『夢など無かったかのように』
夢のような時間から一夜が明けた。
ナミラたちの計画では、数日は自分たちの話題で持ちきりになり、来週の公演にはさらなる盛り上がりが生まれるはずだった。
しかし、誰も昨日のことなど口にしていない。
大人たちは皆、二日酔いも感じず慌ただしく動いている。女と子どもも手伝いに駆り出され、一様にピリピリとした緊張感を持っていた。
その様子を見ていたアニが呟く。
「ねぇ、本当に戦争が起きちゃうの?」
時間は昨日の夜にまで遡る。
広場でのショーが終わり、こども楽団はアニの酒場でこっそりと解散した。
みんな、互いを褒め合い興奮と達成感で満ち溢れていた。それはナミラたちも同じで、ダンはその場の勢いで酒を拝借しようしていたほどだ。
しかし、大人の味を感じる直前、険しい顔のガイに声をかけられた。
「お前たち、ちょっと付き合え」
肝を冷やしたダンだったが、べつの用だと分かり胸を撫で下ろした。
四人はガイに連れられ、遠くに酔っ払いとカエルの声を聞きながら歩き出した。
「ねぇ、ナミラ。これって……」
黙って歩く父の背後で、アニが心配そうな顔を見せる。
「……うん。きっと、あのことだろうね」
ナミラは小声で答えながら、ガイの背中を見つめる。
心なしか、いつもより小さくなっている気がした。
「着いたぞ」
五人がやってきたのは、冒険者のギルド館だった。
冒険者とは、ギルドという組織に所属し、クエストと呼ばれる仕事をこなす人間を指している。各国各所にギルド館のような支部があり、彼らは国境に縛られることなく依頼を受けることができる。
元々は傭兵の集まりだったが、今では特定の国に属さない第三組織としてその力を増していた。
「まぁ、そんな固くなるな。とにかく入」
「ナ・ミ・ラー! すごいショーだったな! みんなもお疲れ様!」
ガイが扉を開けた瞬間、シュウが飛び出しナミラに抱きついた。
「ちょっ、父さん! 恥ずかしいから離せって!」
「なに言ってるんだ。こんなの親子の触れ合いじゃないか! それに、父さんの教えた魔法が役に立っただろ?」
シュウの言葉に、ナミラは一瞬口をつぐんだ。
たしかに、今夜の踊りはシュウが帰っていないと成立しなかった。
ナミラが踊り子の前世であるターニャの姿になっていたのは、シュウが教えた変身魔法、真似衣の効果によるものだった。
この魔法は思い描いた相手の姿に変身できるが、対象と十日間共に過ごさなければならないという条件がある。
砦から帰ったばかりのシュウに魔法を教わったとき、変身の条件を「元々本人であったなら、その時点で成立するのでは?」と考え、ナミラは試しにターニャの姿になってみた。
しかし、思い付いてすぐに実行してしたため、その場にいた両親とガイにも見られてしまい、結局ギフトのことを説明する羽目になってしまった。
もちろん、他言無用の約束を結んではいるが、アニには凡ミスを呆れられダンとデルには笑われた。
「まぁ、役に立ったことは感謝してるけどさ」
「なら頭撫でるくらい、いいだろう? う~ん、大きくなったなぁ」
「なにしてんだてめぇ……」
扉と壁に挟まれたガイがシュウを睨み、怒りでぶるぶると震えていた。
「おっと、怖い怖い。ささ、みんな中に入りなさい」
「てめぇが止めてたんだろうが!」
口笛を吹いて中に入ったシュウのあとを、腕まくりしながら追いかけるガイ。
四人とも呆れた顔で見ていたが、緊張が解けていることを感じ、顔を見合わせて笑った。