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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第四部ー章 大罪
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『時は来た』

 何度経験したかわからない、名状し難い感覚。

 暗く、世界の音は遠く、自分の存在が丸く浮いているような。

 そう、まるで母の胎内か産み落とされた卵の中。

 ただそれらと違う点があるとすれば。

 とても寂しくて、寒い。


「そうね。世界っていつもそう」


 目の前に現れた、血走った眼。

 乱れた髪がゆらゆらと逆立ち、骨の浮いた体が背を曲げて立っている。


「貴様……」

「なにその言い方。わたしだってお前なのに。ナミラ・タキメノ」


 吐き捨てられた言葉に、ナミラの体は吹っ飛ばされた。

 防御も受け身も取れず、骨の芯まで響く鈍痛が走る。


「わたしはオンラ。わかってるでしょう?」


 歯の抜けた口が、黒い三日月を作り出した。


 ナミラはここが自身の精神世界であると理解していたが、かつてヴェヒタダンジョンで見たときとはまるで違う。

 現世とは完全に切り離され、重なりすぎて赤を失った血の色が天地を覆っていた。


「他の前世たちはどうした?」

「あ、気になる? じゃあ見せてあげるぅ」


 ぎこちない喜びと優越感を滲ませ、オンラは両手を広げた。

 すると、背後に大量の影が現れた。


「この怒り、決して消えはせぬ」

「あいつのせいであいつのせいであいつのせいで」

「殺す殺す殺す殺す殺す!」


 万象王ゼノや、名を馳せた偉人たち。

 魔獣や動物、小さな虫まで飛んでいる。

 彼らが、これまでに蘇った前世たちであることは間違いない。しかし、生前の輝きを失った魂たちは、絶え間なく呪詛を呟き続ける影へと成り果てていた。


「これは」

「みーんな、わたしの味方だって。どんだけ取り繕ってもさ、生きてる間に誰だって怨んだことはあるの。わたしはさ、ただその気持ちを思い出してって言っただけ!」


 作り上げた砂山を誇る子どものように、オンラは声高々に言い放った。


「もうね、わたしの勝ちなんだよ! ザマァみろ!」

「それはオンラか? それとも、もう一人のお前か?」


 ナミラの言葉に、乾いた笑いがピタリと止まる。


「どういう意味よ?」

「あのとき、土の賢者塔で聞こえた声はお前じゃなかった。彼女はダークエルフのジルと名乗った。だが、お前はどう見ても人族だ」


纏わりつく憎しみの重圧に逆らい、ナミラはオンラを指差した。


「俺より前に前世の力を得た存在。それが貴様だ、オンラ」


 不吉を体現した顔が歪み、左半分が変貌していく。

 褐色の肌に長い耳。オンラよりも大きな瞳が、笑みを浮かべて見下ろしていた。


「よくわかったわね。ヒントをあげた甲斐があったわ」

「ジル。お前は死する直前、牢へ呪具の生成法を遺した。なんの因果か来世であるオンラがそれを見つけ、実行したんだ。そのとき、二つの前世で凝縮された怨念が、この首飾りになったんだろう。俺も最初はわからなかったが、オンラはギフトホルダーじゃない。もう一つの人格として、その体に宿ったんだ」


 半面の笑顔が一際大きくなり、乾いた拍手を不気味に彩った。


「すごいわね、仮にも『前世』のギフト。完全に切り離しても、こちらの人生を覗き見るなんて」

「あぁ、俺も驚いているよ」


 ナミラは苦笑したが、その言葉に嘘はなかった。

 もはや四面楚歌となった魂の中で、いまだに自我を保っている状況。ギフトと

体の権限すら奪われている今、こうして話ができるだけでも奇跡に近い。


「まぁ、それも主人格だからじゃない? ジル」

「そうね、可愛いオンラ。もうこいつには、自分の体をどうすることもできないのだから」


 ケラケラと響き渡る笑い声。

 背後に並ぶ数多の前世たちから、真っ赤な涙が滴り落ちた。


「お前の仲間たちも馬鹿だね。魔族の国で殺しておけばよかったのに、無駄に時間を稼ぐからこうなる。もうすぐ、この忌々しい氷の魔法も溶ける。そのときこそ、真の復讐が始まる!」

「ぜんぶの美味しいものも、可愛いものも、服も、ベッドも、わたしのものだぁ!!」


 広げた枯れ枝のような腕。

 スケルトンと見間違う痩せ細った背中に、呪詛を吐き続ける影が吸い込まれていった。


「……俺の仲間を舐めるなよ」

「黙れガキが。お前の人格も、じきに溶けてなくなる。自分の手ですべてを破壊する景色を、しっかりと見ておくんだね」

「そうだよぉ。わたしたち、神様になるんだから!」

「神……だと?」


 オンラの無邪気な声が、ナミラの頭を殴った。


「があっ! こ、これっは……」


 辛うじて保っていた意識が飛びかける。

 脳裏に蔓延るひどいノイズ。その先にかすかに見える、知らない景色。

 聞こえる声、遠いぬくもり。

 流れる血の匂いと、胸をくすぐる熱き想い。

 あのとき、石板を前に感じた過去の記憶が、ナミラの中で目を覚まそうとしていた。


「あっ、そろそろ限界なのかな?」

「いい気味ね。こっちも頃合いみたいだし」


 オンラとジルは、苦しみの原因に気づいた様子はない。

 蠢く天幕に入った白い光の亀裂の広がりを、いまかいまかと待っている。


「ま、待て」

「じゃあね、クソガキ」

「ぜんぶ壊してくるからね!」


 光の中へ飛び去る影に、必死で手を伸ばす。

 だが、届かない。


 虚しく空を掴む自分の右手。

 しかしナミラには、無力を嘆くその手が別人のものに見えていた。

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