『遊ぼうぜ』
異変はすぐに起きた。
前触れもなく現れた風雨と広がる黒雲。悲鳴のように轟く雷鳴。
その中心に浮かぶ半面の少女たちは、ありったけの憎しみを湛えた表情をしていた。
「「お前たち……」」
絞り出した声が乱れる。
しかし、眼下の少年たちは動じない。軽い目配せののち、それぞれの役目を果たすべく動き出した。
「いくぜぇ? 斬波ぁ!」
剛力で放たれた荒々しい三日月。
太陽にも見間違う波動と光が、乱れ始めた天気を吹き飛ばした。
「くっ!」
「『集えや集え 我が手に遊べ 礫の子らよ 襲えや襲え』」
属性:土
出力:六〇%
術式:改変初級魔法
オーダー受諾しました。
「『石翔大弾!』」
小石を飛ばす土の魔法が、モモによって大岩を放つ魔法に進化した。
ガルフが伝授した奥義を応用した、新たな魔法の姿である。
「このぉ!」
迫りくる巨石群を躱しながら、オンラたちも反撃の準備を進める。
「ホッホホウ!」
しかし次の瞬間。
岩と共に飛来した道化師の糸によって、絡めとられてしまった。
「くそっ! デルだな? 調子に乗るなよ雑魚が!」
「そうだよ、お前が一番怖くないんだから!」
炸裂した闘気によって拘束を抜けると、殺気を伴った刃がデルに斬りかかった。
ひょいと避けた道化師はそのまま、打ち上がる岩たちを足場にし交戦を開始した。
「きゃははははは! そんな攻撃なんて当たるか!」
「指の糸にさえ気を付ければ、お前なんて!」
嘲る笑いは大きくなり、広がった鋼線の巣を弾き飛ばした。
そして、隙だらけの腹めがけて飛び込む。
「そうだよねぇ。僕なんて、死ぬ気で特訓してもたかがしれてるよ」
投げつけられた罵詈雑言に、デルは苦笑した。
「ダンちゃんみたいな力はないし、アニみたいに運動神経よくないし、モモちゃんみたいな魔力もない。器用貧乏で憧れだけが強い凡人さ。でも、それがじっとしてる理由にはならない。友達を、憧れの人を助けようとしないなんて、僕には無理だ!」
「「じゃあ憧れの存在に殺されろ!」」
これから飛び散る鮮血を予想し、不気味な笑みが勝ち誇る。
「お前じゃないよ。僕が憧れたのはナミラ・タキメノだ。僕の幼馴染はお前なんかじゃない! 僕はナミラにたくさんのものをもらった。たくさん助けられた! だからっ、今度はっ!」
肉を貫こうとした刀が止まる。
なにが起きたか分からず、オンラたちは目を見開いた。
高速の刺突を止めたのは巻き付いた複数の糸。
ただしそれらは、全身を隠すマントの中から飛び出していた。
「僕がナミラを助ける番だ! そのためなら」
分厚いマントが、気流に巻き上げられて空を舞う。
「――――人間だってやめてやる!!」
陽光に照らされたのは、硬く鋭い鉱物の光。
脚部のモーター音が風を裂いている。腹部は鉄板のシックスパックが広がり、胸部には人工的な光が輝いている。
攻撃を防いだ糸は、肩部に開いた射出口から伸びていた。憧れを抱き、勇ましい未来を夢見た瞳は、絶え間なくデータを集めるレンズがきらめいていた。
「お、お前っ! その姿は!」
「レオナルド将軍の人体改造とダーカメ連合の最新技術の成果さ。シュラさんにも無理言って手伝ってもらった」
「いやいやいやいやいやいやいやいや! 生きてるわけない!」
金切り声を上げ、前世の記憶を有する頭は髪を振り乱す。
「仮に改造手術の激痛に耐えたとしても! お前みたいな貧相な体が負荷に耐えられるはずない!」
「そうだね。僕には左大将軍みたいな頑丈さはない。だから、助けてもらったのさ。賢者様に」
「賢者?」
胸の小さなハッチが開き、中のものが露わになる。
怪しく、それでいて神々しい光を放つ液体があった。
「水界の賢者ミドラー・エリクサー様から賜りし、長寿の酒エーテル! これが僕の動力源だ!」
今や一体化した技巧手袋の指、肩の射出口に続き、前腕部にも砲身が現れた。
両腕合わせて六門。火竜の咆哮を思わせる業火が吐き出される。
「うわああああ!」
「このぉ! エーテルに注目させておいてぇ!」
押しても引いても離れない竜心を手放し、オンラたちは火の手から逃れた。
しかし、その背を巨石が追い続ける。
「……マザードラゴンさん、ゴムダムさん。取り返したよ」
手にした友の愛刀は、驚くほどに軽い。
まるで母の手のように温かく、デルは泣きそうな安心感を感じた。
「よっと!」
糸と脚のサスペンションを利用し、デルは常人では考えられない高さから見事に着地した。
「おいデル、なんだその体?」
となりに立つダンが低い声をかける。
アニとモモも、呆気に取られた表情を向けていた。
「かっこいいでしょ? 名付けてサイボーグ!」
しかし本人は、いつもと変わらない明るく答えた。
「エーテルによる長寿の効果をエネルギーに変換しているんですね。なるほど、すごい技術です!」
隻眼のモモが、まじまじとデルの体を見回した。
「ま、今さらそんなの見たってなんとも思わないわよ。むしろ、あんたの覚悟が伝わるっていうか」
「おうよ。負けてられねぇぜ」
ゆっくりと担ぎ上げられた巨斧は、ギラギラと眩い輝きを放っている。
「こっちは充填完了だ。アニとモモは?」
「私はいつでも」
「わたしも、タイミング合わせていけます」
「うっし!」
四つの覚悟がさらに強まり、空を見上げる。
「さぁ、久しぶりに遊ぼうぜ!」