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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第四部ー章 大罪
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第189話 『賢者の失墜』

 時を少し遡り、ナミラが肉体を取り戻した頃。


 大陸中央に位置する純白の大地、白地の一画に今世の賢者たちが集まっていた。通常行われる集会とは異なり、物々しい雰囲気に包まれ、ある者は激しく殺気立っていた。


「きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 ある者というのは慈愛溢れるはずの賢者、聖母のアンネ・ルーモスその人であった。


「っるさいのぉ。どうしだんだアンネ」


 いつもは暑苦しい激熱のゴンザレスすら、あまりの発狂ぶりに冷めた目を向けていた。


「ミドラーとガルフは! なにをやっているんですか! まさか来ないつもりで? 賢・者・の・盟・約・は!」

「ワ、ワシに怒鳴られてもよぉ。ガルフは『全員一斉の超天魔法なんて、自然界への影響が計り知れん』って反対してたじゃねぇか。それに休戦協定中だろ?」

「あの酒飲みエルフはなにしてんですか!」

「し、知らねぇよ」


 至近距離で唾をまき散らされ、さすがのゴンザレスも後ずさった。


「まあまあ、落ち着きなさいなアンネ様。アタシたちだけでも十分よ。ね、シン?」

「……ふんっ」


 花園のクイン、烈風のシンの態度には、目に見える温度差と身長差があった。


「裏切り者ども。貴方たちのことも許したわけではありませんのよ?」

「あらやだ、半年前のことまだ根に持ってるの? 何度も謝ったじゃないのよ。ねぇ? テオちゃん」

「こ、このタイミングで僕に振らないでください!」


 最も新参であるテオ・ドーテンは、大罪人ナミラの凍結を成果に二つ名を授かっていた。


 その名も尽凍じんとうのテオ。

 新たな氷の賢者の名は、この半年で世界中に浸透しつつあった。


『まぁまぁ、そんなに怒らないでよアンネ。せっかく魔法で隠してるのにしわが増えるよ?』


 火に油を注ぐ余計な一言は、炎美のアヴラから……ではなく、彼女が持つ水晶玉から発せられていた。


「ミドラー。どこでなにを言っているんですか?」

『ん? アブダンティアの執務室でお酒飲みながら言ってるよ。ダーカメもレイイチもいないからさぁ。ボクまで留守にするわけにはいかないだろう? あっ、レイミくーん、おつまみ持ってきてー』


 水晶には呑気な赤ら顔のエルフが映っていた。

 白地の汚れなき大地に、聖母の怒りによる亀裂が入った。


「世界の危機なんですよ? 仮にも賢者なら、ここに来てわたくしの作戦を」

『あっ、それならもう大丈夫。ナミラくん、元に戻ったって』


 さも当たり前に伝えられたニュースは、アンネの激情に冷ややかな水を差した。


『はい、世界の危機終了。アヴラ、通信ありがとうね』

「べつに。あなたのためにやったわけじゃない」


 流れたのは、無事に問題が片付いた安堵の空気。


 ふと、テオが恐る恐るアンネの表情を覗き見た。

 心配に反し、アンネは晴れやかな微笑みを浮かべ、黒洞の方角に向けて祝福の拍手を送っていた。


「おっ、珍しく素直だな」

「人々の努力が実を結んだのなら、それを讃えずなにが賢者でしょう」


 アンネは杖を振ると、白い光の中からティーセットを取り出した。

 お茶を注ぐと、さっぱりとした香りが鼻を撫でる。人数分のカップが、音もなく目の前に飛んだ。


「わたくしはお酒が嫌いなので、これで祝杯といきましょう。ミドラー、せいぜいそちらでグラスを傾けなさい」

『おや、アンネにしては気が利くじゃないか。ガルフは誘わなくていいのかい?』

「ここに顔を出した真面目な者だけでけっこう」


 カップを掲げ、六人の賢者が湯気立つお茶を口に運んだ。

 

「ぐっ!」

「なに」

「おおおおっ」


 だが、飲み込んだのは五人だけ。

 聖母のアンネは苦しむ仲間を見下ろし、自身のカップをひっくり返した。


「この愚者どもめ。わたくしにこんな邪道をさせるなんて」


 冷ややかな視線に、賢者たちは罵倒と呪文を返そうとした。

 けれど喉が痺れて言葉が紡げず、そのうち体の自由も効かなくなった。


『アンネ! なにをした!』

「しばらくわたくしの言うとおりに動いてもらうだけです。そのために必要なお薬を飲んでもらっただけ。賢者相手では、魔法の洗脳は効きませんから」


 ミドラーが映る水晶玉に嘲笑を見せると、アンネは杖を振った。

 目で怒りと敵意を向ける賢者たちが、人形のように立ち上がる。


「これより黒洞のナミラ・タキメノに向けて超天魔法を放ちます。この世界は賢者によって救われなければなりません。賢者によって保たれなければなりません。故に従わない愚か者ごと、この世界から消し去ります」


 言い終わるや否や、アンネに向けて火の華が舞う。

 アヴラが首飾りに仕込んでいた中級魔法が発動したのだ。


「小癪な」

 

 しかし肌を焼くことすらできず、魔法障壁に阻まれた。

 

「このっ、小娘がっ、若いっ、だけのっ!」


 人々を癒すはずの聖杖が、少女の顔面に振り下ろされる。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


 美しい顔がみるみるうちに腫れあがり、鼻と口から血が流れた。


「っっ!」

「なにか言いたいの、クイン。でも残念。これから貴方たちが紡ぐのは、超天魔法の呪文だけよ」


 ――――狂っている。

 アンネの異常は誰の目にも明白。なのに賢者と呼ばれる身でありながら、その狂行を止められないことが歯がゆい。


「さあ、まずは最高位魔法を出してもらいましょうか」


 杖の先端が力任せに地面を打った。

 すると五人の体が糸に吊られたように動き、杖を構えて呪文を紡ぎ始めた。


『くそっ……みんな待ってろ! 今すぐ』

「邪魔はさせませんよ。すでに結界を張っています。貴女の転移魔法では来られません。もちろん、今こちらへ向かっているガルフも」


 頼みの綱を言い当てられ、ミドラーは歯を食いしばった。


「わたくしの弟子たちが命懸けで足止めをしています。それでも力不足でしょうが、お優しい老人の杖を鈍らせることはできる」


 聖母と呼ばれる女の奇行は、この場のすべてを支配していた。

 しかし満身創痍のアヴラを除いた全賢者が、それぞれの賢知を光らせていた。


 ゴンザレスはやたら熱いアンネの体温。クインは崩れたメイク。

 シンは呼吸の乱れ。テオは視点の定まらない瞳。


 辿り着いた結論はひとつ。

 アンネ自身も、何者かに操られている。


「おぉ、なんと壮大な」


 火の不死鳥、溶岩の魔人、巨大な世界樹、暴風の虎、氷の花園、光の巨人。

 最高位魔法で生み出された化身の群れが、白の大地を塗り潰した。


「ふふふっ。魔法での抵抗はわかっていました。でも、無駄ですよ」


 化身は光の巨人に捕まり、術者の命令を行使できない。

 火と溶岩の熱も、世界樹の葉も、風も冷気も押しとどめられた。


「わたくしは神の御言葉を聞いたのです。わたくしの化身は、貴方たちのものとは別格の存在。そう……()()使()なのです!」


 それがなにを意味するのか、錯乱の聖母にはわからなかった。 

 この世界における天使の存在がどういうものなのか、すでに聞いていたはずなのに。


「目ぇ覚ませ! アンネぇ!」


 旧知の友が投げた熱い声も、心どころか鼓膜にすら届かない。


「さあ、超天の詠唱を!」


 前人未到、予測不能の未知の領域。

 六属性同時詠唱の超天魔法が始まった。


「美しき焔、不滅の炎、終わらぬ力、頂きより見下ろす神秘の招来。この世に在りし万象を、燃え滾る慈悲が撫でる……」


「戦い笑え、溶かし尽くせ、此の世の一切尽く今宵貴君の物となる。煮え滾る欲のまま、無敵暴虐の腕を振るえ。我、絶望を知る者……」


「全地に根付き、全天に広がる原初の生命、虚空空虚の終焉さえも、不動不滅の神秘が護る。我、絶望を知る者、我、闇を見た者……」


「荒々しき御霊、竜巻の爪、滅びの咆哮、尊大無二の不壊の牙。お前が駆けた大地には、一粒一塵の命も残らぬ。我、絶望を知る者、我、闇を見た者。我、希望を知る者……」


「光浴び続け闇に至る、地から吸い続け高みに昇る。命根絶の終末さえも、一輪唯一の美が彩る。我、絶望を知る者、我、闇を見た者。我、希望を知る者、我、光に触れた者……」


「白と黒、陽と陰、愛の探求、死の謎、口づけと別れ、抱擁と刃。我、絶望を知る者、我、闇を見た者。我、希望を知る者、我、光に触れた者。私は主の道具です。御意思のままにお使いください」


 化身が輝き、限界を超え、現代魔法の到達点へと姿を変える。


「原初の空より照らせ、絶対なる天輪! 天照火之神アマテラスコウリン!」

「地の底より目覚めよ、滅亡の根源! 地核神将タイタン!」

「次元を貫け、永久とこしえの月桂樹! 全能世界樹シャイニング・ツリー!」

「世を蹂躙せよ、暴乱の神獣! 殲嵐白狐テンペスト・ジュピター!」

「蒼月に咲き誇れ、碧き雪月花! 絶氷青薔薇ブルー・ローズ!」


 それぞれの魔法が強制的に高らかと叫ばれるなか、アンネだけは丁寧にしっとりと口ずさんだ。


真理の導きのままにディミウルギア・テュシアー


 白地に六色の光が満ちた。

 ナミラとモモでも不可能な、六属性の超天魔法。世界を塗り変えるほどの魔力が、獲物に向けて放たれる。


――――はずだった。


『あれはっ!?』


 空が裂けた。

 亀裂が大きく開き、煌めく星々を覗かせる、異次元の世界。

 その中に、賢者たちはさらに異様なものを目撃した。

 裂け目からこちらを見る、巨大な眼を。


「ああっ! あれはまさに神! わたくしの善行をその目で」「「「大義である」」」


 それは突然、音もなく現れた。

 アヴラの股下に灰色の猫が。ゴンザレスの首に蛇の魔物が。クインの耳元に蝿が。シンの肩にカラスが。テオの足元に犬が。

 アンネの前に、やせ細った白髪の少年が立っていた。


「ああ、貴方たちが神なのですね! いや……ちが、う。ま、まさか、この魔法が……うああああ!」


 苦しみ始めたアンネに、皺と白髪が増えていく。

 常時かけていた若返りの魔法を、自ら解いたのだ。


「わた、くしを……操っていたのは、お前か!」

「さすが賢者さま。洗脳の原因と見抜くや否や、長年しがみついてきた若さを手放しますか。でも、ぼくが操っていたわけじゃない。かみさまのご意思です」


 骨の形がわかる指で、少年は見下ろす瞳を差した。


「あれ、が、神? あれが女神シュワだというのですか?」

「そんな小娘と比べるだなんて、不敬ですね」


 この世界に生きる者、とくに人族にとっての女神シュワは、絶対的な信仰を集めている。

 なのに少年は、冷たい表情で「小娘」と一蹴した。


「お前は、何者ですか!」

「残念だけど、ここで名乗る時間はありません。ぼくたちはこのときを待っていた。洗練されたこの魂に、相応しいエネルギーが現れるときを。ぼくたちは百万回の人生を経て、ずっとこのときを待っていたんだ!」


 六つの命が超天魔法へと飛んだ。

 ただでさえ術者以外が近づけば、無事では済まないはずの距離。にもかかわらず、彼らは魔法の中心へ飛び込んだ。


「いただくぞ、賢者の魔力! 最強の魔法!」


 異物の侵入を許した超天魔法は姿を歪め、膨大な魔力の塊と化した。


「これだ! これがぼくたちに相応しい姿だ!」


 少年たちはみるみるうちに姿を変え、動物たちは人型となり戦闘に特化した容姿に変貌した。

 少年だけはそのまま、健康優良な肉体へ変わるに留まったが、満足そうな本人からは底の見えない力が感じられた。


「「ぐあああああああああああああああ!!」」


 杖を介して繋がる賢者たちから、さらに魔力を吸い取っていく。


「こん……な……こと……が……」


 意識を失う直前、アンネは空を見上げた。


 それは仮にも賢者と呼ばれる女に、強烈な不快感を与えた。

 閉じかけた裂け目から見下ろす瞳は。

 あまりに無邪気な悪意に満ち、笑っていた。


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