『聖母VS夜の王』
拡散する白き光が朝日を、飛び散る火花が鮮血を思わせる。
テーベ村に続く街道では、白魔法における最高権威の女と魔王軍筆頭の男が攻防を繰り広げていた。
「ふんっ!」
血を媒介にした無数の杭が、聖母と謳われるアンネ・ルーモスを囲んだ。
すかさず握られたヴラドの拳に合わせ、獲物に襲いかかる。
「甘い」
しかし、神々しい光がすべてをかき消した。
肌に触れる温度は人族には温かいが、吸血鬼には身を焼く熱線と変わらない。
防御に使われた光の余波が、ヴラドの髪を焦がした。
「あらあら、この程度ですか? 魔王軍四天王筆頭とは」
晴れた光の中から、嘲笑を浮かべる聖母が顔を出した。
「おやおや、せっかちはいかんぞ? 若作りがバレてしまうからなぁ」
だが返された煽りに耐えられず、額に血管を浮き上がらせた。
アンネは回復魔法を常にかけ続けることにより、肉体年齢を五〇以上若く見せている。人々からは奇跡の美しさともてはやされるが、同時に触れてはならぬ逆鱗でもあった。
「減らず口をっ!」
崩れかけた笑顔のまま、杖に魔力が込められた。
八つの光球が現れ、ヴラドに迫る。
「おっと」
翼に変えたマントを羽ばたかせ、黒い影が空を舞う。
慈悲のない聖母の攻撃は、正確無比に後を追った。
「さて、どうするか……本気で来られると、さすがに一筋縄ではいかぬな」
眷属であるコウモリの魔物を召喚し、攻撃をかいくぐってアンネを狙う。
しかし、再び発せられた光の前に、成す術なく灰と化した。
「元々天敵である白魔法の賢者。それに加えて今は昼だ。相性も環境も悪い」
白く鋭い牙が、への字に曲げた口元から顔を出した。
「このまま夜まで時間を稼ぐか? 瘴石の加護がある今、私が耐久勝負で負けるはずはないが……」
思案を巡らせる吸血鬼を睨みながら、アンネもまた現状を分析していた。
「ええい、ちょこまかと。あまり強力な魔法は、ナミラ・タキメノの討伐に支障が出る。いや……あの糞ジジイは生かしておけない!」
ヴラドの杭と光球が衝突し、バラバラと魔力の欠片が舞い落ちる。
美しくも禍々しい情景を介し、視線を交わした二人は同時に言葉を発した。
「最高位魔法は撃たせない!」
「最高位魔法でトドメを!」
次の瞬間、世界が赤黒く染まった。
森の空に現れた、巨大な腕の魔力によって。
「あれはゴンザレスの最高位魔法! ふふふっ、どうやら、わたくしたちの勝ちのようですね」
勝ち誇った笑みを、吹き出した汗が彩った。
存在するだけで放出する熱波が、炎天下の砂漠を超える暑さを生んでいた。
「なにを言う」
幾度となく危機を潜り抜けた村人たちでさえ、溶岩の最高位魔法に恐怖を抱いた。
しかし、ヴラドは不敵に笑っていた。
「あまり四天王を舐めてもらっては困るな」
続いて生じた光が、届く限りの世界を照らしていく。
人も、動物も、小さな虫の一匹でさえ。
大事に包み込むように、濃緑の力は包んだ。
「この力は!?」
「四天王バイダンが誇るのは守りの力。強くなければ守れないという、魔族が死ぬほど学んだ世の摂理。多くが無力を嘆き他者を恨む中、あいつだけは慈しみを忘れなかった。矛盾する二つの心を持ち続け、今日まで繋げてきた……弱いわけがなかろうよ。相手が生来の強者であればあるほど、バイダンの力は増すのだ」
天より森羅万象を叩き潰し、溶かそうとする拳。
地より脅威を取り除き、守ろうとする掌。
強烈な二色の光が、ついにぶつかる。
アンネは咄嗟に防御を固めたが、ヴラドは信頼の眼差しを向けた。テーベ村の上空で守護を続けるマーラも、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「そんな……馬鹿な」
聖母の賢者は、目を見開いて唖然とした。
溶岩の最高位魔法がもたらすはずの、すべてを溶かす問答無用の熱。それが微塵も感じられないどころか、汗ばんだ肌に心地の良いそよ風が流れている。足下に広がる麦畑では、一匹のあおむしが卵からかえるところだった。
「驚いただろう? だが、賢者なら喜ぶべきなのじゃないかね? 未知なる体験ができたのだから」
耳元の囁きに、アンネは全身で嫌悪した。
杖を振るい、不快感の塊を消し去ろうとする。
しかし、腕が動かない。
それどころか魔力も込められず、全身の自由が利かなかった。
「こ、これは」
「少し時間があったのでね。全力を出させてもらった」
紅い鎖が体中に巻き付き、聖なる杖も封じている。
「対象の自由と力を奪う我が最強の捕縛術、│封血鋼鎖。これでお前は寝所の乙女と変わらぬ、か弱き存在よ」
細く長い青白い指が、アンネの髪を怪しく撫でる。
冷たい吐息が首筋に触れ、聖母の体に鳥肌が立った。
「やめなさい、汚らわしい! 洗礼を受けしこの体は、貴様ごときが触れて良いものでは」
叫びながら、アンネはハッとした。
本来、教会の加護を受けた彼女に吸血鬼が触れられるはずがない。なのに、夜の王は悪戯に肉体を撫でまわしている。
「お前たちが知っているのは、全盛期よりも遥かに弱い魔族だ。そんな相手を想定した加護など、今の我らに意味はない。我ら尽く、現代こそが最も強く優れた存在と知れ」
締め上げる鎖の力が強まり、アンネは短い悲鳴を上げた。
「お前にピッタリの技を用意した、心置きなく果てるがよい」
頑強な杭を生やした血溜まりの紅が、アンネの周囲に満ちていく。
四方八方から、身動きの取れない獲物に殺意が向けられた。彼女からは見えないが、頭上では少女を模した面が不気味に笑っている。
「その清廉な体で楽しんでもよかったが……」
正面に回ったヴラドは、堪えきれずに吹き出した。
「申し訳ないが、年齢詐称の年増女は嫌いなのでね」
その瞬間、なにかが切れる音がしたという。
「てめえええええええええええええええええええふざけんじゃねぇぞ糞がああああああああああああああああダサ髭ええええええええええええええ聖母舐めるなああああああああああああああ!!」
「鮮血少女の死抱擁」
おどろおどろしい腕が閉じ、聖母は無慈悲な少女に抱きしめられた。
空に浮かんだ血の塊から、まだ温かい流血が滴り始めた。
新年明けましておめでとうございますm(_ _)m
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