『欲望堂羅』
「助太刀感謝いたします、ダーカメ様」
移動要塞頂上のエントランスに、シュラがふわりと着地した。
「おう! シュラちゃんにお礼言われるだけでも、めっちゃええ気分やで! せやけど……どいつもこいつも出し抜いて一番乗りしたつもりやったのに、ウチら以上の阿呆がおったみたいやな」
ギラついていた空気が、途端に陰りを見せた。
眉間に現れたしわは、横たわる四人を見下ろしていた。
「無事なんか?」
「レゴルス様、ゴーシュ様、ブルボノ様は辛うじて。ですが……シュウ様は」
「我らの責任だ」
言葉に詰まるメイドに、もはや姿の見えないガルダの声が続いた。
多腕の中に満ちた精霊の力に身を預け、存在の維持に努めている。
「お前たちも逃げろ、人の子よ。こんな鉄の塊では到底敵わん」
「アホなこと抜かすなや」
仮にも精霊王に対し、ダーカメは乱暴に悪態をついた。
「ここまで来て逃げるようやったら、ハナから来とらんっちゅうねん。あんさんらこそ、消えかけとるんやからどっかに下がりや」
「しかし」
「意地張る人間が、そいつらだけや思うたら大間違いやで?」
この中で一番小さく弱い男。
にもかかわらず、有無を言わせぬ強者の背中をしていた。
「行きなさい、シュラさん。きみにも、まだ希望があるのだろう?」
レイイチに促され、シュラは小さく頷いた。
「では……お気をつけて」
精霊王と四人を連れ、ゴーレムメイドは空を飛んだ。
「さて、待たせてもうてすまんのぉ。って、まぁタダで待っとったわけないか!」
目の前で渦巻く禍々しい闘気。
ジルとオンラは刀を掲げ、新しいおもちゃを得た子どものように笑っていた。
「「真・斬竜天衝波!」」
ナミラが放つものと違い、どす黒く不気味な闘気の竜。不揃いな牙を剥き、ダーカメたちの要塞へ襲いかかる。
「よう我慢したなぁ。もうええで、行ってこいや!!」
主人の声に飛び出した猛犬。
連合一の戦士ダイスケが、憤怒に顔を染めて剣を抜いた。
「よくも妖精剣士を、シュウ・タキメノを! あいつは俺が倒すはずだった。貴様許さん!!」
「その妖精剣士より弱いお前たちが、このワタシを倒せる言うの?」
あざけりが囁かれ、黒竜がダイスケに迫る。
「倒せるわけないやろ」
「天地がひっくり返っても無理ですな」
危機的状況にもかかわらず、背後の二人は切れ味鋭い言葉を返した。
「せやけどなぁ。チビにはチビの、雑魚には雑魚の戦い方ってのがあんねん」
磨かれた金歯が、男の笑顔を派手に彩る。
「ぶちかましたれ、ダイスケ!」
抜き放たれた刃がみるみるうちに姿を変える。
複雑に絡み合った鉱物が解け、長さを形を大きさを変え、現れたのは機械仕掛けの獣。黒竜を丸ごと飲み込む歪な口が、貪欲な産声を上げた。
「グオアアアアア!!」
「欲望堂羅!」
怨念に染まったとはいえ、破壊力は本家にも劣らない闘気。
そんな力に、生まれたばかりの獣はガブリと噛み付いた。
「無駄なことを!!」
「キモチワルイ!」
二人の少女が奇声を発し、拒絶に反応した竜が暴れ出す。
しかし、その体は次第に小さくなっていった。
まるで、消化されるように。
「なっ!?」
驚きを隠せず、半面の狂気は上空へ逃れた。
ナミラであれば、足下の敵へ警戒を残して飛ぶだろう。しかし、オンラとジルはただただ恐怖と不快感を投げつけ、脱兎の如く空を駆けた。
「どんなもんや! そいつの腹ん中には『神の涙』の模倣品仕込んどんねん!」
「出力はかなり下がりましたが、闘気だろうとエネルギーであれば食い尽くす。そして変形に伴う激痛に耐えられるのは、連合一頑丈なお前しかいない。ダイスケ、頼んだぞ!」
「ウス!」
「グオッ!」
不恰好ながらダイスケに人懐っこい笑みを見せ、デス・イーターは太い首を伸ばした。
作られて間もないながら、主従に近い関係を得ているらしい。過剰なまでに距離を取った餌を、一目散に追いかける。
「なんだか似てる」
「そうね。欲まみれのとこが、あいつらに……」
見下す視線に殺意が宿ると、濃密な魔力が周辺の景色を歪ませた。
「あかん! 逃げ」
「『我万象王也』」
凝縮された魔力が禍々しい球体を作り出し、デス・イーターの顔面を包んだ。
伸ばした牙は触れることができず、悔しげに震えている。
「「消えろぉぉぉぉぉぉぉ!」」
「舐めるなあああああああ!」
初めて見たはずの顔に、積年の恨みが向けられた。
ダイスケは正面から迎え撃ち、構わず進む。。
「グオ」
しかし握られた柄が伸び、主人を突き飛ばした。
プログラムにない、デス・イーターの行動。
ダイスケの体は、移動要塞に向かって落ちていく。
「イーター!!」
悲痛な叫びのあと、全方位からの重圧が鉄の体を押し潰す。
許容量を超えた魔法兵器にも亀裂が入り、瞬く間に消滅した。