『生命の輝き ド派手な光』
大量の塵が、辺りを霧のように覆っている。
壊滅的な視界は呼吸の音や命の気配すらも飲み込み、外へ漏らさなかった。
「へ、へへへへ」
冷たい沈黙の中を、乾いた笑いが踊った。
ナミラの顔で引きつった笑みを浮かべ、その体を震わせている。
「やったよジル」
ダークエルフから人族へ、主人格が変わっていた。
子犬に似た瞳が、つり目の女を宿していく。
「あぁ、よくやったよオンラ! やっぱりあんたは最高だっ!」
ジルが意識を表に出すと、途端に息が荒くなる。
見たことも聞いたこともない強大な力を前に、彼女は死の恐怖を感じ、動けなくなっていた。
そんなダークエルフの代わりに力を振るったのは、命を得たときから奴隷として生きた少女。戦いなど無縁の人生を送ったオンラは、死して初めて闘志を燃やした。
自分を支えてくれた存在を守りたい。
無垢な願いは闘気となり、魔力とひとつになった。
そして自我を奪った他の前世の記憶を頼りに、あらん限りの力を放ったのだ。
「へ、へへへ。やっぱりジルは褒めてくれる……」
「そうよ。当たり前じゃない」
自分の言葉に顔を赤らめ、優しく頭を撫でる。
他者が見れば異常に感じる行動は、彼女たちにとっては当たり前のこと。むしろ世界がおかしいと、滅ぼそうとしていた。
「闘気……砂漠のときより、もっともっと強いよ! ナミラの意識が消えてから使えなくなってたけど、魔力と合わせるとこんなに」
「えぇ、本当に。こんなに生命力が漲るなんて……ねぇ、あなたたちも素晴らしいと思うでしょう?」
ぶ厚い塵の壁が、静かに退場していく。
物言わぬ大穴が、ゆっくりと吸い込んでいった。
「……くっ」
噛み締めた声が、弱々しい風を生んだ。
「ちくしょう……」
「……うぅ」
「なんてことだ……」
燃えられぬ熱が震え、わずかな雫が落ち、小さな石が転がる。
四大元素を司る精霊王たちが、苦悶の表情で膝をついていた。
「ざまぁないわね? 大自然の王が、奴隷の女たちにやられるなんて……文明から目を逸らし、関わりを持たなかったツケよ!」
ジルの怒号は、主に風の精霊王ガルダへ向けられていた。
「……たしかに。もっと他の種族を理解していれば」
自らを蔑む背後に四つの体。
シュウ、レゴルス、ゴーシュ、ブルボノが身動きひとつせずに横たわっていた。
「ギリギリで守ったが、これが限界か……情けねぇぜ」
「……そこの三人は辛うじて息がある。でも、シュウ殿は」
悔しさを隠さぬイフリートと、思わず悲嘆を口にしたカリプソ。
視線の先で、ミスリルの魔剣が塵の一部となった。
「せめて躯はファラさんの元へ。それが我ら精霊王の最期の大仕事よ」
鼓舞するタイタンの声に、四人の王は立ち上がった。
もはや消えかけの肉体。しかし、今やその存在を作るのは雄大な自然だけではない。
万象王ゼノが没したときから築いてきた、王としての矜持。
そして、ナミラと出会ってから生まれた絆たち。
永きに渡り精霊族が持ち得なかった、尊い縁。ただ時の流れのままに存在していた彼らの胸に、一瞬に懸ける激情が滾っていた。
「勝てると思うの? 正気?」
「ば、馬鹿じゃないの?」
「馬鹿でけっこう」
見下す視線と薄ら笑いを、威厳のオーラが打ち払う。
「この風は意思を持ち吹き荒れる」
「この火は熱意のままに燃え上がる」
「この水は使命を孕んで流れる」
「この土は覚悟の糧に育ちゆく」
風が、火が、水が、土が、生命の輝きを放った。
「――――シネ!」
無意識のうちに、ジルとオンラは飛び出していた。
消滅しかけた精霊王など、今の彼女たちにとって敵ではない。にもかかわらず、胸の底が震えた。先ほどよりも弱々しいはずの力に、恐怖を感じたのだ。
「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」
短い殺意を、渾身の雄叫びが塗りつぶす。
風が運ぶはこれまで見てきた世界の景色。火が照らすは懸命に生きる人々の営み。水が魅せるは命の美しさ。土が起こすは積み重なった時の証。
そして走馬灯は、楽しき日々と甘い焼き菓子の味を思い出させた。
「ナミラ様! ゼノ様! どうか、お目覚めをっ!」
「信じてますぜ! 俺たちの大将は、こんなとこでやられねぇって!」
「我らの命を最後に! この悪夢を終わらせてくださいませ!」
「これ以上……宝を失いますなっ!」
かつて山と並んだ体は小さくなり、決死の表情は塵の中に霞んでしまう。
「ムダムダぁ! もう雑魚なんだよ、お前たちは!」
「死んじゃえ、消えちゃえ! 自然なんて大嫌い!」
ついに真似衣の魔法まで発動し、ナミラの痕跡は消え去ってしまった。
「「ぎゃはははははははははははははは!」」
狂気が二つ、顔を左右に分けて笑う。
つり目のダークエルフと垂れ目の人間の少女が、己の強さに酔いしれている。
「このまま後ろの死にぞこないまで、きれいに消してや」
「邪魔するでぇ~!?」
妙に陽気で無駄に大きな声が響く。
直後、死力を結集した大自然の特攻とは真逆の、冷たい鉛が降り注いだ。
「百腕拳!」
ミリ単位の誤差もなく、シュラの多腕が精霊王たちの傘となる。
しかし、復讐の女たちには容赦のない豪雨が襲いかかった。
「きゃあ!」
「邪魔するんなら帰って!」
溢れるオーラで鉛玉を弾きつつ、上空を睨みつける。
「精霊王さま!」
「なっ……精霊たちか!」
その隙に八本の腕から発せられたエネルギーが、四色の光と共にガルダたちを包んだ。
対の腕には、それぞれの王に属する精霊が宿されており、攻撃を止め自然のエネルギーを供給した。
「失礼しますっ」
さらに飛んできたシュラによって、精霊王とシュウたちは攫われていった。
「ちょっ待ちなさ」
「ニュー通天砲発射ぁー!」
かつてセキガ草原にて存在を示した兵器が、威力を増大して放たれた。
無駄にド派手なエネルギーの塊が、状況の飲み込めない女たちを襲う。
「こんなものぉ!」
しかし、わずかな傷を負わせることもなく、一撃の下に斬り捨てられた。
「全っ然ダメやないかい! プレラーティのアホ、なにが『最強の兵器ですぞ、ふひっ』やねん!」
「まぁ、相手が悪いとしか言えないでしょうな」
「ウスッ」
塵の向こうから、拡声音のやり取りが響く。
薄っすらと見える影は人とは思えないほど巨大で、歪な姿をしていた。
「あいつらは……!」
闘気の奔流で、充満する塵を払う。
現れた異形は、ツギハギだらけの移動要塞。
不格好な形状にもかかわらず至る所に金色の装飾を施し、製作者の趣味を全面に押し出している。
そして、最も見晴らしのいいてっぺんから。
車椅子に乗った小柄な男が顔を出した。
「まいどおおきに! ダーカメ連合でございますぅ~!」