『百万一回目の転生者』
「とにかくお疲れさん。ワイらから言えるのはそんだけや」
子どもたちの涙を見届けると、ダーカメがナミラの背に手を置いた。
車椅子を押すレイイチも、かつて実弟を亡くしたときと同じ顔をしていた。
「ありがとうございます。みなさんにも助けられました」
「かまへんかまへん! ワイらが好きでやったことや!」
いつもの明るさが、今は何倍もありがたい。
テーベ村騎士団の面々は、胸の底に溜まる悲しみが少しだけ軽くなった気がした。
「ナミラ様」
天空からシュラが舞い降りた。
感情表現が苦手な、いつも無表情のゴーレム少女。けれど今は、安堵と悲嘆が混ざり合った面持ちに見える。
「シュラ、お前もありがとうな……父さんたちは」
「こちらに向かっていた、各国の連合軍に任せました」
「連合軍?」
「セリア王国が旗振って、有志を募ったんや。アレキサンダー王子が総大将って聞いたな。数は二〇〇〇くらいやけど、まぁ中身はえげつない実力者たちやで。ったく、ウチ差し置いて連合名乗りよってからに」
気配を感じて振り向くと、こちらに近づく大軍の影があった。
アレクをはじめとする、アインズホープ四勇士と選りすぐりの王国兵。
魔族国家ナスミキラの魔王テラと四天王の配下たち。
ラライア率いるエルフの精鋭。
獣人ドワーフ同盟に親子で参戦したガオラン、アーリ。
さらに冒険者や、南のエズトラからも第二王子の部隊が馳せ参じていた。
しかし勇ましい空気は鳴りを潜め、弔いの空気で満ちている。
事態収束の朗報よりも、横たわる訃報の衝撃が大きかったのだ。
「あちらには、ファラ様もいらっしゃいます」
ナミラの胸が苦しくなった。
まだ離れているのに慟哭が聞こえる気がする。母親の、愛する夫を失った悲しみは、想像だけでもあまりに重たい。
でも、受け止めなければならない。
たとえ恨まれることになっても。
「あー、けっきょく来たんやなファラさん。ワイが掴んどった情報やと、ギリギリまで悩んどったみたいやったけど」
「……待とう」
障害物のない進軍は速く、一同は数分ののちに合流を果たした。
「ナミくん」
シャラクとメイドたちに護られた馬車から、ファラはふらつきながら降りてきた。
開けっ放しの扉の奥に、寝かせられたシュウの亡骸が見えた。
「母さん……俺」
「よかったッ!」
母の腕が、胸が、全身全霊の愛が、息子を抱きしめた。
「よかった、無事で本当に! 本当に、本当にっ!」
この世で一番落ち着くぬくもりと匂いに包まれながら、ナミラは重たい口を動かした。
「母さん……父さんが……父さんが、俺のせいで」
「ちがう」
体を離し、ファラは息子と向き合った。
すでに泣き腫らした目で、罪悪感に駆られる瞳を見つめた。
「シュウは、シュウだから行動したの。自分の意思で、人に任せることも逃げもしないで、自分の息子を助けようとしたの。だから、ナミくんのせいじゃない。だって、あなたのお父さんは……そういう人だったから」
母と子は強く抱き合って泣いた。
つられて涙を流す者も、少なくはなかった。
「ナミラ様!」
哀悼の静寂を破ったのは、風の精霊王ガルダ。
力を使い過ぎて小さくなった体は、カラスほどの大きさになっている。しかしその声色と表情には、差し迫った危機感が表れていた。
「なんだこの魔力は」
一拍遅れてナミラも気づいた。
尋常ならざる魔力の波動が大気を震わせている。それは世界のどこかで、異常と呼べるほどの魔法が行使されていることを意味していた。
「ありえない。自然界の魔素にも影響を与えてる。万象王と同じ……いや、それ以上かも」
「あかーーーーん!」
ざわめきの中でひときわハッキリと、ダーカメの悲鳴がこだました。
「すっかり忘れとった! これ賢者どもやで、ナミラくん!」
「賢者? まさか、超天魔法っ!」
乗っ取られている間の靄のかかった記憶にある、火の賢者炎美のアヴラを思い出し、ナミラは顔を強張らせた。
「ばかな! あちらにはミドラーを通じて、こちらの作戦成功を伝えています!」
「あんの外面気にしぃの若作りババアが聞くわけないやんか! この一件始まってからずっと、賢者のメンツ丸つぶれやねん。せやから世界初、最大最強の超天魔法の複数掃射で、ぜんぶ片付けるつもりやねん……邪魔になりそうな奴らもついでになぁ」
どよめきが波打ち広がる。
その『邪魔になりそうな奴ら』がだれを指しているのか、言われるまでもなかった。
「遠隔魔法は精度も威力も下がる。だけど、超天魔法なら多少の増減は誤差だ。複数ともなれば、なおさら」
「ふっざけんな! おい、アーリ、ダン! 今からその賢者ぶっ殺しにいくぞ!」
ガオランが威勢よく息巻いて、呼ばれた二人も同調した。
だが、ナミラが首を振る。
「今からじゃあ間に合わない。ここで迎え撃とう。みんなの力を」
「あれ、なに?」
空を見上げていたアーリは、巨大な虹がかかったのかと思った。
真っ青だった空が、橙、緑、茶、赤、水、白色に染まっていた。太陽に照らされているのではなく、それぞれが眩い輝きを放っている。
降り注ぐ光は眼下の世界を染め上げ、目の回る六色の世界を創り出していた。
「超天魔法の影響か? モモ、どう思う」
「超天魔法は、すでに放たれたみたい。でも、この光は超天魔法じゃない」
モモは目を見開き、震えていた。
ナミラが肩に手を置いても、真上を向いた顔が動くことはない。
「――――きますッ」
六つの巨大な光の帯が、空から落ちてきた。
あまりに巨大なエネルギーの塊。
各国の実力者は咄嗟に技を放ち、迎撃しようとした。しかし無駄だった。否、できなかった。
光はすべて黒洞に吸い込まれ、ナミラたちに被害がなかったのだ。
「どういう、ことだ?」
困惑と安堵が広がる中、ナミラとモモ、ダン、ラライアや魔王など、一部の者は警戒の面持ちで固まっていた。
「見た、か」
「うん。やっぱり、見間違いじゃなかったんだね」
「なんだありゃあ」
「気味が悪いね」
「あれ、よくないものだよ」
目にした者は、口をそろえてこう言った。
「「光の中にだれかいた」」
次の瞬間。今度は黒洞に変化が起きた。
どこまでも続くはずの穴の中心に《《亀裂が入った》》のだ。
「あれはっ!」
別世界へと繋がる空間の裂け目が、口を開けるように開いた。
かつて魔喰との決着の際に目にした、星の光に満ちた異次元。ナミラの魂に刻まれた使命と深く繋がりながら、未だ謎に包まれた存在。
その中から、例の六色が光玉となって浮かび上がった。殻を破る前の卵にも見える。
六つ鼓動が聞こえる。まるで人族や亜人の男女だが、その姿はどの種族とも異なっていた。
ある者はエルフよりも清廉された容姿。ある者はドワーフよりも強靭な肉体。
ある者は魔族よりも強大な魔力。ある者は獣人よりも野性的な面構え。
ある者は人族よりも聡明な眼差しを携えていた。
「何者だ、お前たち」
ナミラの声に、六対の眼が反応した。
すべてを蔑み怨む瞳は、オンラとジルのものに似ている。
光の殻は破られるのではなく、彼らの胸へ集束し吸収された。裂け目が音もなく閉じると、現れた異形たちは産声替わりの名乗りを上げた。
「吾輩は猫である。猫の中の猫である」
「余は魔物である。魔物の中の魔物である」
「ミーは蟲である。蟲の中の蟲である」
「我は鳥である。鳥の中の鳥である」
「拙者は犬である。犬の中の犬である」
「ぼくは人である。人の中の人である」
二〇〇〇を超える敵意を受けてなお、視線はすべてナミラに注がれていた。
「「我ら女神の理を外れる者。百万一回目の転生者である」」