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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第四部ー章 大罪
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『可能性の光』

「どうです、調子は」

 

 ダーカメ連合首都アブダンティア。

 その郊外に、先の戦いで勝利していれば大規模なゴーレム工場を建設する予定だった、広い空き地がある。

 ガルフは内に秘めたダメージを隠したまま荒れた赤土を踏み、少し白髪の混ざった長髪へ話しかけた。


「ガルフ殿っ! 上手くいったようですな。こちらはまだなんとも。言ってはなんですが、これに意味があると思えないのですが」

「本人にしかわからん、重要ななにかがあるんじゃろう。ミドラーの具合はどうじゃ? レイイチ殿」


 風になびく髪を掻き上げて、ダーカメ連合の参謀レイイチ・ベアは背後を指差した。


「そこに。あなたの来訪を待っていたようですよ」

「ヤッホー、ガルフ〜」


 水色の髪を揺らし、水界の賢者ミドラーが千鳥足の体を預けた。


「もう飲んどるのか。まぁ、そのほうがお前らしいが」

「でしょう? まだ本調子ではないけどさ〜、彼の願いくらいは叶えてあげられるよ」

「願い?」


 訝しむガルフからわざとらしく目を逸らし、酔いどれのエルフは小さく「やべっ」と呟いた。


「なにを企んでおるのか知らんが、お前が一枚噛むというのならここは任せる。じゃが、くれぐれも頼んだぞ? 儂は彼が一番危ういと思っておるからな」

「まぁ、これでも賢者ですし? 悪いようにはしないつもりだよ」


 友に別れを告げ、粉塵の中に見える影には熱い視線を送ったガルフは次の場所へ転移した。


「おぉ、ガルフ殿!」

「レゴルス殿、タレス殿、ご無沙汰しておる」


 濃い葉の香りが鼻を出迎え、シルフの風が衣服についた砂を払ってくれた。

 ガルフは巨大な大樹の下で、協力者の二人に微笑みかけた。


「エルフの民には本当に世話になる。なんだかんだで、ここが最も手がかかります故」

「なんの。彼の武勇はエルフ兵にもいい刺激になりますから!」

「場所はビピン国とウンディーネにも手を貸してもらっていますからな。騒がしさは問題ない」


 明るい笑顔と嫌味な微笑。

 どちらも態度には出さないが、最強の賢者の観察眼には重なった疲労と消えぬ心労が垣間見えた。


「彼の存在は、この作戦において柱となり得る。引き続き、お願い申し上げる」

「えぇ、もちろん」

「あの者らにも言っておきましょう」


 遠雷のような轟音を聞きながら、ガルフは再び転移の光に身を包んだ。


「さて、最後はここか」


 セリア王国の首都セリアルタ。

 そこから南にまっすぐ伸びた街道の先に鎮座する、学院アインズホープ。

 学長でもあるガルフは、今までよりも穏やかな顔で歩を進めた。四方八方から吹きつける風の先に、激しく若い可能性がいる。


「王よっ! なにをしておられる!?」


 闘技場の客席に予期せぬ姿を見つけ、ガルフは慌てて走り寄った。


「おう、戻ったか。賢者三人を五体満足で退けるとは、さすが我が右腕」

「話を逸らされるな! ご子息たちはどうなされた?」

「伝説に基づき、四人とも地下の封印場いる。予想よりも進みが早くてな、もはや部外者は近づくこともできん」

「おぉ、それほどとは。で、公務は?」

「こっちは苦労してるようだな」

「公務は?」


 決して目を合わさないルイベンゼン王を睨んでいると、闘技場の中心が視界に入る。

 言うことを聞かぬつむじ風が、無数に暴れ回っていた。


「上手くいくと思うか?」


 低い声が、獅子王と名高い男から漏れた。


「信じるしかありますまい。若き可能性こそ未来の希望。そして彼らこそ、ナミラくんにとっての光ですじゃ。歯痒いことですが」


 顔に歩んできた年月と苦労が刻まれた二人は、同時に拳を握りしめた。


「そう、だな。我らは大人として、その責務を果たすだけか」

「その通りでございます」

「ととさま」


 背後で聞こえた可憐な声。

 まだ包帯が取れないモモが、力いっぱいに杖を握りしめて立っている。


「モモ、準備はいいか? 体の調子は?」

「大丈夫。これ以上、わたしだけ寝てるなんてできない。修行を始めよう」


 ガルフは無言で頷き、愛娘の頭を撫で、王のマントを引っ掴んだ。


「なにをする、不敬だぞ?」

「子どもらが使命に集中できるように、世の平穏を保つのも大人の役目でございましょう?」


 なにも言い返せない主君を連れ、ガルフは闘技場をあとにした。


「ではモモや。賢者塔の修練の部屋に向かおう。異空間に繋がっておるあそこなら、超天魔法を放っても問題ないじゃろうて」

「はい!」


 いつまでも幼いと思っていた娘の、覚悟に満ちた精錬な顔つき。

 愛おしくも寂しく感じる成長に胸をくすぐられながら、ガルフは天を仰ぎ見た。


「待っておれ、ナミラくん。きみは決して一人ではないからの」


 思い馳せる空の下では、希望の勇士たちが光を掴もうと足掻いている。


――――


「おいおいおい! この程度で膝ついとったらアカンでぇ!?」


 アブダンティアでは大型ゴーレムとダーカメに見下ろされた、少年が一人。


「ま、だ、まだぁ!」


 血を吐き立ち上がるのは、友にもらった仮面をつけた不屈の道化師。

 テーベ村騎士団副団長、デルの姿があった。


「いいですねぇいいですねぇ! 彼につけた測定器がいい数値を出しています!」

「ふぅ〜ん?」


 興奮するマッドサイエンティスト、プレラーティと賢者ミドラー。

 涎を垂らす科学者のとなりで、永き時を歩んだ女は目を細めた。


「デルくん。きみの道は誰よりも狂っていて哀れだ。でも、だからこそ強い。もし、きみが可能性を示すのならば、エーテルの名においてきみを導こう」


――――


「「オラァ!」」

「ぐほっ!」


 シルフの風とウンディーネの水に覆われた、岩だらけの山中。

 ダーカメ連合によって返還された、小国ビピンの領土であったが、早々に荒地に変わろうとしていた。


「甘い! そんな闘気の使い方じゃあ、十秒と保たずに死ぬよ!」


 崖下に転がる人影に向かって、覇気のある声が放たれた。

 続いて、《《一人になった二人》》の笑いが響き渡る。


「「そうだぜ! ナミラはこんなもんじゃないからなぁ!」」

「知ってんだよ、んなことはっ!」


 見下ろされる男は、愛斧を握り立ち上がるダン。

 手の届かない高みに立つのは、エルフの長ラライアと雌雄一体となったガーラの二人。

 照りつける太陽が逆光となり、ダンの腫れた瞼を熱した。


「だったら死ぬ気で強くなんな。アタシらに手も足も出ないんじゃ、ナミラには」

「勝つ」


 決して衰えぬ闘志が、漢に再び斧を構えさせた。

 

「あいつを倒すのは俺様だ」

「「へぇ、いい雄だな!」」

「……口だけじゃないって証明してみせな!」


 その後、数か月の間。

 ビピンは『止まらぬ地響きの山』を新たな観光地とし、多くの収益を得たという。


ーーーー


「立て」


 鋭く短い言葉には一切の無駄はない。

 そんなものは、風がすべて吹き飛ばしてしまった。


「オレは実戦しか教え方を知らん。ついて来れないのなら、死ぬだけだぞ」


 巻き上げられる砂塵の中で、ゆっくりと動く少女の影。

 やがて立ち上がり、両手の刃が纏わりつく風を切り裂いた。


「まだまだいけます!」


 まとめていた髪は解け、風になす術なく乱れ舞っている。

 そばかすの頬は土と血で汚れ、衣服はボロボロ、体も傷だらけ。

 かつて憧れた綺麗な大人の女性とは、かけ離れた姿。

 しかし、アニは少しも気に病むことはなかった。むしろこの程度まだ序の口と、胸の中で笑い飛ばすほどだった。


「そうか。なら、さらに風力を上げる。我が烈風の異名、その身で味わえ」


 対峙する風の賢者シン・ミナト。

 鬼人族のツノが怪しい光を放ち、闘技場に満ちる風がさらに強さを増した。


「待っててね、ナミラ」


 並の冒険者なら戦意を失う光景に、アニは迷いなく突っ込んだ。


 彼女を動かしたのは、揺るぎない覚悟。

 愛する人の笑顔を再び見るという、願いのちからだった。


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