表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第五部一章 世界VS混沌
197/198

『炭化』

 体の輪郭が曖昧になり、己の存在すらかすんでいく光の中で。

 シュレディンガーとしての自我は、静かな独白を吐き出していた 


 ――――百万回の生の中で、幸せを感じたことはあった。

 ――――友もいた、家族もいた。

 ――――けれど、すべて奪われた。

 ――――今度はこちらの番だ。今度はこちらが奪う番のはずだ。

 ――――だから――――ダカラ――――!!


 ミ ナ ゴ ロ シ ニ シ テ ヤ ル


「っ! 離れろイフリート!」


 ナミラが叫ぶが早いか、力を取り戻しつつあった火の精霊王は素早く距離をとった。

 彼の脱出のために技を解いたナミラも、額に冷汗を流しながら反射的に下がっていた。


「これは」


 空が暗黒に塗り替えられていた。

 真昼間の砂漠にあって、血も凍る夜の冷気が漂っている。同時に言いようのない、不気味で全身を舐めまわされるような不安が、ナミラたちに襲いかかっていた。


「にゃあ……にゃああああ」


 シュレディンガーは鳴いていた。

 鳴いて、泣いて、啼いて、亡いていた。

 姿は獣人の要素を失い、小さく痩せ細った黒猫となっている。辛うじて生えた二本の尻尾だけが、外見での異常性を伝えていた。


 しかしナミラは天を覆う闇のすべてから、シュレディンガーのむせかえるような気配を感じていた。


「ナミラ様、これは火の魔力じゃねぇ。炭や灰……燃えたあとに残るもんが凝縮されてるみたいだ。そんなのには魔素もねぇはずなのに、この力は」

「わからない。だが油断できないのは確実だ。イフリート、まだ全快じゃないとこ悪いが、お前は守りにまわってくれ。アニとアヴラにはもう動いてもらってる」

「わかりました……ご武運をお祈りしてますぜ!」


 イフリートは自然と同化し、熱い魔力を広げた。

 眷属である妖精と精霊たちも力を発揮し、砂漠はひとまず、元の熱気を取り戻した。

 

「……手が出せないな。前世は一万以上集まっているんだが、お前が恐ろしく感じるよシュレディンガー」


 剣先の震えに自傷の笑みを浮かべる。


「だが、なにもせず見ているわけにはいかない。くらえっ! 真・斬竜」


 竜心を振り上げ、闘気の竜を放とうとした。


「なっ」


 しかしナミラは技を放つことができなかった。

 竜心は握っていたはずの手から静かにすべり落ち、流れる砂の上に刺さってしまった。


「どういうことだ」


 手の感覚がない。

 力が入らず、指も動く素振りを見せない。


 ナミラは慌てて、鎧の隙間から両手を見た。

 手は黒く炭化して崩れかけ、皮膚は白い灰となり、風に攫われた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 痛みはない、だからこそ恐ろしい。

 体の炭化は今も広がり、それどころか足や腹にまで予兆が現れ始めている。


「な、なんだこれはっ! いや……なんだっていい。早く止め「にゃあ」ないと」


 耳元で声がした。

 いつの間にか、二尾の黒猫が顔の横に座っている。

 

 そして即座に攻撃を仕掛けようとしたナミラの顔を、二本の尻尾がヌラリと撫でた。


「ガあッ!」


 起こったのは前世の邂逅。

 だがそれは、必ずしも女神のギフトによるものではなかった。


 ギフト『前世』という入口に、シュレディンガーが生きた猫としての百万の生が無理やりねじ込まれていく。ひとつひとつは短くとも、その密度と濃度は今までの比ではなかった。


「こうなると……思ったにゃあ」


 ささやいた猫の目の前から、ナミラの体が消えた。

 ただ静かに、黒く脆く変わりながら、下へ下へと落ちていく。


「魔力はもう……吾輩のものになったと……言ったにゃ。火の力は、ただのオマケ……超天魔法の名残りでしかない」


「『炎王の(イフリート)憤怒(エクスプロージョン)!』」


 怒りを燃やしたイフリートの攻撃が、一匹の猫に放たれた。

 豪炎の球が周囲を照らし、小さな影すら飲み込み消した。ナミラは精霊が受け止めたが、まだ意識が戻らない。その間も炭化の浸食は止まらなかった。


「火の力を舐めんな!」

「火……火は……ダイキライにゃ!」


 太陽を思わせる火球は、シュレディンガーの咆哮を浴びると一瞬で黒く染まった。

 眩い熱は失われ、精霊王の必殺技が燃えカスの塊と化した。


「くそが!」


 だが再び燃え上がり、炭化した肌を燃やし尽くした。

 

「キライにゃ!」


 しかし燃えたそばから炭となる。

 燃えては消え、輝いては燃え尽きを、幾度となく繰り返していく。


「くっそ……せっかく戻った体が、また」

「おまたせ精霊王」


 火球の背後に飛んできたアヴラは、自身の魔力をイフリートの技に注いだ。


「来てくれたか火の賢者! よっしゃ、このまま押し切るぞ!」

「無理ね。私が加勢したところでこの状況は変わらない。時価稼ぎにしかならないわ。どこかで隙を見て、一度引かないと」


 少し息の上がったアヴラは、努めて冷静だった。

 賢者としての知見をフル稼働した結果、手負いのナミラを抱えては勝機なしと判断。他の仲間との合流を最優先としていた。


「アニが戻り次第、ナミラを回収して逃げるわよ。精霊の手を貸して」

「無理じゃねぇか? 炭化の範囲や条件がわからない上に、奴は恐ろしく速い。逃げられると思うか?」

「それでも逃げるしかないのよ。アンネの元にいけば、ナミラだって回復できるかもしれない。逃げの一手しか残されてないのよ」

「いーや、まだある」


 イフリートはさも自信と策ありげに笑ったが、中身が伴っていないことはアヴラにもわかった。


「こんなときに適当なこと言わないで。本当に悠久を生きてる精霊王なの?」

「お前こそ本当に火の賢者か、アヴラよ。火を司るなら、まだまだ燃え尽きちゃいけねぇ。時間稼ぎ上等だ。限界まで燃やして消されてを繰り返そう」

「それでなにが得られるっていうの!」


 大量の魔力を注ぎ続け、アヴラに早くも疲労の色が見え始めた。

 さらにイフリートとの会話に苛立ち、自然と語気が強まってしまう。


 けれどイフリートは、万象王の時代から生きる火の精霊王は、揺らめく篝火のような笑みを浮かべた。


「勝利だ。このまま時間を稼ぎ、ナミラ様の意識が戻れば必ず勝てる」

「なにを根拠に」

「オレなりの根拠はあるが、まぁほとんど賭けだな。だがお前も賢者なら付き合え。全快ではないが、精霊王の力を余すことなく貸してやる。こんな機会、古文書とやらにも残ってないだろう?」

「……あぁもう!」


 アヴラのギフト『心燃魔力(しんねんまりょく)』が燃え上がり、少女の身に宿る魔力を一気に底上げした。


「燃えるじゃない! 情欲よりもやっぱりこっち! 頭の中がギラついて仕方ない!」

「それでこそ火の賢者だ!」


 火力を増した火の塊は、明滅の如く点火と炭化を繰り返す。

 下方ではシュレディンガーの金色の瞳が、瞬きもせずに見上げ、ただ殺意と憎しみを抱いていた。


 そのさらに下。

 砂の上に横たわるナミラの肉体は、すこしづつ炭と化している。


 その――――最奥。

 前世を旅する彼の魂は、自らが知らない別の魂の軌跡をたどっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ