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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第四部ー章 大罪
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『大人たち』

 肉と土が焼け、溶けていく臭いが鼻をつく。

 大地を照らす陽光を遥かに超える熱気が、辺りに充満している。


「くっ……」

「まだ、まだ……」


 武器を持った男たちは、その多くが倒れ血を流している。

 しかし、未だ気力の滾る数人は決して膝をつこうとしない。


突撃高貴剣アタッコ・ツッカーノ!」


 そのうちの一人、ブルボノ・ツッカーノが敵の一人に剣を突き立てる。

 

「うおおおおおっ!」

 

 続いて雄たけびを上げるゴーシュが、大剣を振り下ろした。

 見事な連携と練度の上がった攻撃。

 大貴族と三英雄の名に恥じぬ実力だったが、その刃は赤黒い魔力に防がれてしまった。


「うむ、貴様らは特に骨があるな。だが、ワシの詠唱障壁を崩すにはちぃと足らんな!」


 豪快に笑う敵は溶岩の賢者、激熱のゴンザレス。

 決死の表情を浮かべる二人を尻目に魔力を高める。


溶岩の百魔手ハンドレッド・マグマ・ハンド!』


 現れた百の腕。

 触れるものを溶かす激熱の拳が、四方八方に飛んだ。


「ぐあっ!」

「なんのであーる!」

 

 ゴーシュとブルボノは間一髪で致命傷を防いだが、間合いの外まで追いやられてしまった。

 そして二人とも、さらに広がったテーベ村の被害に怒りを感じた。


「がっはっはっは、やるなお前ら! ここまでワシの前に立っておるの輩は久しぶりだ! 滾るのぉ~!」

「くそ……仮にも賢者だろうが」

「その通り、だからここへ参った。いや、正確にはこの先に用があるのだがな。なぁおい、そっちはどうだ?」

「問題ありません」


 暑苦しいゴンザレスの背後で、涼し気な声が聞こえた。

 目を閉じれば慈愛に満ち、優しさに溢れた聖母にも聞こえる。だが実際には、血を流すガイと対峙し冷たい眼差しを向けるアンネの姿があった。


「アンネ……様。きょ、教会の頭がこんなところに来るなんてな。やっと俺の酒を飲んでくれる気になったんですかい?」

「口の利き方が乱れたままですね、ガイ。お前も父親なのでしょう? 久しぶりに会った師への礼儀くらい、ちゃんとしたらどうですか?」


 短いため息は、明らかな侮蔑が込められていた。

 しかし、ふと瞳に柔らかな光が宿る。


「ですが……わたくしも最後の慈悲は持ち合わせています。ガイ、過ぎし日の貴方は優秀で敬虔な信徒でした。酒に溺れて堕落してもなお、盗賊相手に勇敢に戦いわたくしにも立ち向かう勇気を持っている。今一度申しましょう、教会に戻りなさい」


 棍棒に体を預けるガイが、聖母の微笑みを見上げた。


「神に忠誠を誓い、これ以上の抵抗をやめるのです。貴方は一介の酒場の店主に収まる器ではない。再び、わたくしの下で人々を救うのです」


 差し伸べられた白く美しい手。

 悩み苦しみ、傷ついた幾人もの人々を導いてきた聖なる御手。

 ガイはその清く正しい手を、じっと見つめた。


「……俺はよ、アンネ様。昔も言ったが、べつに神様に逆らおうってんじゃないんだ。ただ、教会とは違う救い方を見つけたってだけだよ」

「それがお酒だと? 賢者の中にも酒好きはいますが、教会の救いと比べるのは神への侮辱だと思いますが」


 溢れる不快感を感じ、ガイは悲し気に苦笑した。


「あんたの命令で、俺は冒険者ギルドに派遣された。荒くれの礼儀知らずが多い中で、まぁいい子ちゃんだった俺は苦労したよ。酒だって、最初は飲んでも美味いとは思わなかった。だがよ、酒は救ったんだ。人の心を……死にゆく魂を」

 

 ゆっくりと棍棒から体を離し、自らの足で大地を踏みしめていく。


「忘れもしねぇ、あの日。ダンジョン攻略に失敗した俺のパーティは全滅だった。唯一、あんたの加護を受けてた俺だけが動けた。体が吹っ飛んで、血が流れまくったあいつらは、教会が手遅れだと投げ出す瀕死の状態。そんな奴らが最期に求めたのは、なんだと思う? 祈りなんかじゃねぇ、酒だったんだよ」


 歯を食いしばり、差し出された手に向けて土の付いた棍棒を突き出した。


「口に垂らした少しの酒で、あいつらは笑ったんだ! 教会の教えなんて理解する学もねぇ、お行儀も良くねぇあいつらが最期に『美味ぇ、これで悔いなく逝ける』って笑ったんだよ! 弔いの宴でも誰もが酒を飲んだ。死んだ奴らの思い出を語って、泣きながら飲み明かした! 悲しみに暮れる葬儀じゃねぇ、故人を想い前を向くための明るい夜だった!」


 前線から退いたガイの体から、闘気と魔力が迸る。

 アンネが全盛期と称える頃を遥かに超えた、凄まじい力だった。


「だから俺は酒に救いを見出した。教会が救えない、救おうともしないゴロツキたちのために! 師よ、聖母と謳われし神の御使いよ! 今ここに決別を! 俺は教会に戻らない、ここを通すわけにもいかない! この魂が女神の下へ還るときまで、俺はあんたの前に立ち続けるっ!」


 静かに、そして力強くアンネの手が空を握った。

 怒りと失望に震え、かつての弟子を睨みつける。


「愚か者……では、わたくしも容赦はしない! お前の魂、望み通り女神シュワの下へ送ってやろう!」

「がっはっはっは! フラれたな、アンネよ」

 

 鬼気迫る両者の間に、場違いな笑い声が響いた。


「……お黙りなさい。こちらは間もなく片付きます。貴方も終わらせなさい」

「へいへい」


 先ほどの腕を背後に従え、ゴンザレスは鋭い視線を二人に向けた。


「さぁて、一応聞いとくがお前さんたちも引く気はねぇか? その先にある魔族国家に、大罪人がいるのは分かってんだ。村にはなにもするつもりねぇんだよ。ただ国境まで通るってだけだ。本当は飛んで行きてぇんだが、妙な結界が張られててよ。な? たった一人の餓鬼のために、お前らが血ぃ流すこたぁねぇだろ?」


 ゴンザレスの言葉に、ゴーシュとブルボノはカッと目を見開いた。


「その餓鬼にこの村が何度助けられて、この世界が何度救われたと思ってやがる! そりゃあ、ナミラは許されないことをしたかもしれない。だが、この村の大人たちだけはあいつを許す! 餓鬼の失敗を全員で助けてやるのが、テーベ村の伝統だっ!」


 背後で様子を見ていた村人たちが、一斉に声を上げる。

 倒れていた者も起き上がり、賢者を睨んだ。


「……我がツッカーノ家の教えに、領地の子は宝だとある」


 フラフラとした足取りで、ブルボノが前に躍り出た。


「未来を創る希望だと。そして吾輩はナミラ・タキメノに、あの子たちの姿にその意味を見出した。どれだけ強くなろうとも、どれだけの知見があろうとも、我が領地で生まれたのであれば誰もがツッカーノの宝であーる」

「ご立派だねぇ」

「無論。それこそ吾輩の使命であーる。それに……先祖より受け継がれし恩を返さねばならないのであーる」


 ナミラたちと出会って間もなく、ブルボノは前世の足しになるものはないかとテーベ村騎士団の五人を屋敷に招いたことがあった。

 その際知った、家系の真実。

 今は滅びた亡国からの外様貴族であった初代は、この地で新たにツッカーノ家を興した。


 初代の名はゼルン・ツッカーノ。

 妻の名はララ・ツッカーノ。


 家系図と古い肖像画を目にしたナミラは涙し、デルを呼んだ。

 初代はかつての弟だと。妻はかつて愛し合い、命をかけて守った人だと。

 貴族であったにもかかわらず、病と醜さによって捨てられた前世。

 蘇ったのち、デルにその技を伝授した天才。


 道化師ポルンの子孫が、ブルボノ・ツッカーノであったのだ。


「代々語られてきたおとぎ話のピエロが、まさか目の前に現れるとは。幼い吾輩が、何度勇気づけられことか……今、この場に吾輩がいるのは名実ともに彼のおかげなのであーる」


 足の震えが止まり、ブルボノは洗練された構えを取る。

 その姿は堂々と、僅かな恐れすら抱いていない。


「この身に流れる血と誇り、かつて狂気の試練に耐え愛する者を守った先祖の名にかけて! 吾輩は一歩も引かぬのであーるっ!」


 立ち上がった者たちも、その勇姿に続く。

 今や彼を知ったすべての者たちから、忠誠を誓うに相応しい人物と評されているブルボノ。

 孤独の内に散ったポルンが得られなかったものを、その子孫は手にしていた。


「熱いじゃねぇか! 気に入ったぜお前らぁ!」 


 心から愉快そうに笑うと、ゴンザレスはさらに呪文を唱え始めた。

「ワシが賢者たる所以を見せてやろう! 溶岩魔法と火魔法の合わせ技だ!」


 揺らめく魔力が燃える火炎を思わせる。

 合わせて、アンネが宙に描いた魔法陣からも白き魔力が放たれていた。


「『啄む殺意 揺らめく怨嗟 燃える本能 死の群れ 燃やし唄えよ焔の翼』」

「『勇神アイン冥神シュワの名の下に 敬虔なる下僕が裁きを代行する 愚かな命に裁きを 迷える魂に輪廻の救済を 白き光を天と地より与えたもう』」


 重なる野太い声と美しいしらべ。


「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」


 そして、二人の賢者に挑む男たちの叫び。


「『殺鳥の火炎(フレイム・バード)!』」

「『断罪白墜剣ディカステス』」


 翼を纏った百の腕と、白き光の剣。

 格の違う世界屈指の魔法が、ガイたちを襲った。


「ヌオオオオオオオオオオン!」


 そのとき、奇妙な音が響いた。


 性格には音ではなく声なのだが、発した者を見るまでは誰も声だと分からなかった。

 その者はブルボノたちの間に飛び込み、触れるものすべてを燃やし溶かすはずの腕をすべて薙ぎ払った。


「なにぃ!?」


 驚きのあまり、ゴンザレスの声が裏返る。


「間一髪であったな、ガイ殿」


 そして白き断罪剣の中でも男の声がした。

 光が砕け、代わりに闇が姿を見せる。


「何者です!」


 あり得ぬ異常事態に、二人の賢者は顔色を変えた。


「はじめまして、賢者たち。ここからは我らがお相手しよう」


 立ち塞がる影はふたつ。

 ゴンザレスには怒りに染まった巨人、アンネには不気味に笑う紳士。

 隠すことない敵意を纏い、名乗りを上げる。


「魔族国家ナスミキラ四天王が一人、バイダン!」

「同じく、四天王筆頭ヴラド。我らの友を傷つけた罪、貴様らの血で償ってもらおうか」


 世界の歴史上、何世紀ぶりかの邂逅。

 賢者と魔族の戦いが、今始まろうとしていた。

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