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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第四部ー章 大罪
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『激熱の賢者VS四天王バイダン2』

 激熱の魔力が、煌々と輝きを増していく。

 もはや見つめ続けることすら困難な熱源の中で、静かに呪文が紡がれた。


「『始まりと終わりの主人 唯一無二たる平等 無垢なる魔人の食する世界 力の権化の児戯と義務 御手とは名ばかりの剛腕よ 握り潰し叩き潰し 溶かし滅ぼせ 滅腕(エンド・オブ)覚醒・ラヴァー』」


 それは腕と呼ぶにはあまりにも大きく、あまりにも熱すぎた。

 誰しもに差し伸べられそうだが、目にする前に焼かれるだろう。

 山すら抱きしめられそうだが、触れる前に溶けるだろう。

 空に浮かんだ一対の巨腕が発する熱で、今も森が燃え始めている。動物たちが逃げ惑い、草花が悲しき灰へと変わり果てていった。


「や、やめろおおおお!」


 バイダンは自身のすべてで、眼前に迫る危機を察した。

 この魔法が地上に触れれば、それだけで生き物が住めない土地が出来上がる。

 そして、万物を溶かし尽くす異常な熱は森だけに留まらず、テーベ村にまで達することは明白だった。


「おいおい、やめろはねぇだろ。久しぶりなんだぜ? 一人相手に最高位魔法を使うなんてよ。どうだ? すげぇだろ! こんなすげぇ力を見たら、腹の底からワクワクしねぇか?」

「す、するもんかよ! こんな魔法、どれだけの被害が出るか」

「そうだなぁ。ま、少なくとも魔族の国は大丈夫なんだろ? じゃあいいじゃねぇか。あのサキュバスの四天王がいれば、村の連中も何人かは生き残るだろうし」

「なっ……お前、賢者だろ!」

「おうよ。だが、あの村は賢者に背いたからなぁ。それに、お前との戦いを楽しみながら、ナミラってガキもあぶり出せるんだ。賢い手だろ?」


 浮かんだ笑みに、バイダンは身震いした。

 同時にナスミキラに来る前の記憶が、頭の中を駆け巡る。


 西の森に隠れて生きてきた幼少時代。

 力を失った同族は肉食の獣にすら敵わず、目の前で両親が成す術なく狩られる様を目撃した。他種族に見つかれば、大昔のイメージのせいで討伐だと追い回された。

 毎日を怯えて暮らし、気づけば森の奥で一人きり。

 毎晩夢に現れるのは、慈悲もなく暴力を振るう圧倒的強者。

 ゴンザレスの笑みは、まさにそんな者たちと同じだった。


「そう……だ……バイダンは……」


 自らのルーツを思い出し、下がりかけた足を踏ん張る。

 死を待つだけだったある日、蘇ったトロールの力。

 テレパシーで聞いたナミラと魔族の復興の話に、居ても立っても居られず住み慣れた森を飛び出した。突き進む足を誰も止められず、投げられる石や突き立てられる刃も痛くはなかった。

 

 北の大地へ辿り着き、他の魔族と初めて出会った。テーベ村で人族にも善人がいることを知った。しかし、彼の話し方は自身を襲った略奪者を真似ていた。

 刺々しく野蛮な言葉は、心の奥に刻まれた傷。自身を少しでも大きく強く見せようとした、無意識の防衛本能だった。

 だが、多くの魔族がバイダンを四天王へ推した。老若男女問わず、その理由を口をそろえて述べる。


『誰よりも優しい心を持っているから』と。


「バイダンは……負けない!」


 放出された濃緑の光が、一直線に天へと伸びる。

 現在の魔族たちには、瘴石によるエネルギー供給が常に行われている。それにより、基礎能力上昇の恩恵を与えていた。

 さらに、当代魔王テラが同族へ刻んだ刻印は栄光への導き(テラリウム)

 エルフにも劣らない寿命や能力アップはもちろんのこと、戦闘に関しては稀有な現象を起こしていた。

 

 それは、感情による作用。

 昂った想いが強ければ強いほど、魔族の力は覚醒を果たしていく。

 四天王であるバイダンのそれは、他の魔族よりも遥かに強力なものとなっていた。


慈悲深き(デス・トロール)蹂躙・ポテスタース《デス・トロール・ポテスタース》!」


 でっぷりと蓄えた脂肪は漲る力へ返還され、細身のトロールが現れた。

 しかし、そんな見た目の変化すら霞むほど、彼を包むエネルギーは凄まじい。

 禍々しくも温かく、荒々しくも穏やかで。

 凝縮された力が、バイダンというトロールを体現していた。


「おぉ……すげぇ」


 あらゆる戦場を見てきた賢者が、感嘆の言葉を漏らす。


「九大賢者の一人。激熱の賢者ゴンザレス・ガン・ドロー。貴殿に敬意を。死ぬほど楽しもうや!」

「ナスミキラ四天王の一人。暴食の魔族トロールの長、デス・トロールのバイダン。絶対に……負けない!!」


 天から振るわれる、すべてを溶かす激熱の巨腕。

 大地から噴き上がる、すべてを飲み込む巨大な波動。


 激突した両者を、森の生き物たちは静かに見つめていた。


――――


「……マジかよ」


 地上へ降りたゴンザレスは、頭を掻いて呟いた。

 足下には、元の巨体に戻ったバイダンが虫の息で倒れている。


「溶岩の最高位魔法は、文字通り一帯をすべて溶かしちまう魔法だ。若い頃に溶かした戦場は、今でも生物を寄せ付けねぇってのに」


 深いため息をつき、周囲を眺める。


「お前さん、ぜんぶ平らげたってのかい?」


 燃え盛っていた火も消し去り、風に揺れる穏やかな枝葉。

 バイダンを心配した動物たちが駆け寄ってくるが、どの個体も元気そのものだ。


「傍から見れば、立ってるワシの勝ち。なんなら、低級魔法一発で息の根を止められる。しかし……」


 自身の言葉に項垂れ、ゴンザレスは倒れるように座り込んだ。


「ワシの完敗だろう、こりゃあ! こっちはぶっ殺すつもりだったのに、一切合切守られちまったんだ! 最高位魔法が消えちまえば、超天魔法も試せねぇし」


 愉快愉快! と笑い始めた男の声に、驚いた小動物たちが逃げ出した。


「デス・トロールのバイダン! お前さんは、この激熱の賢者に負けを認めさせた二人目の男だ! その名は責任を以って、世界中に広めてやるからよ!」

 

 膝を叩き、笑い続けるゴンザレス。

 おもむろにポーションと酒瓶を取り出すと、新たな戦友の口に注いでやった。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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