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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第五部一章 世界VS混沌
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『それはまるで蜃気楼のように』

「モモ、シンの回復を」

「はいっ!」


 二人に遅れてモモが飛んでくると、すぐさま回復の魔法を唱えた。

 杖が形状を変え、黒焦げの体を癒しの光で包んでいく。


(あの杖……前に見たときも、魔法を数段強くしてたにゃあ)


 猫の瞳は体表の熱さに反して、冷静に状況を見定めていく。

 視線は膝をついたモモから移り、アニ、ナミラへと流れた。

 そして――――。


「絶対になんかあるにゃあ」


 警戒の声色に反し、浮かんだ笑みはプレゼントを開ける前の子どもじみていた。

 見つめる先はナミラの上。

 空に浮かぶ火の賢者アヴラが乗るのは、モモのものとよく似た杖だった。


「にゃあ! お前は降りてこないのかにゃ? 吾輩の力はお前の魔力由来のものにゃ。自分の魔法喰われて利用されて、悔しくは」

「よそ見とは余裕だな」


 瞬間、シュレディンガーの懐で殺気の塊が襲った。

 ナミラはすでに闘竜鎧気を身に纏い、刀を斬り上げた。


「にゃはっ」


 気まぐれの挑発をしていても、シュレディンガーの警戒の中心はナミラにあった。


 伸びた炎の爪で初撃を防ぐと、笑いながらもう片方の爪で反撃。

 ナミラが躱すと、即座に互いの連撃が始まった。金と紅の軌跡が生まれては消えるのに、みるみるうちに空気を染めていく。


「……師匠」


 アニは攻防を凝視しながら、シンに声をかけた。

 短い間とはいえ、彼には直々の修行を受けた。その結果アニは、数年分では足りないほど強くなり、ナミラ救出という目的も果たすことができた。


 受けた恩と感謝は計り知れない。

 だからこそ今、アニの胸には聞いたことのないほど激しい音が響いていた。


「馬鹿、弟子が……さっさと……いけ……」


 漏れ出る空気のほうが多く、声は途絶えかけている。

 しかしシンは、まっすぐアニの背中を見ていた。


「風は……お前に吹いている……舞え、アニっ」


 言葉通り、背中を押すそよ風を感じた。

 アニは沈む砂の上を歩き出した。


 まるで散歩をするかのように。

 まるで舞台に上がる舞姫のように。


 けれどその目の鋭さたるや、両手の剣が宿ったように恐ろしいものだった。


「闘魔融合、愛風」

 

 羽衣に似た金色の光を纏い、アニは進んだ。


 ――――音楽が聞こえる。

 いろんな音で奏でられている。

 砂の音、風の声、目の前で起きている戦いの波動。

 そして、なにより。

 渦巻く怒りの激情が、戦いの幕開けを激しく彩っていた。


「鳥爛舞闘、陸の舞――――群青雉連剣(ぐんじょうじれんけん)


 すべてを断ち斬る金と燃やし斬る紅に、新たな色が加わった。


 吸い込まれるような群青を纏った、黒と白の刃。

 目にも止まらぬ攻防の中に、さも当たり前に。

 流れる音に体を委ね、アニの舞が始まった。


「にゃっ、にゃあ!?」


 あまりに自然に手数が増えたので、シュレディンガーは思わず声を上げた。

 二人の剣はその隙を見逃さず、さらにテンポを上げて攻める。


 ナミラの中のターニャの前世が、もはや自分を超えた少女の美しさを喜んだ。

 

「「はあっ!」」


 三つの斬撃を受け、猫の手が痺れながら後ずさる。

 直後。ナミラとアニは目配せもそこそこに、全力を振り絞った。


「真・斬竜天衝波!」

(じゅう)の舞、天地鶴砲(てんちかくほう)!」


 黄金の竜と黒白(こくびゃく)の鶴が重なり合い、ハーモニーを生む咆哮を上げ、シュレディンガーに襲いかかる。


「ううううううにゃああああああ!」


 深紅の猫の悲鳴は、不協和音と巨大な火球を作り出した。

 ファイアボールとは比べ物にならない、湖面に映る太陽にも似た灼熱の塊。渦巻き燃え盛る炎に、竜が牙を、鶴が嘴を突き立てる。


「にゃがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ――――大破裂。

 火球は熱波を撒き散らし、一帯の砂を吹き飛ばした。


「やった!?」


 アニは髪と息を少しだけ乱し、期待を口にした。

 手応えはあった。聞こえた声もまるで死の間際。たとえ倒せていなくとも、無事では済まないだろう、と。


「いや……」


 しかし、ナミラは否定した。

 同じ手応えを感じ、同じ声を聞いたにもかかわらず、どうしても疑心が拭えない。

 シン相手にあった相性のアドバンテージも、こちらには通用しない。技の威力も申し分なかった。

 

 勝利の要素はじゅうぶんにある。

 なのに、毛ほども安心できないのだ。

 

「うーん、やっと頭がスッキリしたにゃあ。寝ぼけてたからにゃあ」


 気の抜ける声がした。

 しかし天地がひっくり返っても似つかわしくない重圧が、この場のすべてにのしかかった。


「なん……だ、と」


 分厚い砂煙の向こうでなにかが動いた。


 揺れている。

 今までのシュレディンガーにはなかったものが、あり得ない高熱を発しながら、蜃気楼のように揺れている。


 かの幻影とちがうのは、それが現実にあるという点。

 そして目にした者は漏れなく恐怖を抱くという点にあった。


「さっ、死ぬ準備はできてるかにゃ?」


 笑う炎猫の背後で揺れるもの。

 見ることすら躊躇う神々しさで。

 この世の炎をすべて束ねた凶悪さを持ち。

 無邪気に気まぐれに、自由に揺れている。


 二本の尻尾が、目覚めのときを喜んでいた。

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