表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第四部ー章 大罪
177/198

『猶予』

 テオが近くに生えていた草へ結果を囁いた直後。

 不安を抱く世界に対し「大罪人を氷の超天魔法が貫いた」と雷迅のガルフが声明を出した。人々は安堵し、新たに偉業を成し遂げた若き賢者に賞賛を送った。

 

 しかし、真実を知る者たちは動きを止めることはない。

 来たる目覚めの日に向けて、胸に誓いを、瞳に覚悟を宿して進む。

 

「『雷父推参(トール・ハンマー)!』」

「『滅腕(エンド・オブ)覚醒(・ラヴァー)!』」


 ガルフは袂を分かつ三人の賢者を、自らの名を冠するガルフ平原にて迎え撃っていた。


「また力を付けたようだの、ゴンザレス」

「おうよ! 最強の賢者の称号、今日こそ渡してもらう!!」


 上空で拳を交える雷の化身と溶岩の巨腕。

 ゴンザレスに呼応し、すべてを溶かす熱が輝きを放っていく。


「私たちも」

「忘れてもらっては困ります!」


 続いて、火と白の魔力が迸る。

 三種の最高位魔法が、たった一人に牙を剥こうとしていた。


「……以前の儂なら、最強など惜しくもなかったがな。じゃが、今はその肩書きを守らせてもらう!」

 

 使い込まれた杖が震え、轟音の雷父と降り注ぐ落雷が蒼から紅に変化していく。

 平原を常に壊す雷たちは、かつてガルフが放った最高位魔法によって生まれたもの。自然界の魔素を巻き込んでいるが、その起源には雷迅の魔力が刻まれている。


 故に。

 この一帯に満ちるすべての雷光が、ガルフの力となった。


「『大雷電(オメガ・ハンマー)!』」


 無差別な光が天地を貫き、無慈悲な爆音は大気を薙ぎ払った。


 上級魔法を超える落雷が豪雨の如く降り注ぎ、逃げ場を奪う。

 怒号を放つ雷の父は、御身と琴線に触れる者を許さず、抑えられぬ爆雷を流した。

 溶岩の最高位魔法は砕け散り、ゴンザレスは波動に倒れた。アヴラとアンネは雷の雨に耐えられず、詠唱もままならない痛みに膝をつく。


「な、なんですか、これは……」

「儂は儂なりに、最高位魔法を超えようとしておったんじゃよ。化身による奥義の発現。超天魔法には劣るが、儂でもお前さんたちを圧倒できる」

 

 術の終わりと共に、永く平原を覆っていた黒雲が晴れていく。


「かぁ〜っ! 賢者三人相手にこれか! やっぱ強いのぉ、ガルフ!」

「さすがです、ガルフ殿。よろしければ、今度その奥義をご教授願いたい」

「言ってる場合ですか!」


 賞賛を送るゴンザレスとアヴラに対し、教師のようなアンネの叱責が飛んだ。


「なんじゃ、アンネ。名付けて化身奥義。すごくないかの?」

「それはすごいですが! この機会を逃すわけにはいかないのです! 大罪人が封印されている今こそ、討伐のチャンスなのですから!」

「そうじゃな。じゃから、全快でないアヴラを無理やり引っ張ってきたのじゃろう?」

「分かっているならどきなさい。教会が行っているセリア王国への支援や結んだ協定を、すべて破棄してもいいんですよ?」

「それは困るのぉ」


 セリフとは裏腹に飄々とした態度に、聖母はイラつきを隠せなかった。


「ガルフ殿。なにを企んでいるのですか?」


 炎美のアヴラが静かに口を開いた。

 若くして賢者となった天才少女の目は、本質を見極める鋭さを宿している。


「うむ、実は取引をしたくてな」

「取引?」


 訝しげな三つの顔を前に、ガルフは魔法の絨毯の上に座った。


「ナミラくんが封印されて一ヶ月。こちらでも彼を救うため、着々と準備を進めておる。この場に来たのが儂だけなのも、そのためじゃ。皆、いろいろと手一杯でのぉ」

「けっ! 嫌味か」

「アレを正面からくらって悪態つけるお主も、十分バケモンじゃわぃ」


 痺れて動けないゴンザレスに苦笑を返しながら、ガルフは続けた。


「残り五ヶ月。それだけあれば、アヴラの怪我も完全に癒えよう。協力者の準備も整うはずじゃ」

「なにが言いたいのです」

「一時休戦といかんか? そして、もし儂らの企てが失敗したならば、そちらの邪魔は一切せん。いや……こちらの陣営も討伐の戦いに加わろう」


 乾いた土が、風に乗って巻き上げられる。

 寂しい匂いが、四人の鼻を撫でた。


「どういう風の吹き回しですか? 彼に賭けたのでは?」

「考え得る最善最高の策なのじゃ。もしこれで上手くいかなければ、儂らにできることはなにもない。すでにクインには話をつけた。お前さんたちはどうする?」

「あの男は……」


 苦々しく顔を歪ませるアンネだったが、残りの二人と視線を合わせ、頷いた。


「いいでしょう。一時休戦とします。ですが、そちらの協力などは致しません。もちろん、クインもです」

「うむ、承知した。礼を言うぞ」


 アンネはフンッと鼻を鳴らすと、身動きの取れないゴンザレスに肩を貸した。


「おっ、優しいじゃねぇか。抱かれてぇのか?」

「海の真ん中で捨てますよ?」


 転移の魔法で二人が消える。

 残されたアヴラはガルフと向き合い、泣きそうな顔を見せた。


「あの、モモちゃんの容態は」

「心配いらんよ。峠は越えて、今は回復に向かっとる。もうすぐ意識も戻るじゃろう……ありがとう、アヴラ」


 今は敵同士といえど、元は同じく魔道を志す者。

 若人は年長の経験を尊敬し、老人は若い才能を認めていた。


「それならよかった……では」


 ホッと笑った顔は、年相応の少女のものだった。

 頭を下げたアヴラも消え、ガルフはおもむろに空を見上げた。


「さて、彼らの様子を見に行くか」


 しかし、途端に体の力が抜け、最強の賢者は杖を落とした。

 膝が土をえぐり、口から溢れた赤い血が焦げた大地を濡らす。


「ぬぅ……さ、さすがに無茶をしたかの。それに、もう若くはないか……」


 溢れそうになった弱音を、両の拳で握り潰す。

 脳裏に浮かんだのは愛する娘と、今は亡き友の顔だった。


「まだじゃ。まだこの命が尽きるときではない。あの子に、のちの世代に希望を遺さねば。こんな中途半端で倒れては……今度は儂がフラれてしまうわ」


 自分を笑い、杖を拾う。


 その後、音もなく雷迅の賢者はいなくなり、ガルフ平原は名実ともにただの平野となった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ