『真打ち登場』
「く、くそおおおお!」
ダーカメのとなりで、着地したばかりのダイスケが吠えた。
「ぬあー、流石に討ち取れんか。もうちょい粘れると思ったんやけどなぁ」
「ですが、ご覧ください。かなりの消耗にはなっています」
レイイチが指差す先で、荒い吐息が吐かれていた。
額にはすでに、汗が滲んでいる。
「ふ、ふんっ! このくらいまだまだ余裕だもん!」
「えぇ。少し休めば回復するし、今もお前たちを殺すのに支障はない」
未熟な強がりが感じられるも、その言葉に偽りはない。
「ニュー通天砲ぉ〜!」
「搭載ミサイル全弾発射!」
が、連合のツートップは意にも介さず、淡々と攻撃を続けた。
「いい加減にしろぉ!」
溜まった憤怒が爆発し、すべての攻撃を吹き飛ばした。
「もうなんなの!?」
「殺す! 特にあのチビは許さん!!」
狙いを定め、殺意の塊が矢のように空を駆けた。
「おぉー、怖い怖い! 穴があったら入りたいわ!」
「言葉の使い方を間違っていますが」
「つまらんツッコミやめぇや。とにかく逃げるでぇ!」
ダーカメはめちゃくちゃな操作で要塞を操り、迫りくる刃から距離を取った。
「遅い! そんな動きで逃げられるとでも」
「あっ! ちょうどええ穴があるやんけ!」
光る金歯に映ったのは、口を開けた大きな黒。
握った操縦桿を、まるで遊ぶかのように押し倒す。
「ダイスケ! いつまでしょぼくれとんねん。イーターちゃんは研究所にバックアップがあるって、何度も説明したやろ?」
「あ、そうか」
「これで十回目だぞ……」
「かまへんかまへん! それより声合わせろや! いくでぇ?」
彼らの目的を察すると、追いかけていたオンラたちの勢いが弱まった。
しかし、移動要塞は止まらない。
「大穴にぃ~?」
「「ぴょ~ん!」」
大の大人が揃いも揃って声を上げ、世界の虚に飛び込む。
世界最大の国家連合を率いる三人とは思えない、おちゃらけた行動であった。
「なにを考えているの?」
オンラは恐る恐る大穴の上に飛び、中を覗き込んだ。
文字通り、底知れぬ深淵が広がる。
しかし、明らかに異質なものがあった。人工的な光が、ゆらゆらと揺れている。
「ふぅ~、なんとかなったのぉ」
「展望デッキの即時収納も、うまく作動してくれましたな」
「思いっきりケツ打ちました」
そこには、壁面にワイヤーを蜘蛛の巣のように広げ、落下を耐える移動要塞があった。
「この……本当にふざけまくる……落下を免れても、そんな状態じゃあこっちの攻撃はどうしようもできないでしょうが!」
ジルの咆哮に合わせて、再び禍々しい闘気が奮い立つ。
しかし、感情の昂ぶりに反して投げかけられたのは、間延びした男の声だった。
「ワイらがなにも考えずに動いとると、本気で思っとるんかぁ? せやったら、ホンマの阿呆はお前やでぇ」
拡声器で放たれる声が、穴の中を四方八方に反響していく。
「ナミラくんなら、もうとっくに気づいとる。あの子やったら、ワイらの企みなんてわかった上で遊ぶんやろなぁ……なぁ、仮にも同じ前世を共有しとって、ホンマになんもわからへんのかい?」
言葉を返せない復讐鬼の耳に、深いため息が聞こえた。
「こっちの攻撃、本気でお前を倒そうとしとったか? まぁ、全然その気がなかったとは言わんけども。けどなぁ、お前が言うたやん。今のワイら、なんもできんと殺されるだけやで? 誰が好きでこないなことすんねん」
「じゃ、じゃあどうして?」
オンラの小さな問いに、ダーカメは笑った。
「おっしゃ、答えたるでオンラちゃん! ……名前呼ばれてびっくりしたな? それやねん。ワイらが持っとる最大の武器は情報。その情報が導き出した結果、この穴ん中が一番安全なんや」
「……どういうことよ」
今度はジルが、苦々しい表情で呟いた。
ダーカメはニヤリと笑い、割れたグラスに酒を注いだ。
「最初に言うたやろ。どいつもこいつも出し抜いて来たって。他の連中の動き、手に取るようにわかっとんねん。ワイらの目的はハナから時間稼ぎや。封印が思ったより早く解けた場合に備えての、な」
酒越しに見上げる空と敵。
赤い葡萄酒の輝きが、みるみるうちに増していく。
「さぁ、真打ち登場や」
溜めた闘気を放つ間もなく、別の闘気がオンラたちを攫う。
「――――斬竜剛衝波ッ!」
穴から見える景色は、巨大で猛々しい剛腕の竜に塗り替えられていた。
「ダーカメ様! 無事ですか!?」
こだまする、少し幼さを残した少年の声。
宙ぶらりんの大人たちはすっかり聞き慣れ、じんわりと広がる頼もしさを感じる。
「おう、全員無事や! せやから気にせんと、おもいっきりやりや!」
「はいっ!」
大穴の外では、暴れる巨竜がオンラの手によって討ち取られていた。
炸裂する光が現れた希望を照らす。
「やっぱ溜めなしじゃあんなもんか」
「でも前よりかなり強くなってるよ? よっ! さすが団長!」
「デ、デルくんもだよ。雰囲気が全然ちがう」
「それを言うならアニもだろ? 言っとくが、団長の座は渡さんからなっ」
「ふふっ、いい女になったでしょ?」
ダン、デル、アニ、モモの四人が、久しぶりの会話を交わす。
沸き立つ懐かしさと喜びの中に、彼らは物足りなさを感じた。そしてそれは、戦いによってのみ満たされることを承知している。
「いくぞ、お前ら。テーベ村騎士団、出動だ!」