻よ 走れ 広がれ 愚か者に知らしめよ!』」
全員が後ろを見つめ、起こる惨劇に意識を向けていたとき。
広場から呪文の詠唱が流れた。
「『雷光!』」
杖を構えたナミラが斬竜団に雷撃の魔法を放った。
「ぐおおおおおお!」
濡れた地面を伝い、その範囲と威力を増して蒼白い雷光が襲いかかる。
一瞬で全員を飲み込み、勝敗は決するはずだった。
「フェフェフェ。なかなかやるのぉ、若造」
魔法使いの老人が、不気味な笑みを浮かべて立っていた。
「ぐはははは! 痛てぇじゃねぇか兄ちゃん」
その隣には、ヴェインが焦げた服を破りながら笑っている。
後方の手下たちも一度は地に伏せながら、そのほとんどが立ち上がった。
「おい、どのくらい残ってる?」
「ふむ、民家を襲った連中は全滅と見たほうがいいでしょうな。こちらは……三割ほどやられましたな。立った者もしばらく痺れが残るかと」
思いの外、二人は冷静だった。
「……そんなに上手くはいかないか」
ナミラは余裕を見せつけるように笑ったが、胸中は驚きに満ちていた。
ナミラの魔法が放たれる直前、老人は防御魔法を展開し威力を減衰させた。完全に虚をついたはずの攻撃を、効果が半減する詠唱破棄の魔法でここまで防いだ。これだけで、老人がかなりの実力者だと分かる。
だが、ナミラが最も警戒しているのは老人ではなく。
防御魔法の範囲外で、今の攻撃を生身で受けたにも関わらず。
ダメージがほとんどない、ヴェインに対してだった。
「ありがとうよ、兄ちゃん。俺らも所帯が増えて、戦利品の分配が面倒臭くなってたんだ」
ヴェインの言葉に、手下たちは「げへへへ」と笑った。
「……人の匂いがするな。村の奴らはあの屋敷か」
ヴェインの指差す先には、村長の屋敷がそびえていた。
「あそこ行くにはここを通らないと駄目みたいだなぁ……やっぱ邪魔だなぁ、兄ちゃん」
ヴェインの目に殺気が宿る。
しかし、それを断ち切るように頭上から無数のナイフが降り注ぎ、目を引く美しい少女と仮面の少年が舞い降りた。
ナミラと並んだアニとデルは鋭い目つきで斬竜団を睨み、それぞれ無言で武器構えた。
「おぉ、仲間もいたのか。なら、ちょっと遊んでやるか」
そう言うと、ヴェインは見下した笑みで足を踏み出した。
「俺はこのまま、あの屋敷を目指す。手下共は村の中に散って、好き勝手に荒らしまくる。お前らだけで全部防いでみろ!」
ヴェインが両腕を広げたと同時に、奇声を上げた男たちが一斉に走り出した。
「させるとでもっ」
ナミラはすかさず魔法を放とうとしたが、突如吹き荒れた突風に遮られてしまった。
「お主の相手は儂じゃ」
魔法使いの老人が、楽しそうな笑みを浮かべてナミラと向かい合った。
「大丈夫だよ、ナミラ」
「こっちは任せて」
三人は頷き合うと、デルとアニは走り出しナミラは老人を睨みつけた。
その横を、ヴェインはのっそりと歩いていく。剣で斬りつけたかったが、老人の殺気と魔力がそれを許さなかった。
「それじゃあ、兄ちゃん。俺が喰らい尽くす前に来いよ? 首だけになってもよ」
「お前は首を洗って待ってろ」
ヴェインはゲラゲラと笑いながら、屋敷までの道を進んでいく。
降り続いていた雨は止んだ。
しかし、村は依然分厚い黒雲に覆われ、かつてない戦いの波が押し寄せていた。




