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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第四部ー章 大罪
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『白と黒と彩り』

「さぁ、白き清浄なる大地へ」


 アンネは自らの魔法に微笑んだ。

 最高位魔法である救主誕生(ツァーヴマ)は、白魔法が持つ浄化の力を極限まで高めたもの。あまりの波動に建築物などは瓦解するが、理性ある生き物は悪人を除き生き残る。しかしその心から邪を生む記憶は消え、皆が赤子のようになってしまう。この光を浴びた者が元の人格に戻ったという記録は、未だにない。

 そして白魔法を弱点とする魔族は、心はおろか肉体さえも消滅することが確認されている。


「テーベ村の勇気ある者たちよ。教会にて、今度は神の子として育ててあげましょう。ガイ、お前は再びわたくしの下に来るのですよ」


 高まる光が一帯を照らし、聖母の視界にはナスミキラの黒き大地すら見えなくなった。


「――――えっ?」


 しかし代わりに、蠢く闇が押し寄せる。


「きゃあ!」


 成す術なく呆然としていたマーラを、黒の波が包み込んだ。

 闇は背後に広がる魔族の国から襲来し、白の最高位魔法と拮抗を見せている。


「こ、これは」

 

 初めての感覚に戸惑いつつ、全身に触れる闇に害がないことを確認した。


「マーラ、大丈夫?」


 少女の声がした。

 自身が知るものよりも、少し大人びている。

 だが、分からないはずがない。

 彼女はマーラが命を分けた娘であり、忠誠を誓う主君であり、魔族を率いる王なのだから。


「魔王様!」

「このまま押し切る。掴まって」


 たどだどしかった言葉遣いに、強者の威厳が滲む。

 つい先ほどまで人族の三歳ほどだった見た目が、ナミラたちが初めてガルゥと戦った十歳の姿へと成長していた。


魔王竜爆波(ドラコー・フラゴル)!」


 かつて魔王ルクスディアも放った、複眼を持つ闇の竜。

 魔王の怒りを体現した巨大なドラゴンは、先代とテラの決定的な違いを物語っていた。


「くっ……馬鹿な!」


 荒れ狂う黒竜を光の巨人が迎え撃つ。

 ぶつかり合う闇と光の中で、魔王と聖母の視線が交わった。


「あれが魔王……」

「お前か。みんなをいじめたの」


 たった数秒が、アンネには一昼夜にも感じた。

 自らに向けられた怒りと眼光に込められた殺意。

 それらが思考を奪い、肉体を硬直させ、呼吸すら躊躇わせた。


「こ、この糞餓鬼があああああああああああああ!」

「だいきらい」


 巨人の光は押し切られ、術者の眼前にまで漆黒の牙が迫る。


「はあああああああああああああああああああああっ!」


 だが偉大なる抱擁が巨竜を締め上げる。

 その体に牙が食い込み、やがてどちらも風船のように破裂し、消滅した。


「……なんてこった。あれを見て、まだ酒の味を覚えてやがるとは」


 舞い散る銀色の残滓を見上げながら、ガイがぽつりと呟いた。

 

「だけど」

「うむ、悔しいであーるな。我々は……また子供に助けられるのか」


 歯を食いしばり、握った拳を今にも自分に振るいそうなゴーシュとブルボノ。

 溢れ出る感情はテーベ村の住人に伝播し、全員がなにも言えず、手の届かない戦場を見つめた。


「まさか、目覚めたばかりの魔王がここまで」


 大地に降り立ち、アンネとテラは向かい合った。

 白魔法の賢者として、アンネはまだナミラ討伐にあたるだけの余力を残している。しかしそれでも、魔王の力は彼女の予想を超えていた。年端もいかない少女の冷たくも焦げ付くような視線が、聖母に危機感を抱かせる。


「魔王様。申し訳ございません」


 背後に控えるマーラが、弱々しく頭を下げる。


「謝ることないよ。マーラたちは本当に頑張ってくれたから」

「ですが……ヴラドが」


 言葉に詰まるサキュバス・クイーンの視線の先には、変わり果てた吸血鬼王。

 すべてが積み上がったとしても少なく思える灰の山が、静かに鎮座していた。


「魔王テラ。わたくしは聖母の賢者アンネ・ルーモス。この度は」

「黙って」


 テラは世界中が拝聴を待つアンネの言葉を遮り、一瞥もしないまま配下の亡骸に手をかざした。

 すると魔王の刻印が浮かび上がり、熱く輝きを放ち始めた


「起きて、ヴラド」


 次の瞬間。

 灰が渦巻き黒く染まり、瞬く間に吸血鬼の肉体を創り出していく。

 やがて息遣いと鼓動が聞こえ、忠誠を誓う夜の王が復活を果たした。


「ヴラドっ!」

「い、いったいこれは……吾輩は死んだはずでは」


 喜び飛び跳ねるマーラを尻目に、困惑する張本人。

 しかし、目の前の少女が主君だと気づくや否やすべてを悟り、膝をついた。


「魔王様! 此度の敗北、申し訳ございません! この全盛たる魔族の時代に、四天王筆頭としてあるまじき失態でございます!」

「いいんだよ。ヴラドはよくやってくれた」


 下げたままの頭が、柔らかく包まれた。

 優しく抱きしめられた老紳士が、微笑む少女に髪を撫でられている。


「わたしが転んだり、ごはんをこぼしたときさ。いつも言ってくれるじゃん。諦めず、またチャレンジすればいいって。ヴラドだってそうなんだよ? 一回負けたくらい、どうってことないよ。だって、ナスミキラの四天王筆頭はヴラドしかいないんだから」


 声を殺した吸血鬼が大粒の涙を流す。

 新しい肉体に、膨大な感謝と忠誠心がとめどなく満ちていった。


「ありがとう……ございます」


 やっと言葉を口にしたが、一言が精いっぱいだった。


「うん、いい子いい子。まだその体に慣れないだろうから、マーラといっしょに下がってて。あとは、わたしがなんとかする。バイダンは」

「お届け物だぜ~」

 

 野太い声と共に、テラの頭上に影が広がった。

 意識を失ったデス・トロールの巨体が二人を押しつぶそうとするが、優しい魔力がバイダンを包み、ゆっくりと地面へ下した。


「バイダンもよくがんばったね」

「ゴンザレス! やっと来ましたか!」


 顔についた土を払ってやる魔王と、並び立つ仲間に吠える聖母。

 なにも知らぬ異世界の者が見れば、肩書きが逆だと思うかもしれない。


「あれが魔王か。見た目はただの嬢ちゃんだが……なるほど。こりゃあ、とんでもねぇ化け物だ」

「えぇ、そうです。ほらっ、祝福を分けて差し上げます。これでまた最高位魔法が撃てるでしょう」


 手をかざしたアンネから、信仰を糧とする魔力がゴンザレスへ流れ込む。


「おぉ、ありがてぇ!」

「わたくしが時間を稼ぎますから、その隙に最高位魔法を。続いてわたくしも放ちます。そしてそのまま超て」

「いや、ワシはもう戦わん」


 訪れた沈黙。

 しかし、聖母の金切り声がその空気を裂いた。


「なぁにを言ってやがりますか! 賢者の中でも戦闘狂のあなたが! ほらっ、魔王ですよ!? 血沸き肉躍るとかないんですか? その筋肉は飾りですか!」

「そんなこと言われても、ワシはバイダンに負けちまったからなぁ。この雀が鳴いてる空がなによりの証拠だ。溶岩の最高位魔法をたった一人に防がれちゃあ、賢者一の武闘派が泣くぜ」


 足下に杖を置き両手を上げて、ゴンザレスは降参のポーズを取った。


「いい四天王だな、魔王の嬢ちゃん。そいつが起きたら、また遊ぼうぜって言っといてくれや」

「うん。わかった」

「なにを呑気に……このまま終われるわけが……こうなったら、わたくしだけでも」


 ワナワナと震えるアンネを、テラが鋭い目で見つめた。


「ハイハイハイハイ! そこまでよぉぉぉぉぉ!」


 突如響いたテンションの高い声と、辺りに広がる甘ったるい花の香り。

 同時に『冥樹(デス・ツリー)』の魔法がアンネとゴンザレスを絡めとり、身動きを封じた。


「なっ!」

「あいつか……」

「そうよぉ! 私が草樹の賢者にして、世界を彩る美しき花!」

 

 本来、冥樹には咲かないはずの色とりどりの花が咲き乱れ、舞い降りる色黒の男を飾った。


「花園のクイン・マーガレットよぉぉぉぉ!」


 長い手足と柔軟性を活かした、バレエを思わせる決めポーズ。

 仲間である二人は呆れ顔で見つめ、ヴラドとマーラは呆気にとられた。


 だが魔王テラだけは目を輝かせ、元気のいい拍手で迎えていた。


最新話を読んでいただき、ありがとうございます。

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