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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第四部ー章 大罪
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『百万一回目の転生者』

「とにかくお疲れさん。ワイらから言えるのはそんだけや」

 

 子どもたちの涙を見届けると、ダーカメがナミラの背に手を置いた。

 車椅子を押すレイイチも、かつて実弟を亡くしたときと同じ顔をしていた。


「ありがとうございます。みなさんにも助けられました」

「かまへんかまへん! ワイらが好きでやったことや!」

 

 いつもの明るさが、今は何倍もありがたい。

 テーベ村騎士団の面々は、胸の底に溜まる悲しみが少しだけ軽くなった気がした。


「ナミラ様」


 天空からシュラが舞い降りた。

 感情表現が苦手な、いつも無表情のゴーレム少女。けれど今は、安堵と悲嘆が混ざり合った面持ちに見える。


「シュラ、お前もありがとうな……父さんたちは」

「こちらに向かっていた、各国の連合軍に任せました」

「連合軍?」

「セリア王国が旗振って、有志を募ったんや。アレキサンダー王子が総大将って聞いたな。数は二〇〇〇くらいやけど、まぁ中身はえげつない実力者たちやで。ったく、ウチ差し置いて連合名乗りよってからに」


 気配を感じて振り向くと、こちらに近づく大軍の影があった。


 アレクをはじめとする、アインズホープ四勇士と選りすぐりの王国兵。

 魔族国家ナスミキラの魔王テラと四天王の配下たち。

 ラライア率いるエルフの精鋭。

 獣人ドワーフ同盟に親子で参戦したガオラン、アーリ。

 さらに冒険者や、南のエズトラからも第二王子の部隊が馳せ参じていた。

 

 しかし勇ましい空気は鳴りを潜め、弔いの空気で満ちている。

 事態収束の朗報よりも、横たわる訃報の衝撃が大きかったのだ。


「あちらには、ファラ様もいらっしゃいます」


 ナミラの胸が苦しくなった。

 まだ離れているのに慟哭が聞こえる気がする。母親の、愛する夫を失った悲しみは、想像だけでもあまりに重たい。


 でも、受け止めなければならない。

 たとえ恨まれることになっても。


「あー、けっきょく来たんやなファラさん。ワイが掴んどった情報やと、ギリギリまで悩んどったみたいやったけど」

「……待とう」


 障害物のない進軍は速く、一同は数分ののちに合流を果たした。


「ナミくん」


 シャラクとメイドたちに護られた馬車から、ファラはふらつきながら降りてきた。

 開けっ放しの扉の奥に、寝かせられたシュウの亡骸が見えた。


「母さん……俺」

「よかったッ!」


 母の腕が、胸が、全身全霊の愛が、息子を抱きしめた。


「よかった、無事で本当に! 本当に、本当にっ!」


 この世で一番落ち着くぬくもりと匂いに包まれながら、ナミラは重たい口を動かした。


「母さん……父さんが……父さんが、俺のせいで」

「ちがう」


 体を離し、ファラは息子と向き合った。

 すでに泣き腫らした目で、罪悪感に駆られる瞳を見つめた。


「シュウは、シュウだから行動したの。自分の意思で、人に任せることも逃げもしないで、自分の息子を助けようとしたの。だから、ナミくんのせいじゃない。だって、あなたのお父さんは……そういう人だったから」


 母と子は強く抱き合って泣いた。

 つられて涙を流す者も、少なくはなかった。


「ナミラ様!」


 哀悼の静寂を破ったのは、風の精霊王ガルダ。

 力を使い過ぎて小さくなった体は、カラスほどの大きさになっている。しかしその声色と表情には、差し迫った危機感が表れていた。


「なんだこの魔力は」


 一拍遅れてナミラも気づいた。

 尋常ならざる魔力の波動が大気を震わせている。それは世界のどこかで、異常と呼べるほどの魔法が行使されていることを意味していた。


「ありえない。自然界の魔素にも影響を与えてる。万象王と同じ……いや、それ以上かも」

「あかーーーーん!」


 ざわめきの中でひときわハッキリと、ダーカメの悲鳴がこだました。


「すっかり忘れとった! これ賢者どもやで、ナミラくん!」

「賢者? まさか、超天魔法っ!」

 

 乗っ取られている間の靄のかかった記憶にある、火の賢者炎美のアヴラを思い出し、ナミラは顔を強張らせた。


「ばかな! あちらにはミドラーを通じて、こちらの作戦成功を伝えています!」

「あんの外面気にしぃの若作りババアが聞くわけないやんか! この一件始まってからずっと、賢者のメンツ丸つぶれやねん。せやから世界初、最大最強の超天魔法の複数掃射で、ぜんぶ片付けるつもりやねん……邪魔になりそうな奴らもついでになぁ」


 どよめきが波打ち広がる。

 その『邪魔になりそうな奴ら』がだれを指しているのか、言われるまでもなかった。


「遠隔魔法は精度も威力も下がる。だけど、超天魔法なら多少の増減は誤差だ。複数ともなれば、なおさら」

「ふっざけんな! おい、アーリ、ダン! 今からその賢者ぶっ殺しにいくぞ!」


 ガオランが威勢よく息巻いて、呼ばれた二人も同調した。

 だが、ナミラが首を振る。


「今からじゃあ間に合わない。ここで迎え撃とう。みんなの力を」

「あれ、なに?」


 空を見上げていたアーリは、巨大な虹がかかったのかと思った。


 真っ青だった空が、橙、緑、茶、赤、水、白色に染まっていた。太陽に照らされているのではなく、それぞれが眩い輝きを放っている。

 降り注ぐ光は眼下の世界を染め上げ、目の回る六色の世界を創り出していた。


「超天魔法の影響か? モモ、どう思う」

「超天魔法は、すでに放たれたみたい。でも、この光は超天魔法じゃない」

 

 モモは目を見開き、震えていた。

 ナミラが肩に手を置いても、真上を向いた顔が動くことはない。


「――――きますッ」


 六つの巨大な光の帯が、空から落ちてきた。

 あまりに巨大なエネルギーの塊。

 各国の実力者は咄嗟に技を放ち、迎撃しようとした。しかし無駄だった。否、できなかった。


 光はすべて黒洞に吸い込まれ、ナミラたちに被害がなかったのだ。


「どういう、ことだ?」


 困惑と安堵が広がる中、ナミラとモモ、ダン、ラライアや魔王など、一部の者は警戒の面持ちで固まっていた。


「見た、か」

「うん。やっぱり、見間違いじゃなかったんだね」

「なんだありゃあ」

「気味が悪いね」

「あれ、よくないものだよ」


 目にした者は、口をそろえてこう言った。


「「光の中にだれかいた」」


 次の瞬間。今度は黒洞に変化が起きた。

 どこまでも続くはずの穴の中心に《《亀裂が入った》》のだ。


「あれはっ!」


 別世界へと繋がる空間の裂け目が、口を開けるように開いた。


 かつて魔喰との決着の際に目にした、星の光に満ちた異次元。ナミラの魂に刻まれた使命と深く繋がりながら、未だ謎に包まれた存在。

 その中から、例の六色が光玉となって浮かび上がった。殻を破る前の卵にも見える。


 六つ鼓動が聞こえる。まるで人族や亜人の男女だが、その姿はどの種族とも異なっていた。


 ある者はエルフよりも清廉された容姿。ある者はドワーフよりも強靭な肉体。

 ある者は魔族よりも強大な魔力。ある者は獣人よりも野性的な面構え。

 ある者は人族よりも聡明な眼差しを携えていた。


「何者だ、お前たち」


 ナミラの声に、六対の眼が反応した。

 すべてを蔑み怨む瞳は、オンラとジルのものに似ている。

 光の殻は破られるのではなく、彼らの胸へ集束し吸収された。裂け目が音もなく閉じると、現れた異形たちは産声替わりの名乗りを上げた。


「吾輩は猫である。猫の中の猫である」

「余は魔物である。魔物の中の魔物である」

「ミーは蟲である。蟲の中の蟲である」

「我は鳥である。鳥の中の鳥である」

「拙者は犬である。犬の中の犬である」

「ぼくは人である。人の中の人である」


 二〇〇〇を超える敵意を受けてなお、視線はすべてナミラに注がれていた。

 

「「我ら女神の理を外れる者。百万一回目の転生者である」」

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