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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第五部一章 世界VS混沌
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『叫び声』

「んにゃ?」


 遠い昔の前世で聞き覚えのある無機質な声に、シュレディンガーの耳が動いた。

 それは今世で聞けるはずのないもの。

 そしてこの声がなにを意味するのか、彼の本能は瞬時に理解した。


「させるかにゃあ!」


 二本の尾が砂を叩き、上空へ飛んだ。

 

「ちっ、やっぱりタダでは撃たせてくれないか」


 狙いを定め、最後の魔法陣の展開を待っていたアヴラは、短い舌打ちで出迎えた。

 咄嗟に距離を取るが、狂気の猫はすでに同じ高さに到達していた。


「にゃはははは! どんな魔法だろうと効かにゃいが、もうお前らには飽きたんだにゃ!」

「そう。それは残念ね」


 少し伸びた赤髪は、シュレディンガーのものよりも艶やかで、陽光の中で美しく揺れた。


「あっちはまだ遊びたそうよ?」


 雲の上よりさらに上。

 大翼の形をした虹が目の回るほど輝き、混沌の子を見下ろしていた。


暴乱大鷲ぼうらんおおわし落涙虹(らくるいこう)!」


 七色の羽根が、圧倒的な破壊力を伴って放たれた。

 シュレディンガーは咄嗟に避けたが、雨雲が追いかけてくるように、虹の豪雨は降り続いた。

 

血雄流(チュール)!」


 口から吐いた業火の螺旋は、降り注ぐ虹を迎え撃った。

 炎は驚くほど巨大に燃え広がり、見事に主を守り切った。


「……どういうことだにゃ」


 チリチリと火の粉を散らしながら、シュレディンガーは空を睨んだ。

 

 虹の翼の持ち主を。

 たった今燃やしたはずの少女、アニの姿を。


「やいお前ぇ! どうやってそこにいった! 死んだんじゃなかったのかにゃ!」


 驚きはしたが、動揺はしていない。

 むしろ殺す作業が二度手間になることへの怒りが、響き渡る怒号を生んでいた。


 だからだろうか。

 灰にしたはずの衣服すら戻っていることに、シュレディンガーは気づかなかった。

 むしろ今なびいている白と黒の舞姫の衣装こそ、エルフと魔族によって加護を受けた強力なものであることも、吠える猫は知る由もなかった。


「驚いた。やられたのはわかってたけど、ここまで完全に燃やされてるなんて。だいぶ強かったと思うんだけどなぁ、アニ一号」

「仕方ないさ、アニ。コピーゴーレムは、俺たちの三分の一ほどしか力が出ない。思念で操ってるから、動作にも遅れが生じるし」


 頭上のアニとのんびりと会話するナミラの声は、シュレディンガーの背後から聞こえた。

 振り向きざまに振るった爪は、空に軌跡を描いた。しかし爪は硬い感触に阻まれ、重たい金属音が鳴った。


「ま、それでもゴーレムとの挟み撃ちの予定だったんだけどな。やっぱり、思ったよりやるなシュレディンガー」

「ナミラ……タキメノッ!」


 涼しげな顔で、ナミラは灼熱の爪を受け止めていた。

 彼を護るのは、金と白金の光を放つ鎧。業火の爪撃でも傷ひとつ付かず、荘厳に佇んでいる。


「いい鎧だろ? 頼んだわけじゃないんだが、いろんな人が俺のために造ってくれたんだ。人族、ドワーフ、エルフ、獣人、魔族……すべての種族が手を取り合った、ひとつの結晶だ」

「ふざけるにゃあ! また燃やしてやる!」


 空を跳び、距離を取った猫の体毛が、メラメラと燃え盛った。


「魔多っっ」


 技を放とうとした刹那、燃える体に悪寒が走った。

 

 睨みつけた先に獲物の姿はすでになく。

 うなじを切り裂かんと迫っている、刃の殺気を感じ取った。


「ぐにゃあ!」


 咄嗟に身をかがめて避けることができたが、耳の先がわずかに剃られた。


「どうした? この速さなら楽しめるんじゃないか?」

「……いいにゃ。吾輩の本気を見せてやるにゃあ!!」


 獣の本領を発揮し、荒々しい炎が飛び掛かる。

 迎え撃つ人の理性は、眼光に鉄の鋭さを宿した。


 光が煌めいたかと思えば火花が散り、さらに大気が悲鳴を上げて揺れる。縦横無尽にぶつかり合い、躱し、繰り出し、他者の介入を許さず命を狙い合う。


 さきほどよりもさらに次元を超えた、目にも止まらぬ攻防が繰り広げられていった。


「あぁもう! 出てくるなら動き止めなさいよっ。これじゃ狙いが付けられないじゃない。近づいてきたとこ撃とうと思ってたのに」


 杖を構えながらイラつきを隠そうともしないアヴラの背後に、アニがふわりと舞い降りた。


「まぁまぁ、アヴラちゃん。私もサポートするから。反動で吹っ飛ばないように、うしろからギュッてしとくね」

「お、おほっ、やわらかいものが背中に……だ、だめよアヴラ。モモちゃんっていう心に決めた女の子がっ」

「私だってナミラが好きだけどさぁ。ほら、ナミラは貴族だしモモちゃんは賢者の娘じゃん? だからさ、うちの国じゃ同性婚も一夫多妻制も認められるんだよね」

「そ、そうなの!? ちょっ、こんなときにっ、そんな昂る情報を!」


 そのとき、杖の形状がさらに変化した。

 狙いをつけていた先端が筒状に伸び、長い花の蕾を思わせる形状へと変わった。


 まるで現代のスナイパーライフル。

 しかも銃身は長大。大きさだけなら、対戦車ライフルにも匹敵する代物となった。


「な、なにこれ。事前の説明にはなかったわよ……謀ったの? この炎美のアヴラを?」

「ちがうちがう。アヴラちゃんのギフトって、感情の昂ぶりで魔力が増すんでしょう? だったら、情欲とかでもいいんじゃないかって思ってさ。私が勝手に試してみただけ。ほら、こんなのどう? ふーっ」

「ひょわあ!」

 

 耳に息を吹きかけられ、最年少の賢者は身悶えした。

 世界の命運をかけた戦いの最中、少女は新たな性癖の扉を開こうとしていた。

 

「――――おいおい、頼むぜ嬢ちゃん」


 突然聞こえた男の声は、アヴラが握る杖の中から聞こえた。

 

「こっちは屈辱も甘んじて受けて待ってるんだ。色っぽい声はほどほどで、しっかり狙ってくれよ?」


 口調に強者の名残りはありつつも、風前の灯火のように弱々しい。

 しかしこの声の主こそ、この戦いの趨勢を決める存在なのだ。


「わ、わかってるわ。私は炎美のアヴラ。過ちを犯し、一度死した身であっても、賢者としての誇りは失っていない。だから、この気持ちは内側で燃やす……くぅッ!」

「い、いいのかそれ? まぁ、この形状のほうが当たりやすいのは確かなようだ。誤差は調整してやれるが、頼りにしてるぜ炎の賢者よ」

「にゃあああああああああああああ!」


 甲高い、怒気を孕んだ悲鳴がこだました。


 シュレディンガーの攻め手はさらに加速し、荒々しさを増している。一撃一撃に濃縮した炎が込められ、触れたものは骨の髄まで燃え尽きる。


 なのに、当たらない。

 

 ナミラはときに軽々と、ときに鋭く、まるで数秒先を見通したかのように攻撃を避けた。

 シュレディンガーも竜心の刃を躱すが、続く足技や死角を突く鎧の殴打に反応しきれない。小さく、だが確実に、心身にダメージを蓄積していった。


「これがヒトの技だ。狩るためじゃない、戦うための技術。お前の素早さはたしかに脅威だが、同じレベルで動ける者なら、直線的で対処しやすい」

「な・め・る・なあああああああああああ!」


 雄たけびと共に、炎が表情を変えた。

 どこまでも紅い炎が、どこまでも暗い焔へと変貌していく。すべてを燃やす脅威はそのままに、熱よりも凍える冷たさを感じてしまう。


 その姿に、ナミラの中でオンラとジルの前世が、悲しい視線を送った。


「これでおしまいにゃニンゲンども……灰ひとつ残さずキエロ」


 ぞくりと背筋を凍らせたナミラは、咄嗟に刀を口に咥え迎撃の姿勢をとった。


「魔祟火・猫愚叉ねこぐさ

我万象王也ゼノ


 世界中に膨れ上がろうとする、おびただしい混沌の焔。

 それを金色の魔力が抑え込む。以前より多くの前世を得た今、ゼノの威力はサン・ジェルマンを相手したときよりも強い。


 しかし、すべてを消し去るには至らない。

 暗く冷たく、すべてを憎む怨嗟の焔は、徐々にその領域を広げつつあった。


「今だ!」


 だがそれは同時に、シュレディンガーの動きが止まった決定的な瞬間。

 今か今かと待ち構えていたアヴラの杖が、煌々と光を強めた。


「いくわよ、魔喰魔法! 篝火(イフリート・リボーン)!」


 狙いを定めた杖先から、小さなナニカが射出された。

 小さな、けれど眩しい火の弾の正体は、力を失った火の精霊王イフリート。

 不敵で好戦的な笑みを浮かべ、シュレディンガーめがけて飛んでいく。


「……ガルダの言葉を借りりゃあ、因縁の名を冠する魔法に使われるのは屈辱極まりない、って感じだけどよ。それ以上に、どいつもこいつもこの俺様を差し置いて、火だの炎だのを名乗るのがいただけねぇ。森羅万象数多あれど、この世の火は俺様のもんだぁ!」


 同じ精霊の力を由来とするゼノの技は、イフリートには効果がない。

 金の障壁を突き破り、暴れ狂う混沌の中へと突っ込んだ。


「な、なんだこいつ!」

「おうおう、まっずい火だのぉ。だが、これが火なら俺様のもんだ。火の粉も炎も焔も、燃えるもんなら一切合切、火の精霊王にひれ伏しやがれ!」


 世を呪う声が遠のき、永遠にあるかに思えた火力が消えていく。

 種火のようだったイフリートは、触れるそばからシュレディンガーの焔を吸収し、力と体を取り戻していった。


「や、やめろお! なんなんにゃお前ぇ!」


 慌てて逃げようと振り返るが『我万象王也』は未だ発動中。

 技を止めれば直撃し、技を続ければ力を失う。

 気まぐれな混沌の猫は選択の機会を逃し、混乱のドツボへ嵌ってしまった。


「このまま押し切るぞ、イフリート!」

「はい、ナミラ様!」


 力の大半を失い、元の姿に戻ったシュレディンガーを、圧倒的な力を持った二人が見下ろす。

 二つの視線は、シュレディンガーの瞳に怯えの色を生んだ。


「あぁ……にゃああああああああああああああああああああああああああああ!」


 二つの力が結束し、敵を逃げ場なく覆っていく。

 そのとき、精霊の力が生んだ火と光の中から叫び声がした。


 まるで一匹の猫が、すべてに絶望しているかのような、痛々しく、悲しい声が。

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