『自慢の息子』
なにも見えない。
暗くて、寒くて、膝を抱えなきゃいけないほどに狭い。
怖い。
遠くで声が聞こえるのに、なにを言っているのか分からない。
ぼくが口を開いても、のどがキリキリと痛むだけ。氷みたいな冷たい涙が、止まることなく流れ続けている。
「うぅ……」
孤独と闇が混ざり合って、小さな体を押し潰す。
少年はさらに縮こまり、自らに痛みを加えなければならなかった。
「だ、れか……たす……けて」
かすれて、今にも消えそうなか細い願い。
全身に伝わる震えすら彼に痛みを与えていた。
終わることない絶望が、繋いでいた意識を刈り取ろうとしている。
「みーつけた」
光が降り注いだ。
広がるぬくもりが硬直を解き、優しい声が恐怖を攫った。
「やっぱりここにいたか。暗いとこは苦手だろ? ナミラ」
目の前に現れた大きな笑顔。
誰よりも頼れる、誇らしい顔。
「とうさん!」
子ウサギのように跳んで、抱きついた。
あったかい肌はごつごつしていて、抱きしめられると少し痛い。けれど、母親とは違うこの抱擁がナミラは大好きだった。
「おっとっと! ごめんなぁ遅くなって」
「ううん! とうさんはぜったいに、ぼくをみつけてくれるもん!」
四歳のナミラは力いっぱい頬をくっつけて言った。
まだ、前世のことを思い出す前。
幼いナミラは泣き虫で、かくれんぼをするとそこから動けなくなってしまうことが多々あった。
そんなとき暗闇から救い出してくれるのは、父親のシュウだった。
「……そうだったなぁ。こんなに甘えん坊で、あったかくて、やわらかくて」
「とうさん?」
父の抱擁が強くなる。
息子は無邪気に応えたが、やがてなにもない地面へと降ろされた。
「えぇーもう終わり? もっと抱っこ!」
「もうお前は自分の足で歩けるし、大事な人を守ることだってできるはずだ。見てごらん? みんなが呼んでるぞ」
寂しさを溢れる優しさで隠して、シュウは遠くを指さした。
光を覆う靄の向こうで見慣れた影が叫んでいる。
「ナミラ!」
「ナミラくん!」
「戻ってこい馬鹿野郎!」
「ナミラっ!」
桜色の光が一筋、少年の胸に差し込んだ。
幼さは鳴りを潜め、両親の面影を残す青年の姿となった。
「そうだ……俺、行かないと。オンラとジルを止めなきゃ、みんなが……世界が危ない!」
呟く背中にそっと熱い手が触れる。
「……本当に大きくなったなぁ」
大きくて分厚い父の手のひらは、小さく震えていた。
「お前は自慢の息子だ、ナミラ。もう父さんが見つけなくても、お前は自分で暗いところから飛び出していける。強い力も、素晴らしい仲間もいるんだから」
ナミラの胸がざわめいた。
やっと今のシュウがどんな存在なのかを理解した。
そして、これから訪れる父との別れを察してしまった。
「みんなによろしく伝えてくれ。母さんには、すまないって……いや、愛してるって」
「いやだ! 自分で言いなよ!」
振り返ると、大好きな笑顔は光の泡の向こうにあった。
伸ばされた手を、必死で掴む。
「父さん! 父さん!!」
「いけ、ナミラ。お前にはまだやるべきことも、守るべきものもある。お前と母さんのおかげで、シュウ・タキメノは世界一幸せだった。だからな」
光の手が、泣きじゃくる子の頭を撫でる。
「今度はお前が幸せになるんだ。世界中の人を巻き込んで、すべての前世の中でも特に幸せにな。大丈夫、きっとなれる。なんたってナミラ・タキメノは」
小さく細かい光の粒が、遠く高い天へと昇っていく。
「北の三英雄で妖精剣士で北の砦一番の台所担当シュウ・タキメノと! 精霊王も認めた料理上手で超絶美人のファラ・タキメノの! 息子っ、だからなっ!」
最期まで笑わせようとしてくれた父の声は、ナミラの魂に刻まれていく。
大きな愛と偉大な背中が、深く深く染み込んでいく。
やがて、想いを携えたナミラは。
仲間たちの元へ走り出した。