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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第四部ー章 大罪
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『天照火之神』

 例の一報が世界を巡ったその日。

 季節外れの雨季のような雨が、エズトラの大地を濡らした。

 何も知らない子どもたちは恵みの雨だと喜んだが、晴れ渡った砂丘を進む戦士は違う。

 両の眼には、怒りと決死の覚悟が宿っている。


「突撃ぃぃぃ!」


 一万の軍が目指す先には一人の少年。

 砂漠に仁王立ちし、不敵な笑みを浮かべている。


「まだこの国にいたとは笑止千万っ! 我こそはエズトラ王国第二王子、アテン・ファラオ・エズトラ! 我が国の叡智にして世界の宝、土の賢者チャトラ殿の仇! 我らの手で打ち果たしてみせようぞ!」


 先頭で砂竜サンド・リザードを駆る若い男が吠えると、続く兵士たちは負けじと咆哮を発した。


「砂に還れ、ナミラ・タキメノ!」


 薄茶色に光る宝剣が、ナミラに迫る。

 ドワーフ特有の鍛冶能力も優れていたチャトラ。そんな彼が、アテン王子の成人祝いに鍛え、贈った唯一無二のもの。シュウが持つミスリルの魔剣にも劣らない、強力無比な刃。


「シネ」


 しかし、想いを込めた刃は砕けた。

 身動き一つしないナミラから放たれたオーラが、爆風となって軍を襲った。

 後方で呪文を唱えていた魔法使いたちすら巻き込み、辺りは砂嵐に見舞われた。


「くっ……お、王子! 無事ですか、アテン王子!」


 伸ばした指先すら辛うじて見える視界の中、側近の一人が声を張り上げた。


「ケヒッ」


 次の瞬間、彼は気味の悪い声を聞いた。

 そして気づく間もなく首が刎ねられ、乾いた大地が赤く染まっていく。


「ぎゃあ!」

「うわあああああ!」

「た、隊列を組め! いったいなにが起こっぐあああああっ!」


 荒れ狂う砂に混ざって聞こえる、断末魔の悲鳴。

 アテン王子は近くにいた側近が囲んだが、殺戮は縦横無尽に行われていく。


「砂の加護よ!」


 王子は指を嚙み、滲んだ血を足下の砂へ押し付けた。

 すると白い光が放たれ、暴れていた砂嵐は一瞬で消えた。


「エズトラ王家の加護か」


 背後でナミラの声がした。

 振り向きざまに短剣を突き立てるが、前蹴りで吹き飛ばされてしまった。


「王子っ」

「遅い」


 主君に出遅れた側近は瞬きの間に息絶え、無数の躯が横たわった。


「キサマ……よくもわが家来たちを」


 憎しみを込めた視線を、ナミラは嘲笑う。


「その目……お前がそんな目を《《ワタシタチ》》に向ける資格があると思うのか?」

「なに?」

 

 倒すべき敵と守るべき主君が向かい合う中、周りの兵たちはアテンの元へ集まった。


「歴史に長いエズトラ王朝……だがその血筋はさらに長い。貴様の先祖が行った非道、忘れはしない。力を振りかざす兵士たちから受けた屈辱は、この魂に刻まれている!」


 再び放たれた波動に、作られつつあった陣形が再び崩れた。

 その隙に距離を詰めたナミラが、アテンを踏みつけ動きを封じる。


「ぐあっ!」

「アテンと言ったな。貴様の首、ご自慢のピラミッドの頂上に飾ってやろう」


 竜心の切っ先が向けられ、無慈悲な刃が振り下ろされる。


「ぐっ!?」


 だが、王子の首に触れる直前に防がれた。

 

 刀を握っていなかった、ナミラの左手によって。


「コノオオオオオ! 邪魔をスルナアアアアアアアアアッ!」

「お前こそ、これ以上好き勝手にはさせないぞ! 地の精霊ノームよ、力をか」

「させるかアアアア! 精霊の力など使わせん!」


 顔が左右で狂気と使命感に別れ、罵り合いひとつの体で争っている。

 危機を脱したアテンは立ち上がり、のたうち回るナミラを見つめた。


「そうか……まだこの国にいたのは、ナミラ・タキメノの良心が悪しき心を妨害をしていたのだな」

「ア、アテン王子! ここは引いてください! ガ、ガルフ様に、雷迅のガルフにこの内容を伝えてください!」


 ナミラは念波を飛ばし、自分の身に起きた真実を伝えた。

 短くまとまりのないものだったが、幼い頃からチャトラの元で学び聡明であると言われた王子は、力強く頷いた。


「承知した。今しばらく耐えよ、ナミラ・タキメノ! 全軍、退却だあああ!」


 指揮官の号令に、生き残った兵たちは迅速に従った。

 走り去る砂埃が、ナミラの体にかかる。


「く、くそ……意識が……」

「ニ・ガ・ス・カアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 禍々しい球体が現れ、黒き太陽を思わせる。

 再び肉体を奪った人格が、全軍を滅する魔力を放っていた。


滅業ドン・ガルゥ魔狼弾ノヴァ


 闇が落ちる。

 逃げる命のすべてを喰らい、僅かな希望すら断ち斬るために。


「『極炎鳥降臨バーン・フェニクス』」


 黒の真上の青い空が、突如茜色に染まった。

 不滅の炎を揺らめかせ、飛来する巨大な鳥。

 炎の最高位魔法がナミラの技と激突した。


「うおおおおおおおおおおお!」


 直後、赤と黒は互いを飲み込み爆発した。

 魔狼弾の稲妻が周囲を穿ち、光の欠片がひらひらと舞い踊る。


「ナミラ・タキメノね?」


 ローブをはためかせ、一人の少女が声を発した。

 

「誰だ、貴様は」

「私は炎美のアヴラ。火の賢者アヴラ・オウラよ」


 ナミラを支配する狂気が、静かにアヴラを睨む。

 漂う魔力は炎のように揺らめき、油断すれば火傷では済まないことは明確だった。


「アテン王子、ここは私に任せてください。兵たちを連れて、ここを離れて」

「よ、よいのか? 十五で賢者となった天才だとは聞いたが、彼の者は」

「邪魔なんです。あの最高位魔法も、貴方たちがいるから手加減したんですよ?」


 一瞥もくれない少女に格の違いを見せつけられ、アテンは言葉を飲み込んだ。

 

「武運を祈る」


 やっと出てきた一言を残し、エズトラの軍はその場を離れていく。


「賢者、ね。今さら賢者如きになにができる?」


 嘲笑を復活させたナミラは、刀を向けた。


「弟子と共に放った超天魔法でさえ、この体を傷つけることはできなかったのだ。もはやワタシタチは止められない! この復讐は止まらナイッ!」

「復讐、ですか」


 少しだけ眉を上げたアヴラだったが、すぐに杖を突き出し挑発を返した。


「貴方が今、どんな状況だろうと関係ありません。ただ、賢者殺しは世界への罪。長い歴史が築き上げた秩序への反逆。その事実は変わらない」

「ならば止めてみろ。最高位魔法しか使えない賢者如きになにができる!」

「……また、賢者如きと言ったな?」


 闘気を纏ったナミラが、怒りを燃やすアヴラへ飛ぶ。


「見せてあげましょう。賢者の力を」


 しかし、放たれた燃える魔力に妨げられ先手の攻撃は届かなかった。

 それどころか、闘竜鎧気を越えて火の粉が肌を焼いている。


「なっ、なんだこの魔力は! あのときのチャトラ以上……い、いや、モモと同等のっ!」

「やはり、あの子の力が怖かったのですね」


 今度はアヴラが不敵に笑う番だった。


「『無限魔力』には及ばないですが、私にも贈られたギフトがある。その名も『心燃魔力しんねんまりょく』感情の昂ぶりに応じて、この身の魔力は燃え上がります」


 強力な詠唱障壁に守られた賢者が、深く息を吸い込み、呪文を唱え始める。

 漂っていた最高位魔法の欠片が、視界を奪う輝きを放っていく。


「『美しき焔! 不滅の炎! 終わらぬ力! 頂きより見下ろす神秘の招来! この世に在りし万象を! 燃え滾る慈悲が撫でる!  我、絶望を知る者! 我、闇を見た者! 我、希望を知る者! 我、光に触れた者! 原初の空より照らせ、絶対なる天輪てんりん!』」


 光の欠片が天へ昇り、白く眩い巨大な火の鳥へ昇華する。


「『天照火之神アマテラス・コウリン』」


 まるで、空のすべてが光に包まれたかのよう。

 なによりも美しい瞳が、白き焔で万象を焼き尽くす。


「バカな……」


 言葉を失うナミラに、光の果てから怒りが滲んだ声が投げられた。


「賢者を舐めるな、大罪人」


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