『種は蒔かれた』
思惑通りの派手さで現れたクインは、周囲の視線を独り占めしていた。
舞い散る色とりどりの花びらは、地面に落ちかけるとフワリと浮きなおし、様々なポーズをキメる術者をしつこいくらいに盛り上げる。
「アタシ〜は〜美しい〜あなた〜も〜美しい〜」
「わあっ」
終わる気配のない自己紹介ソングを助長するのは、完璧な手拍子をはさむ魔王テラ。
その目は子ども楽団の催しを見つめるように輝き、顔をほころばせている。
「えぇい、やめろクイン!」
「もういい加減にしなさい!」
太く頑強な根に絡め取られた、激熱と聖母の賢者が吠える。
「えぇ! なによもぉ! これからダンスと語りも待ってるのにぃ!」
「「いらん!」」
仲間からのブーイングに膨れっ面を見せつつ、クインは指を鳴らした。
花びらたちが綿毛に変わり、風に乗って自由に空を飛んでいく。
「ありがとうねぇ。魔王テラ様と四天王のお二人で間違いないかしら? 改めて、私は草樹のクイン。お見知りおきを」
優雅にお辞儀をし、テラにウインクをするクイン。
背後に立つヴラドとマーラは警戒をしていたが、一向に感じぬ敵意に拍子抜けを覚えていた。
「うん、こっちこそよろしく! とってもキレイだったよ!」
「まあ! ヤダちょっと聞いた二人とも! なんて素直でカワイイんでしょ!」
「やかましい!」
「あなたはなにしに来たんですか! さっさと下ろすか、戦うかしなさい!」
小さな声で「うっさいわねぇ」とぼやき、クインは華麗に杖を振った。
身の丈ほどある他の二人のものと違い、短刀よりも短い杖は、まるで指先の延長のよう。
根が緩み、縛っていた仲間を解放した。
「さっ、あんたたち。一旦引くわよ」
「はあ!?」
素早いブーイングはアンネが発したものだった。
「来て早々になにを言ってやがりますか! 賢者が三人いて、おめおめと逃げ帰れと?」
「戦略的撤退ってやつよ。ゴンちゃんだって、これ以上はヤル気ないんでしょう? 村人もいるのに、命懸けで暴れるの?」
テーベ村からの視線を感じ、アンネは苦々しく顔を伏せた。
「そうさなぁ。これ以上の消耗は、大罪人の討伐なんて余裕がなくなる。本末転倒ってやつだ」
「分かっています! ……これ以上信仰を減らすのは得策ではありません」
激熱と聖母の賢者は空へ浮かび、テラたちを見下ろした。
「またなぁ、魔族共! 今度はバイダン以外も遊んでくれや!」
「……決着はつけますよ」
捨て台詞を吐き、二人の賢者は飛び去った。
「イヤねぇ〜。年取ると頑固になっちゃって。あ、今のアンネにはナイショよ?」
「で、貴様はなにしに来たのだ? 花園の賢者は、ナミラ様討伐派だと聞いていたが」
「そうねん。美しさを語るなら、まずは私を通してもらおうかしらん?」
険しい顔でにじり寄るヴラドとマーラだったが、テラが手を上げて制止した。
「あなた、嫌な感じしない……魔族とのハーフ?」
くるりと曲がる長いまつ毛が、フッと柔らかな視線を運んだ。
「……さすが魔王様。花の魔法で誤魔化してても気づくのね。そう、アタシは樹人と人間のハーフよ」
「そう。なら、こっちの仲間?」
「魔族と敵対するつもりはありません。でも、ナミラ・タキメノには適切な処置を施すつもりです」
改まって話すクインだったが、テラは不服そうに首をかしげる。
「どういうこと? いっしょにナミラを助けてくれないの?」
「うーん、そうねぇ。味方と言えば味方なんだけどぉ。やり方は嫌われそうっていうかぁ〜」
「ここからはワタクシめが」
腰をくねらすクインの足下から、小さな芽が生えた。
すると、みるみるうちに巨大化し四天王の一人ムクの姿へと成長した。
「ムクっ! そうか、超魔樹人ならこいつのことも知っているか」
「はい、ヴラド殿。クインとは、ワタクシが種子の頃からの付き合いでございます」
「……なら、もっと早く教えてほしかったねん?」
苦言を呈すマーラに、ムクは「言い訳はしません」と返した。
「ムッくんを責めないで。彼はとっても複雑な立場で、アタシの頼みを聞いてくれたの」
「頼み?」
訝しむ四天王と、読めない表情を浮かべる魔王。
ムクは頭上の葉を揺らし、話を始めた。
「ナミラ様を取り巻く状況は、決して良いとは言えません。このままナスミキラで匿うならば、教会や賢者を支持する国家との争いが始まる。戦火は広がり、多くの命が失われるでしょう。それこそ……ナミラ様の命が尽きるまで」
言い終わると同時に、ヴラドとマーラから抑えられない殺気が放たれた。
これほどの殺意を同胞へ向けるのは、二人にとっても初めてのことだった。
「貴様ぁ! それで此奴と手を組みナミラ様を売ったか!?」
「ムク……ここから先は慎重に言葉を選ぶことね」
クインが咄嗟に間に入るが、ムクは根の張った足を抜き、踏み出した。
「売ってなどいない! 誓ってナミラ様への恩と感謝を忘れたことなどない!! ワタシはナミラ様をお救いするため、ナスミキラのために策を練ったのだ! 魔王様、どうか話を聞いてください。その上であれば、どんな罰も受けましょう」
声を荒げる三人の魔族を、少女の魔王は微笑んで見つめた。
「うん、分かってるよ。戦いが起きれば、まっ先に被害に遭うのは草木や花だもんね。二人とも、ムクの気持ちも理解してあげて」
クインは目を見張った。
目の前の三人は、四天王の名に恥じぬ実力者。しかし、魔王はその遥か上をいく。
賢者を却く実力もさることながら、争い始めた配下を素早く跪かせたその器が、王としての偉大さを物語っていたのだ。
「じゃあムク、教えて? ナミラは今、《《どうなってるの》》?」
忠誠を誓う主の問いに、ムクはゆっくりと口を開いた。
「ナミラ様は今ナスミキラを離れました。そして……封印されております」
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