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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第五部一章 世界VS混沌
195/198

『陽炎』

 揺れる、揺れる。すべてが、揺れる。

 燃える全身は当たり前に、二本の尻尾は楽しげに。揺れに合わせて熱が揺らめき、大気は正気を失った。

 

 空に紅い砂漠が映り、オアシスの幻影は海原の如く広がっていく。そんな白昼夢のような蜃気楼もまた、踊るように揺れていた。


「……かまえろ、アニ。モモは防御にも魔力を回すんだ。アヴラ……は、もう上空に飛んだか。いい判断だ」


 流した冷や汗もすぐに消えていく。

 地獄のような熱さの中にあって、なにより恐ろしいのは熱の中に潜む濃厚な殺意であった。


「っ!!」


 刹那、ナミラが動いた。

 しかしそれよりも速く、シュレディンガーはアニに爪を振るっていた。


「くぁっ!」


 愛風を纏っていたおかげで紙一重で躱し、直撃は免れた。

 けれども余波で衣服は塵となり、胸から腹を裂く火傷の直線が刻まれてしまった。


「貴様ぁ!!」


 すでに薙ぎ払っていた刃に、さらに怒りが込められる。


「にゃはっ」


 躱された。

 当たればこの世に確認できるすべての命が絶たれる一閃が、ふわりと、いとも簡単に。


「逃がすか!」


 ナミラが追うが、先ほどまでとは戦局がガラリと変わった。

 当たらない――――次々繰り出す技も、魔法も、かすりもしない。


「なんだ!? 動きが読まれているのか?」

「いんや? お前が遅いだけだにゃ」

「ぬかせ!!」

「私だっているッ!」


 裸一貫でも臆することなく、アニは剣を振るった。

 再び双演で手数を増やして燃える猫を襲うが、結果は変わらない。


「にゃはははははは! ナミラ・タキメノ、お前本当に弱くなったんじゃないかにゃ? その娘のほうが技のキレも速さも上に感じるぞ?」

「……言ってろ。その間に寝首を掻く!」

「ホントに眠たくなってきたにゃ〜……ん?」


 シュレディンガーの感覚は、戦いというよりもすでに遊びの範疇にあった。

 すでに飽きの兆候が表れていた彼の目に、ナミラたちの狙いが映った。


「あー、あの鬼から離したかったのか」

「気づいたか」

「でも、もう遅いよ。お望みどおりの本気で相手してあげるっ」


 汗だくの身体に、さらに熱が込められる。

 この日のために高めた力が、二人から天高く昇った。


「もういいにゃ。飽きた」


 返されたのは、呑気なあくび。

 わずかな関心も興味もなく、恐ろしいほど気まぐれに、熱いあくびがのんびりと流れた。


魔祟火(マタタビ)


 燃え盛る猫が呟いたのは、恐ろしく冷たい声だった。


 おどろおどろしい火球が周囲に放たれ、触れるものを――――否、その熱と光が届く範囲のものを尽く燃え上がらせた。


「ニャアアアアアアああああ嗚呼嗚呼怨」


 不気味な鳴き声が響いた。

 愛らしい子猫を思わせておきながら、込められた負を隠そうともしない。むしろ声を聞く者すべてを呪わんとする無邪気な悪意に満ち、その悪意は大気を震わせた。


 新たに生まれた炎が揺れる。

 魂に刻まれた怨嗟を体現し、世界を燃やし尽くさんとする焔。


 冷酷な揺らめきの中、立っているのはシュレディンガーただ一人。


 そのそばには。

 真っ黒な塊が二つ、横たわっていた。


「…………なにやってるのよ」


 本来なら雲が漂う上空で、炎の賢者アヴラが吐き捨てるように呟いた。


「そんなの作戦になかったじゃない。なに馬鹿なことを」


 心の底から湧き出た呆れを、ため息とともに吐き捨てた。


「まあいいわ。モモちゃんは無事みたいだし。アニはともかく、ナミラは私にとってどうでもいい存在だし。だから」


 乗ったままの杖が光を帯び、形を変えていく。


 それはナミラがモモに与えた杖と同じ。

 核となるスフィアにより、魔法の力を高める古代ドワーフの技術の粋。

 これこそが、女神シュワがアヴラに、ナミラのもとへ行くよう言いつけた理由だった。


「こっちは作戦どおりにやらせてもらうわよ」


 燃える魔力が揺らめいた。

 そしてモモの杖とは声色のちがう、いくぶん大人びた音声が空に流れた。


 属性タイプ:陽炎

 出力:0%

 術式コード:魔喰

 オーダー受諾しました。




 

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