『火之神と大龍神』
大国全土を照らす光は、羽ばたき嘶き敵を見据える。
動きを封じる熱波に、ナミラは顔をしかめた。
「さぁ、お覚悟を」
アヴラの声が光の向こうで聞こえる。
操る魔法とは違い、冷たく淡々としていた。
「舐めるな。この程度、万象王の力を持つこの体にとって敵ではない。貴様こそ、今のうちに逃げたらどうだ?」
「……よほど余裕がないんですね?」
せせら笑うナミラを、アヴラが鼻で一蹴する。
「先程の王子とのやりとりを、私が見逃しているとでも? 今話している貴方が何者かは知りませんが、ナミラ・タキメノから完全に体を乗っ取ったわけではないのでしょう」
ナミラの顔が苦々しく曇っていく。
「その体には数多くの前世があると聞きました。ならば、貴方に協力しない人格もあるはず。これでも今までの功績や性格は調べつくしています。貴方と主人格の二派閥に分かれているのなら、地の精霊王が懇意にしていたチャトラ様を討った貴方に、万象王は味方しないでしょう」
光の不死鳥が高らかに鳴き、白き炎を燃え上がらせる。
「どのみち大罪人には死の未来しかない。安心しなさい、痛みもなく逝かせてあげますから」
「ふざけるな……こんなところで……ワタシの復讐があああああああああああ!!」
輝きが満ち、すべてを燃やす炎が迫る。
「『天昇漠水竜』」
しかし次の瞬間、天から巨大な水竜が現れ不死鳥に襲いかかった。
たちまち体の大半が水蒸気と化したが、不死鳥はたじろき術者の頭上へ引いた。
「そうはさせないよぉ~」
ナミラの背後から、呑気な声が近づく。
同時に、ムッとする湿気の中に酒の香りが漂った。
「ミドラー! 邪魔しないでください!!」
「いやいや~、するに決まってるじゃん。賢者会議で決裂しちゃったわけだし~」
アヴラの怒号も意に介さず、ミドラーは笑った。
「ふ、ふふふふふ……エルフの賢者ミドラーか。よし、いいぞ……やってしまえ! 力が使えずとも、知識は引き出せる。ここを乗り切れば新たな酒を馳走し、お前を殺すのは最後にしてや」
「その顔と声でそんなこと言わないでくれる?」
普段はほにゃりと笑い、常に酔っていて捉えどころのないミドラー。
そんな彼女が、明らかな怒りを込めてナミラを睨みつけた。いや、正確には体を操る憎き前世を。
「ボクが助けたのはお前じゃなくてお師匠だ。勘違いするな、亡霊が」
「なんだと、貴さ」
言い返そうとしたナミラだったが、突如現れた水に口を塞がれた。
それはミドラーが改良を施した『水縛の牢獄』の魔法だった。
「こっちも考えがあっての行動なんだ。お師匠を救う、そのためにたくさんの人間が動いている。悪いけど、他人格に拒否権はない。このままある場所に飛んでもらうよ」
「私が見逃すとでも?」
アヴラが杖を振るい、火の超天魔法をけしかける。
だが、それは闘気の斬撃に妨害を受けた。
ナミラが放った、真・斬竜天衝波によって。
「お師匠っ」
目を丸くしたミドラーが見たのは、水の拘束を受けながらも刀を振ったナミラ。
わずかに正気を取り戻し、悔し気な瞳で動かす口の動き。
す・ま・な・い。
頬を赤らめたエルフは額を指で突き、微笑んだ。
「また、美味しいお酒を教えてね」
再び狂気が戻る前に、水の牢獄はナミラを砂漠から消した。
残るのは獲物を失った不死鳥と、怒りに燃える火の賢者だった。
「ミドラー……悪いですけど、この子は敵を倒すまで消えません。あなたを放っておけば、今後どんな邪魔をされるかわからない。このまま退場してもらいます」
「そんなこと、できると思うのかい?」
「えぇ、もちろん。あなたこそ、超天魔法を前にどうするというのです?」
敵意が滲む視線が交差する。
ミドラーは不敵に笑い、呟いた。
「こっちも超天魔法を使えばいいだけさ!」
放出された水の魔力が、周囲に満ちた蒸気に広がる。
頭部だけとなった水竜は光を放ち、ありったけの水分を取り込み、新たな姿へと進化を遂げる。
「『天より来りて地より還る! 生命の根源! 命奪の主! この世に在りし万象を! 八つ首の怒りが滅する! 我、絶望を知る者! 我、闇を見た者! 我、希望を知る者! 我、光に触れた者! 終焉の空より来たれ、水天の覇者!』」
まるで滝壺を眼前に立っているかのように、アヴラは歯を食いしばった。
「『八岐大龍神!』」
八つ首の水龍が出現し、光の不死鳥と向かい合う。
広がる砂漠は双方を境に、半分が晴天となり半分が豪雨となっていた。
「そんな……あなたのどこにそんな魔力が!」
「伊達に長生きしちゃいないさ。長生きと言えば、ここで問題。チャトラはどうして種族を超える長寿を身に着けたのでしょう? ちなみにチャトラは二二三歳だ」
「は?」
アヴラは言葉を失った。
聞いていたチャトラの年齢を遥かに越えている。
「仮にも賢者なら思い当たる節があるんじゃないかな?」
「まさか……賢者の石? そ、それは伝説の」
「そう、伝説さ。でも、元々それは石じゃない。世界樹を守る巫女のことだった。チャトラは彼女と出会い、共に酒を酌み交わした。巫女が作りし長寿の酒をね」
ミドラーの顔に不気味な笑みが浮かぶ。
「我が真の名はミドラー・エリクサー。ボクこそ、賢者の石と呼ばれし伝説の女さ!」
水龍が牙を剥き、不死鳥に襲いかかった。
火と水、二つの超天魔法が激しくぶつかり合う。
「な、なぜそんなあなたが、あの男に入れ込むのですか!」
魔力を燃やしながらアヴラが叫ぶ。
「たった十七年しか生きてない小娘にはわからないだろうさ……世界樹が失われ、役目を失ったボクはチャトラに見つけてもらうまで、お酒に溺れていた。賢者となって数十年、秘匿され続けていたボクの存在は同族にも知る者は少ない。友達も家族もいない孤独を、さらにお酒で誤魔化した。そんなとき彼と出会った」
目を細め、ミドラーはナミラと出会ったときのことを思い出す。
「ただ現実から目を背ける手段だったお酒に喜びを見出したんだ。あの感動、あの美味しさ、同じように喜び笑える存在は今までいなかったんだ。わかるかい? たったそれだけで、ボクは救われたんだ。それが前世の知識だろうとなんだろうと、ボクにとってナミラ・タキメノは大切な存在なんだ」
ミドラーと共に、龍の瞳に光が宿る。
「だから、殺させはしない。彼は必ず守ってみせる!」
八つの首に膨大な魔力と水が集束し、必殺の一撃を放とうとする。
だが白き不死鳥もさらに燃え上がり、天に向かって嘶いた。
「だとしても、彼は大罪人です! 賢者として見過ごすわけにはいかない! 私にあなたの想いはわからない。けれど、誘われてなし崩しで賢者になったあなたにも、私の気持ちはわからない! 賢者であるという誇りが、私にどれだけ生きる力を与えてくれるのかをっ!」
互いに譲らない想いを口にし、二人は睨み合った。
もはや、どちらも相手を気遣う余裕はない。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「やあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
放たれた水の咆哮と、飛びかかる火の突撃。
世界に名だたる二人の賢者の戦いは、一撃で決した。
衝突の理由となった少年、ナミラ・タキメノが結果を知るのは数日後のことである。
最新話を読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
よろしければ、いいねや感想など反応いただけると嬉しいです!!