『ふたつの魂』
「宴じゃあああああっ!」
建造されてわずか数年ではあるが、魔王城始まって以来のどんちゃん騒ぎが繰り広げられている。
円形に囲む城下町にも音は漏れ、楽しげな空気と客人への想いが伝播していった。
「ふふふっ。ナミラ、これたべる?」
「あ、あぁ。もらおうかな」
もてなしの中心にいるナミラの膝には、この国の王であるテラがちょこんと座っている。
体を預け、時折足を揺らしながら幸せそうな笑顔を浮かべていた。
「あぁ〜ん魔王様っ! ナミラ様を独占しないでくださいまし! わたくしにも、触ったりいろいろさせてくださいっ!」
「俺が断る。にしても、テラは少し見ない間に大きくなったな」
豊かに揺れる黒髪を撫で、ナミラが微笑んだ。
「ここ数日で、急にご成長されましたんですの。それまでは、まだまだ赤ん坊でしたのに」
世話役を勤めていたマーラは少し寂しそうな顔をした。
「我らの見解では、ナミラ様に影響を受けたのではないかと」
「俺の?」
グラスを空けたヴラドが、少し赤らんだ顔で言った。
となりに座るムクが、続いて口を開く。
「魔王様は、マーラの魔力と生気を元に誕生されました。ですがそれは、元々ナミラ様から分けていただいたものでございます。親子の絆、と言いましょうか。それに似た繋がりがあるかと」
ケーキのクリームを口に付けたテラは、部下の言葉に大きく頷いた。
「そうなのっ! ナミラはテラのパパ!」
「パパって……おいおい」
「でっ、ではママはわたくしですわよね!? ですわよねっっ!?」
「落ち着け淫魔」
「あんっ! ナッツを飛ばさないでくださいまし! どうせ当てるなら、このたわわなところへっ!!」
魔族国家の中枢であるにもかかわらず、談笑は身分に関係なく盛り上がっていく。
ナミラにとって束の間の時間。しかし、平和なひとときはろうそくの火よりも続くことはなかった。
「……ナミラ、つらくない?」
無邪気な幼女の声が低くなる。
年齢に似合わぬ母性と大きな優しさが、たった一言に込められていた。
「あぁ、大丈夫だよ。テラのおかげで魔喰の土地でも平気だし、逆に魔喰の残滓が力を奪ってくれるおかげで暴走もしなくて済んでる。本当、いつの間にこんな芸当が出来るようになったんだ」
わしゃわしゃと頭を撫でると、テラは子猫のように身を寄せた。
「……前世の暴走、と我々は受け止めていましたが詳しくお聞きしても?」
ヴラドの立派な口髭が、ピンと整えられた。
「概ね正解だ。けれど、今までとは少し違う。単純に前世が蘇っただけじゃない」
「と、言いますと?」
「こいつの影響だ」
ナミラは鈍く光る首飾りを指さした。
「これの持ち主、つまり今回蘇った前世の名はオンラ。て奴隷として売られ、酷い拷問の上に死んだ人族の女性だ」
魔族たちの表情が曇る。
最近まで他の種族から虐げられてきた彼らには、奴隷としての苦しみが痛いほど分かる。
「彼女は人生の大半を怨みを抱えて過ごした。そして積もり積もった怨念は死の間際、復讐のためにこの世に残ったんだ。凝縮し実体を得て、呪具よりも高密度の呪い……呪詛そのものがこの首飾りなんだ。だから触れた瞬間、首に巻かれた。取り外したり破壊したりって概念すらないのかもしれないな」
「そんなものが……」
言葉を失う魔族の中で、特にタキメノ家に仕えるメイドの四人は悲痛な面持ちをしていた。
「あの、呪いなのは分かりましたが、なぜ今のような状況に? いくら強力とはいえ、ナミラ様が一個人の力に負けるとは思えないのですが」
シルフィが重い口を開く。
「個人だからこそだ。これはオンラが生前残したもの。魂に蘇ったひとつじゃない、実在した個の力。べつの魂だ……だから、俺の制御の外にある。以前、ライアの遺体が反応したことがあったが、同じ理屈だろうな。魂の中だけなら抑えられるが、これのせいで些か分が悪い」
「なんとかならないのですか?」
「今はなんとも。ここで力を奪っておくことしか手立てがない。前世の中には虐げられた人生もたくさんあって、怨みを抱えたものも少なくはない。そういった人格が同調しちゃって、俺の中で力を増してるんだ。真似衣の魔法も下手に使えないのが現状、だな」
ナミらは苦笑したが、瞳の奥は悔しさで染まっていた。
「じゃあ、ずっとここにいればいいよ!」
一番近くで見ていた純粋な光が、キラキラと輝いた。
「そうです! 我らとしてはむしろ、ここで先代魔王様の叡智を授けていただき、共にナスミキラの発展を支えてもらいたく存じます」
「これからサキュバスの娘たちも増えますしぃ、いろいろ仕込んでほしいですわ〜!」
四方八方から、歓迎の声が飛んだ。
世界に裁かれる大罪人の身となっても孤独でないことは、ナミらにとってなによりも大きな喜びであり、心の支えであった。
「ね? そうしようよ! いっしょにあそんでくらそう?」
「そうだな。とりあえず、しばらくはここにいさせてもらうだろうし。その可能性もあるかもな」
「うんうん! だってね、くにのなまえ『ナミラスキ』からつけたんだよ!」
「なんか違和感あるなと思ったらそれかっ!」
再び明るく穏やかな空気が満ちていく。
しかし、一人だけ窓の外を睨む者がいた。
四天王の一人、デス・トロールのバイダンである。
「バイダン、どうしたの?」
主君であるテラの声にも反応せず、突然弾かれたように立ち上がった。
「みんな、危ないっ!!」
血相を変えて窓を突き破ったバイダンは、巨体に似合わぬスピードで走り去っていった。
「あのバカ! なにをしとるんだ!」
「せっかくのお料理が!」
悲鳴に混ざってヴラドとマーラの怒号が飛ぶ。
「あの方角は……」
だが、ナミらは風の吹き込む外の景色を睨み、バイダンの行動を思案していた。
「っ! 魔王様! 我が種子より緊急の報告がございます!」
混乱を切り裂くように、今度はムクの声が響いた。
それはナミラにとって、心をかき乱されるものだった。
「テーベ村が何者かに襲われています!」