『激熱の賢者VS四天王バイダン』
「がはははは!」
物言わぬ木々を熱風が吹き抜け、動物たちが逃げ惑う。
触れれば大地をも溶かす溶岩魔法が、森の空を駆けていた。
「そらそらそらぁ! まだまだいくぞぉ!」
激熱の賢者ゴンザレス。
賢者の一人として、世界に名を轟かす熱き男。だが、他の賢者が魔法の研究や世界の謎を解き明かすことに注力する中、彼だけは異質であった。
強者を求めて東西南北を走り回り、己の力を高めることのみを追い求めた。彼の弟子もそんな強さに惹かれた者たちであり、賢者の中でも自他共に認める武闘派が溶岩の魔法使いたちである。
「ヌオオオオオン!」
そんな男へ雄叫びを上げるのは、四天王の一人バイダン。
どこまても追い、絶え間なく降り注ぐ激熱の魔法を、目にも止まらぬ拳打の盾で叩き落としていく。
「どうしたおい? 四天王ってのは、馬鹿みてぇに防ぐだけが取り柄なのか? そら、これはどうする?」
ゴンザレスは不敵に笑うと魔力で杖を浮かせ、両腕を広げた。
直後、正面から降り注いでいた溶岩の拳が二手に分かれ、バイダンの背後を狙う。
「ヌウウウウウン!」
熱の塊が触れる直前、巨体の魔族が独楽のように回転し、迫る魔法を弾いた。
「がっはっはっは! やるじゃねぇか!」
操っていた百の腕がすべて消えたにもかかわらず、ゴンザレスは腹の底から笑った。
「お前もな! でもよ、バイダンは負けねぇ」
両の手から焦げ臭い煙が立ち昇る。
しかし、睨みつけるバイダンからは少しのダメージも感じられなかった。
「……西端の部族に伝わる壁画で見たことあるな。異常な再生能力と膂力のトロール。昔はそいつを討伐できりゃあ、英雄と崇められたとかなんとか。その部族の戦士は微妙だったから信じちゃいなかったが、お前さん見てると本当じゃねぇかとワクワクするねぇ」
空から見下ろし、堪えきれない笑みをこぼす。
賢者とは名ばかりの戦闘狂は、初めて見る強者に好奇心を抑えられずにいた。
「うるせぇ。よくもテーベ村の連中をいじめてくれたな。ガイさんの酒は美味いんだ。ゴーシュは歌が上手くて、ブルボノはいい奴。村の子どもたちは、みんないい子で大人も優しい。あんな人間たち、初めてだ」
言葉を紡ぐうちに、グツグツと怒りが込み上げる。
「だからお前は絶対に許さん! 倒してやるぞクソったれぇ!」
「そうこなくっちゃなぁ! 来い、デカブツ!」
ゴンザレスはさらに上昇し、杖を握って呪文を唱えようとした。
「『灼熱のごっ!?』」
しかし、岩のような拳が叩き込まれ、驚愕が頭の中を支配した。
(馬鹿な、跳躍だけでこの高さまで!?)
「バイダンには、百発殴るのに魔法はいらない」
荒く生暖かい鼻息が、ゴンザレスの髪を撫でる。
「ただ全力で殴ればいいから!」
幼い時分に自ら戦地へ赴き、齢五〇の人生のほとんどを戦いに捧げた賢者。
攻撃こそ最大の防御を信条とする男が、生まれて初めて守りに全力を注いだ。
「おいおいおいおいマジかよ!」
辛うじて口ずさんでいた呪文のおかげで、寸前で発動した詠唱障壁。
未だかつてないほどの魔力を注ぐ紅い壁が、ゴンザレス唯一の生命線。だが、目の前の堅牢な光には徐々にヒビが入り始めていた。
「ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」
シンプルで純粋、しかし圧倒的な暴力。
一つの魔道を納めた賢者が、生物の根源とも言える強さを身に受け、大地へと堕とされた。
「ここは昔、ナミラ様も戦った場所……さらに深い穴を作ってしまった」
勝利を感じ、周囲を見渡していたバイダンだったが、咄嗟に顔をしかめて身構えた。
敵の姿が見えなくなってから、ほんの数秒。
にもかかわらず、地表は溶け出し泡立ち始めていた。
「がっはっはっは! いやぁ、まさか素手でワシの詠唱障壁砕く奴がいるとは! やはり世界は面白い!」
落下時の土煙は晴れたが、凄まじい熱波がジリジリと眼球を炙り、バイダンの視界を狭くする。
「まだ、やれるのか」
「おうよ。しかしアレだな、お前は圧倒的に戦闘経験が足りねぇ。あの程度で勝ちを確信するなんて甘過ぎる。四天王がそれじゃあ、他の魔族も似たようなもん……いや、あの吸血鬼は違うんだろうが」
落ちた穴からゆっくりと、激熱の賢者が浮かび上がる。
赤黒く滾る魔力が、流れる血をも蒸発させた。
「溶岩魔法はよ、他と違って上級からしか魔法が存在しねぇ。土と火を高レベルで扱う必要があるからなんだが、代わりに魔力だけでこの通りよ」
好戦的な笑みは獣たちの本能を震えさせ、一目散の逃走を強いた。
しかし、対峙するトロールだけは牙を剥き、一歩も引かずに睨みつけた。
「なら、もっと殴るだけだ!」
蹴り上げた大量の土が弧を描き、鈍重な体が一瞬で距離を詰める。
突き出された剛拳はゴンザレスの視界を遮ったが、覆う魔力が肌に触れることを許さなかった。
「……お前さん、変わってるなぁ。トロールとは思えねぇパワーとスピードもそうだが、なんか不自然だ。その言葉遣いとか」
「う、うるさい!」
黙らせようと繰り出す連打も意味を成さず、ただ熱風だけが森に吹いた。
「あー、なるほど。怖いんだな、お前。このワシが……いや、人間や他の種族が。そりゃあそうだよなぁ~。最近まで迫害されてたんだ。いくら四天王でも、トラウマにもなるだろうよ」
「だまれぇ!」
力を込めた渾身の一撃。
しかし増大した魔力に弾き飛ばされ、攻撃は空を切った
「うわあ!」
「でもよ、今はそんなに強いんだ。お前にも分かるだろう? 力を使う喜びが、強くなっていく快感が。だから……見せてやる。絶対的な力ってやつをな」
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