『子ども楽団』
ダンたちの乱入後、勉強会は全員入り混じっての追いかけっことなった。
涼しい風が夕方を知らせる頃。ナミラたちはびっしょりの汗を乾かしてもらおうと、手を広げて寝ころび、風を浴びていた。
「あー疲れた」
「ダンちゃんは自業自得でしょ」
「全身が痛い……」
小さな子どもは心地よい疲労感と睡魔に襲われ、保護者役の子たちと共に家路についていた。
残っているのは十歳以上の男女で、二十人ほどいる。
「ほっ!」
アニが起き上がり、寝そべる仲間たちを見下ろし手を叩いた。
「さぁ、みんな! そろそろ時間よ? 準備、準備!」
元気のいい声に、子どもたちは「はーい!」と威勢よく返した。
「よっこいしょ」
「っいしょ」
「どっこいせえ!」
「やめてよ、親父臭い!」
対して、ナミラたちはしぶしぶ立ち上がり、それぞれ億劫な声を出した。
アニの悲鳴に三人は満足そうに笑った。
「さ・て・と!」
腰を回して伸びをして、ナミラが拳を突き上げた。
「みんな、仕事だー!」
「おぉー!」
そして、ナミラたちは揃ってアニの酒場へ向かった。
日が沈み、店から出てきた彼らは、子どもに似つかわしくないプロの目をしていた。
テーベ村の広場には、十五メートルほどの彫像が建っている。
バーサ帝国との停戦協定の際に、双方の国境の村に友好の証として建てられたもので、手を差し伸べる女神シュワを模している。その手は北方を向いており、帝国側の像と手を取るように計算の上で配置されていた。
女神像は村のシンボルとしての役割も担っており、テーベ村の発展はこの像をネタにした観光から始まった。そのため、アニの酒場をはじめ多くの店が周辺にあり、夜になれば酔っ払った大人たちで賑わいを見せている。
ピュイイイイ。
ガヤガヤとした空気を裂くように、高い笛の音が鳴り響く。
「な、なんだ?」
初めて立ち寄った冒険者や商人は、恐れをにじませて空を見た。
しかし、村人や常連の連中は「始まったか!」と期待に溢れた顔をしていた。
「そおれっ!」
かけ声と共に、人ごみの中に子どもたちが現れた。
大人はどこから現れたかと驚くが、普段かくれんぼで遊んでいる彼らは秘密の隠れ場所をいくつも持っている。
皆、笑いながら笛や太鼓を鳴らし、広場を歩き始めた。
小気味よく、陽気な音色は酒の回った大人たちにはちょうどいい娯楽だった。エルフやドワーフなど様々な仮装をした子どもたちの姿も、故郷に家族を残した寂しさを持つ者には癒しとなった。
子どもたちはフラフラと練り歩いたかと思うと、いつの間にか像を囲むように立っていた。そのうち演奏を止め、女神を背にして座った。
「ホッホホウ! テーベ村の夜をお楽しみの皆様!」
男の陽気でよく通る声が頭上で響いた。
否、厳密には村人たちの頭上でなく。
男は女神の頭の上に立ってた。
先ほどまでいなかったはずの男の登場に、群衆の視線は釘付けになった。
「今宵もやって参りました! テーベ村の新たな名物『こども楽団』でございます。いつもの皆さんはこんばんは。初めての方は、どうもはじめましてぇ! ワタクシ、道化師のデルと申します」
深々と頭を下げたデルは、奇妙な仮面を被り派手な黄色い衣装に身を包んでいた。
幼い頃の彼からは想像もできない高いテンションと堂々とした口調で、周囲の視線を集めている。すべて、ナミラから教わったポルンの所作だ。
「大人になった皆様に、今宵は童心に帰れる特別な夜をお届けします。すべてが輝き、世界が驚きに満ちていた、ワタクシたちと同じ子どもの頃に戻りましょう!」
そう言うと、デルは女神像の上から足を踏み出した。
「うわっ!」
「きゃあ!」
初めての展開に、見慣れているはずの村人たちも悲鳴を上げた。
しかし、デルは落ちることなく歩き続け、口上を述べる。
「不思議ですねぇ。この世は不思議に満ちています。まだ見ぬ不思議に胸を躍らせていたあの頃を、皆さんは覚えていますか?」
そのとき、デルの体が風に煽られた。
耐える動きを見せたのも束の間、デルは倒れ今度こそ地面に激突すると誰もが思った。
しかし、落下の途中で体が跳ねた。デルの体は、そのまま空中を縦横無尽に跳ね続けた。
「どうなってるんだ?」
飛行魔法ではありえない挙動に、若い冒険者が呟いた。
実は、夜空に溶け込むように黒く染めた糸を辺りに張り巡らせ、デルはその上に落ちていた。ただの糸ではなく、ポルンの知識を使ったナミラが、大蜘蛛の魔物であるアラゴグの糸を加工した特別性の糸だ。
もちろん、デル自身の努力も並大抵のものではない。
しかし、宙を跳ねる道化師はそんなことを微塵も感じさせず、陽気に語り続けている。
「物語を信じ、大人に憧れ、まだ見ぬ世界を誰しも夢見る! 今宵、ワタクシたちがそんな夢を御覧に入れましょう」
だんだんと下に降りてきたデルは、優雅に着地すると仰々しくお辞儀をした。
「うおおおおおお!」
一瞬の静寂のあと、群衆の中から雄叫びが上がった。
数人の悲鳴が続き皆がそちらを見ると、オークの仮面を被ったダンが棍棒を振りかざして歩いてきていた。
「まずは老若男女の憧れ! 勇者の闘いでございます!」
高らかに声を上げたデルは、いつの間にかマントを翻し、どこからか出した模造刀を握っていた。
そしてダンの元へ走り寄り、互いに武器を構えた。
「があああああ!」
オークに扮したダンが、容赦なく棍棒を振るう。
しかしデルはひらりと躱し、反撃に転ずる。
今度はダンが避け、反撃をする。
二人は像の周りをぐるぐる移動し、ときにはピンチになったりと笑いを混ぜて剣劇を披露した。そのうち子どもたちの演奏も加わり、一種の喜劇のようになっていった。
だが、だんだんと曲のテンポが速くなる。
奏でる子どもたちも必死になるほど激しく、笛太鼓の音色が走る。そして、それに合わせて二人の闘いも速さを増す。もちろん、ダンは力を緩めたりしない。振り回される棍棒は、当たれば大怪我、最悪の場合死に至るだろう。
しかし、当たらない。
勇者に扮したデルは、すべて紙一重で躱していく。
それは猛特訓と互いの信頼が成す神業だった。
避け続けるデルに、周囲から歓声が上がった。
やがて勇者が剣を突きつけ、オークが降参したところで演奏も終わり、大きな拍手が巻き起こった。
二人はお辞儀をし、汗だくのまま笑い合った。
「お次は美しい花の化身をお呼びしましょう!」
ひとしきり歓声を受けたあと、デルの声に合わせてまた演奏が始まった。