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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第四部ー章 大罪
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『封印』

 瞬きの前に見た景色が、目を開けると遥か後方で豆粒になっている。

 突風よりも凄まじいスピードで、烈風の賢者は空を駆けていた。ごうごう、と鈍い音を纏う傍らには、流れに逆らう昏い竜巻。魔族国家ナスミキラの風に囲われた、大罪人ナミラの身柄があった。


「こいつが……ねぇ」


 中の様子は伺えないが、今のところ不穏な気配はない。

 主人格であるナミラが、前世の暴走を必死で抑えているのだろう。土の賢者を倒した力を相手にするのは、たしかな実力と繊細な駆け引きが必要となる。

 空が暖色に染まるまでよく耐えているものだと、シン・ミナトは感心した。


「まぁ、この程度で音を上げられては困るがな。そんな根性なしでは、ジジイたちも浮かばれんだろう」


 今は亡き恩師にたしなめられ続けた悪態が、風の中でほくそ笑んだ。

 鬼ヶ島から流れ着いて十二年。

 地の賢者チャトラに拾われ、先代の風の賢者の弟子となった。だが、放浪癖のあった師はろくに弟子を育てようとせず、魔法の基礎はチャトラに習うことがほとんどだった。

 口を開けば出てくる皮肉や悪態を、毎度叱られた日々。しかし、態度とは裏腹にシンはチャトラへ父親のような感情を抱いていた。


 感謝と尊敬。

 その身に受けた巨大な恩。


 賢者を目指したきっかけは、彼への恩返しの心であった。


「おっ、見えてきた。どうだ? お前も見えるか?」


 身に触れる風が、黄泉の空気を孕んでいく。

 眠ったように沈黙していたナミラも、魂すら凍える冷気を感じ、目を開けた。

 乱れる黒い視界の中にあって、さらに黒々と塗りつぶされた点が、徐々に丸へと変わっていた。


「あれがあの世とこの世の境目。白地(はくち)の真裏、黒洞(こくどう)だ」


 聖地と崇められ、賢者会議の地となっている白地。

 その裏に当たる大地には、小国ほどの巨大な穴が空いている。いつから存在し、なぜ生まれたのか、どれほどの深さなのか。詳しいことはなにも分かっていない。

一切の草木は根付かず、妖精も生きることはできない。あらゆる命を拒み飲み込む大穴は、冥界への入り口と言われていた。


「あそこに俺を落とすのか?」

「おっ、喋れたか。近いが、間違いだ。おれはお前を救う側だと言っただろう? ほら、あの光を見ろ」


 黒洞の淵に、美しい白銀の魔力が煌めいていた。


「奴は先代氷の賢者、凍花(とうか)のバジラナの一番弟子。まだ二つ名はないが、新しく賢者となった男だ。数日いっしょにいたが、お前に義理を通すって言って聞かない。見た目より骨のある奴だ」


 ナミラの脳裏に、かつて戦った敵の姿が蘇る。

 皇帝カリギュリスと共に魔喰に取り込まれた男。バーサ帝国崩壊のきっかけを作り、モモが初めて超天魔法を放った相手でもあった。


「……なんだか、すごく昔のような気がする」


 前世の因縁に決着をつけ、命懸けの戦いを繰り広げた。

 なのに、浮かんだのは温かな記憶だった。


 胴上げをする北の砦の兵士たち。

 立場を越え、歓喜の声を上げる賢者と貴族。

 誇らしげに見つめる父。

 そして、苦楽を共にし互いを讃え合う友。


「いいタイミングだな」


 遠い日の声が、再び過去へ戻っていった。

 鬼人の瞳が、黒い風を越えて見つめている。


「……チャトラのジジイには、すでに恩は返した。だから、お前に恨みと言うほどの感情はない」


 鋭い視線とは裏腹に、そよ風のような声が囁かれた。 


「ガッ!?」


 次の瞬間、ナミラの体に激痛が走った。


「な、なぜ……そうか! あれは!」


 突如首飾りの力が増し、主人格が乗っ取られようとしている。

 その理由は、すでに目の前に広がっていた。


「『光浴び続け闇に至る! 力吸い続け高みに昇る! 命根絶の終末さえも! 一輪唯一の美が彩る! 我、絶望を知る者! 我、闇を見た者! 我、希望を知る者! 我、光に触れた者!』」


 穴を取り囲むように大地が凍りつき、氷の花が咲き乱れている。

 氷の最高位魔法で生まれた美しい景色は、若き賢者テオの手によってさらなる高みへ昇華しようとしていた。


「このぉ……させるかぁ!!」

「恨みはない。だがな、それでもだ」


 頭に広がるドス黒い感情が、ナミラの精神を一気に犯した。

 力を吸い取る魔喰の風を無理やり弾き飛ばし、弱りながらも逃げ出そうとする。


「怒りは感じてんだよ、クソガキが」


 しかし分厚い風の壁に阻まれ、後方へ吹き飛ばされた。

 黒洞の真上に到達した瞬間、全身の内と外から熱が消えた。


「『絶氷青薔薇ブルー・ローズ!』」


 すべてを飲み込む大穴に、巨大な氷の薔薇が咲いた。

 存在が確認されて以来、初めて塞がれたあの世の入り口は、極度の冷気に抱かれている。

 

 咲き誇る蒼き花の頂上には、天へと手を伸ばすナミラが、必死の形相で氷漬けにされていた。


「……ふぅ」


 魔法を放ったテオは、その場に尻もちをついた。


「よぉ。作戦どおりだな」


 ふわりと並び立ったシンが、満足そうに笑う。


「なにが作戦どおりですか! あの様子じゃ、詳しいこと伝えてなかったんでしょう? これじゃあ、僕が殺そうとしてるみたいじゃないですか!!」

「結果は同じなんだから、どっちでもいいだろ。それより、大丈夫なんだろうな?」

 

 放たれるクレームを聞き流し、先輩賢者は後輩へ厳しい目を向けた。


「えぇ、ガルフ様の言った通りです。この大穴には、魔法の力を《《減衰》》させる効力がある。僕が生きてるのが証拠です。超天魔法なんて撃ったら、魔力足りなくて死んじゃいますからね」

「どのくらい保つ?」

「こうしてる間も溶け始めてますから、長くても十年ほどですかね。本来なら永遠なのに」

「おれの見立てでは三年だ」

「……ソウデスカ」


 一方的な投げかけに、テオはこの人の耳に風が吹いているんじゃないかと、心の中で舌を出した。


「よし。おれはダーカメ連合のミドラーのところへ行く。お前はガルフに知らせろ」

「ナスミキラの四天王と、クインさんには?」

「そのへんの草にでも話しとけばいい」


 言い終わるや否や、烈風の賢者は空の彼方へと飛び去った。

 

 残されたテオはポーションを飲み、体力の回復を待ちながら自身の放った魔法を見上げた。

 師すら超えた、大いなる高み。

 後世に伝え、末代まで誇っても良い偉業。


 しかし、青薔薇の包む脅威が気の緩みを許さない。

 雲に触れる花びらの中で、復讐の光が瞬きを止めることはなかった。

最新話を読んでいただき、ありがとうございます。

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