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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第四部ー章 大罪
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『取り戻す』

 世界がまるで、永い永い眠りについたかのように、一人の少年を中心に止まった。

 怨念によって蘇った二つの前世。その怨みに支配されていたナミラは今、温かで穏やかな顔をしている。


 ゆっくりとアニのくちびるが離れると、わずかに開いた口から光が漏れ出した。

 ――――光は瞬く間に暗き闇となり。

 おびただしい汚水の如く、空へと吐き出された。


「「ゲえええええええええエエエエエエえええええええエエエエエエ!」」


 不快に絡み合う声は、オンラとジルのもの。

 頭上でとぐろを巻いた闇は踵を返し、再びナミラの体に戻ろうとした。


「悪いが」

 

 待ち望んだ声がした。

 顔つきは少年とは思えぬほど精悍。

 眼差しに優しさと強さがにじみ出る、荘厳な魂の持ち主。

 

「この体は俺のものだ!」

 

 ナミラ・タキメノが、太陽の下に戻ってきた。


「ナミラ!」


 デルが投げた竜心を受け取り、ナミラは吠えた。


「真・斬竜天衝波!」

 

 金色に輝く闘気の竜。

 本来の力を取り戻した光竜は、復活を知らしめるかのように輝き、敵を衝いた。


「こんのおおおおおおお!」


 オンラの雄叫びがこだまし、邪悪な竜が迎え撃つ。

 呪具に宿る彼女たちは本来、前世ではなく、この世に留まる怨念そのもの。


 ナミラが触れたことで前世としての自らを取り込み、ナミラの器から逸脱した自我を得た。そして同じように怨みを抱いた過去を持つ他の前世の力を奪い、怨霊の女王とも呼べる存在と化した。


 しかし、肉体を離れてしまった今。ナミラ・タキメノの力には遠く及ばない。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「ひっ!」


 臆病か本能か、どちらにせよオンラが感じた一瞬の恐怖が結果を分けた。

 禍々しい竜はみるみるうちに体を歪ませ、主の元へ押し込まれていく。


「な、なんで、どうやって自我を」

「くそお……くそお!」

 

 闇が形作ったのは、生前のオンラとジル。

 人族とエルフのちがいはあれど、痩せ細った体と怨みで染まった目は同じ。互いの右と左の手は固く繋がれ、一本の鎖のように見えた。

 

「父さんが来てくれたんだ」


 対するナミラの瞳には、深い哀しみの色がにじんでいた。


「お、おいナミラ。それって」

「シュウさん……」


 同じ色が仲間たちにも広がっていく。

 何度も頭を撫でられ、守られ、お腹が痛いくらいに笑わせてくれた大好きな大人が、最期になにをしたのか。


 シュウ・タキメノが、どうなってしまったのか。

 たった一言で、少年と少女はすべてを察した。


「ぜんぶあとだ。言いたいこともやることもあるけど、ぜんぶあとにする。今はただ、俺はケジメをつけなくてはならない……自分が引き起こしたすべてに対して!」


 爆発した感情と力が、周囲を駆け巡っていく。

 熱く鋭い眼光が、オンラとジルを身震いさせた。

 数多の強敵と戦い、政治にも口を出し、世界の危機を救った……そんな経験などないかのような、少年の純粋な怒り。


 これまで向けれられたどの感情よりも、二人は目の前の憤怒が恐ろしかった。


「い……いや……」

「あんたの中にも! 怨みを抱いて死んだ者たちはたくさんいた! なら! 私たちの気持ちだってわかるでしょ!」

 

 最期のあがきにも見える悲痛な声を、ジルはナミラへ投げつけた。


「あぁ、わかるよ。でも、幸せや優しさの中で死んだ者もいる。絶望も、希望も、この魂は理解している。だからこそ、どちらを今世に広めるか選んだ。未来に絶望を持ち越すわけにはいかない。死ぬほどの苦しみを知るからこそ、俺は希望を選んだ」


 フッと、ナミラの目に温かな光が灯った。

 

「もう終わりにしよう、オンラ、ジル。怨むのも疲れただろう? お前たちの苦しみも、過去も、俺が覚えているから」


 太陽の如き光が、怨念の塊を飲み込んでいく。


「ぎゃあああああ! ふっ、ふざけるなあああああ!」


 ジルは最期まで抵抗し、逃走を試みた。

 だが、黒い怨念は動かない。

 もうひとつの人格が、それを拒んだのだ。


「オンラ! なにしてんの!」

「あんなに優しい瞳、はじめて見た。あんな眼差し、生きてるうちに向けられたかったな」

「…………っ!」


 小さなふた粒の涙が轟音の中に消えた。

 呪具は跡形もなく消え去り、二つの怨念は消滅。同時に、ナミラの中にオンラとジルの前世が蘇った。


「おかえり」


 ナミラは胸に手を当て、魂に声をかけた。


 そして駆け寄る仲間に感謝と罪悪感、言い様のない喜びを感じた。


「みんな、ごめん。俺のせいで大変なことに。モモ、あのときは本当にごめん。デルなんて……なんだその体?」

「かっこいいでしょ?」

 

 得難い温かなものに包まれていく気がした。

 けれどナミラの心には、ぽっかりと空いてしまった穴がある。

 どれだけの人生を経験しようと、けっして慣れることのない冷たく大きな喪失感。


「ありがとう……父さん」


 空を見上げた瞳からは、哀しみの雫が流れ落ちた。

 震える肩をアニが抱いた。

 彼らの間にはしばらく、厳かな沈黙が流れていた。

 

本当に本当にお待たせしました!

約三年ぶりの更新です(;^ω^)

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