『見ている者』
先ほどとは異なり、軽やかで楽しげな音楽が響く。
それと同時に、今度は美しい衣装の少女たちが現れた。
花を模した飾り布がひらひらと揺れ、薄いフェイスベールに隠れた笑顔はどこか神秘性を感じさせる。
彼女たちは人の間を進み、像の周りで戯れるように踊った。
しばし可憐で微笑ましい時間が過ぎ、少女たちが笛太鼓の子どもたちの前で止まると、平和で温かい拍手が起こった。
そんな観衆の前に、二人の女性が舞い降りた。
一人はアニで、ふわりと鳥のように着地すると、深々と頭を下げた。
もう一人は村人たちも馴染みのない女性だったが、アニと同様華麗に着地し頭を下げている。
だが、誰かが呟いた「きれいだ」の言葉に、周囲の人間は全員同意した。
次の瞬間、年長の村人も聞き慣れない音楽が奏でられ、二人は踊り始める。
二人の踊り子は優雅に舞い、見る者を虜にした。特に謎の女性には、心まで奪われる男が多かった。
彼女の名はターニャ。踊りの神として語り継がれる伝説の女性。
……ではなく。
その姿に変身したナミラであった。
ナミラの動きは、神と呼ばれるターニャそのもの。しかし、愛弟子であるアニも負けてはいない。踊る姿に、恋心を抱く村の男も少なくはなかった。
曲調が代わり、二人の踊りは激しさを増す。
踊り子の少女たちの手拍子も加わり、ナミラとアニはまるで世界の中心が自分たちであるかのように踊り狂う。
妖艶、美麗、雅、可憐。
どんな言葉でも言い表せられない光景が、観衆に呼吸すら忘れさせた。
やがて、いつの間にか消えていたダンとデルが現れ、先に火のついた棒を振り回してクライマックスを演出する。
そして、ついに訪れた終演の時。
その場にいたすべての人間が、爆音のような歓喜の声を上げた。
「ありがとうございましたー!」
子どもたちから礼儀正しい挨拶がなされ、皆散り散りに消えていった。
多くの見物客の心に、まるで夢を見ていたかのような余韻が広がり涙を流す者までいた。
「見たか?」
不気味な声が闇に響く。
テーベ村から遠く離れた洞窟の中。声の主の前には、遠視の効果がある水晶玉が浮かんでいる。
「えぇ、もちろんでさぁ。ずいぶんと、景気のいい村なようで」
子分の一人が笑った。
「あのガキ共が現れたことで、あの村は今まで以上に儲かっているようでのぉ。今度領主の貴族が調査に来て、内容によっては町への昇格もあり得るそうじゃ」
水晶の持ち主らしい、腰の曲がった老人が歯の抜けた口で言った。
「いい村だなぁ。女も金もたんまりってか」
「へへへへへ。この前攫った女共は、お頭が使い物にならなくしちまったからなぁ。ガキでもいい! おらもう、我慢できねぇ!」
少ない松明の明かりの下で、男たちが欲にまみれた会話をしている。
「ですがお頭。あそこは帝国との国境が近い。滞在する冒険者も多いし、北の砦の兵士が来ると厄介ですぜ?」
「心配いらねぇよ」
お頭と呼ばれた男はのっそりと立ち上がった。
「そろそろ奴さんも動くってよ。だから俺たちは、向こうに合わせて働けばいいだけだ」
そして、鼻が当たるほど水晶に顔を寄せた。
「あぁぁ〜、楽しみだなぁ。食いもんも、たっぷりあるんだろうなぁ〜。食いてぇなぁ〜。肉も、女も、金も、命も、全部平らげてぇ〜」
涎を垂らす男に釣られ、洞窟にいた男たちが笑う。
その数は、テーベ村の村人の数を超えていた。
「野郎共、夜が明けたら出発するぞ! 盗賊『│斬竜団』。あの村が町になる前に、全部喰らい尽くしてやれぇ!」
野太い雄叫びが、闇に響いた。
その声は洞窟を飛び出し広い範囲に届いたが、周囲の村はすべて滅ぼされていた。