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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第四部ー章 大罪
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『賢者会議』

 エズトラの事件から二日後。

 知らせを聞いた者たちがそれぞれ考えを巡らし、行動に移そうとしている頃。

 雷迅の賢者ガルフはセリア王国を離れ、大陸の中央にある白地はくちと呼ばれる場所に来ていた。

 その名の通り、草一本も生えぬ白き大地。

 アインズホープの敷地と変わらぬ広さのこの土地は、どんな国であっても占領することは許されず、許可なく立ち入る者には死が待っている。静寂の中心には、風化を知らぬ円卓と九つの椅子が並んでいた。


「皆の者、遅くなってすまぬ。儂で最後か」


 ガルフが雷のエンブレムが刻まれた椅子に座り、小さく頭を下げた。

 他の席に座った者たちが、各々視線を向ける。

 この地は彼らのためにあり、ひとつの目的のために存在していた。


「お気になさらず。他の方も先程来たばかりですよ。それに、一番大変なのは貴方でしょうから」


 糸目の女が優しく微笑み、おもむろに立ち上がった。


「では通例に従いわたくし、二神教大司祭長。白魔法の賢者、聖母のアンネ・ルーモスが仕切らせて頂きます。まずは改めて出席者の確認を」


 一呼吸置いたあと、自身の右から順に名を呼んでいく。


「火の賢者。炎美のアヴラ・オウラ」

「はい」


 赤髪の少女が、険しい表情で返事をした。


「水の賢者。水界のミドラー・モラ・ヘスティ」

「ハイハ~イ」


 対してとなりのミドラーは、笑顔でひらひらと手を振った。


「風の賢者。烈風のシン・ミナト」

「……うん」


 フードを深く被った小柄な男が、無表情で呟いた。


「……土の一門は知っての通りです。では次。雷の賢者。雷迅のガルフ・ソフォス・アンダーソン」

「うむ」


 声を発したガルフの顔色は悪く、蓄積した疲労と心労が垣間見えた。

 しかし、その出で立ちは最強の賢者としての風格を失ってはおらず、堂々と顔を上げていた。


草樹そうじゅの賢者。花園のクイン・マーガレット」

「はぁ~い。みんな、お久しぶりねぇ」


 カワイらしいピンクのルージュを塗った色黒の男が、愛想良く笑った。


「溶岩の賢者。激熱のゴンザレス・ガン・ドロー」

「おう!」


 太い腕の大男が、自慢の筋肉を見せつけて返事を返した。 


「最後にご紹介を。しきたりの順番が前後してしまいましたが、彼はこの度新たな賢者として席に座すことになりました。氷の賢者、テオ・ドーテン」

「は、はい!」


 名前を呼ばれた若い男が、慌てて立ち上がった。


「テオ・ドーテンです! 師であるバジラナの養子ですが、あの事件の当時はクイン様の元で修業をしており、この二年ほどはアンネ様のお世話になっておりました……父であるバジラナの犯した罪は承知しています。でもだからこそ、氷の一門の生き残りとしてその汚名を払拭したいと思っています。異名もない未熟な賢者ですが、これからよろしくお願いします!」


 ハツラツとした自己紹介に、先人の賢者たちから大小様々な拍手が送られた。


「……ではここに、賢者会議の開催を宣言します!」


 アンネの言葉と同時に、全員が円卓に手を置いた。

 すると、ただでさえ外敵を拒む白き土地を強力な結界が包み、もはや外界からは認識すら不可能な場所と化した。


「この度集まっていただいたのは、皆様ご存じの通り南の賢者塔の崩壊と、土の賢者チャトラ様殺害の件に関してでございます。本来なら、この子の就任披露を予定していたのですが……」


 アンネは小首をかしげ、となりに座る若い賢者に目をやった。


「ふんっ! 心配せんでも、あとでたっぷり力試しをしてやるわ! それよりもだ、チャトラのじいさんの弔い合戦だろう!」


 腕を組んだゴンザレスが、鼻息荒く言った。


「それ以外、なにを話すってんだ? 賢者殺しは世界に対して喧嘩売るような大罪だぞ? たしかに、今まで聞いてた話や例の映像を見りゃあ、ナミラって餓鬼が強いことはわかる。だがよ、全員でかかれば殺れないことはないだろう!」

「そうは言っても『前世』のギフトホルダーよ? 万象王とか、アタシもぶっちゃけ話半分に聞いてたけどさ。甘く見ないほうがいいんじゃない?」

「……そのあたり、詳しい方がいるんじゃないですか?」


 激熱と花園の賢者が声を上げる中、淡々とした言葉と冷たい視線がガルフへ送られた。

 史上最年少で賢者となった天才少女アヴラが、他を寄せ付けない空気を放っている。


「ガルフ様、知っていることを包み隠さず仰ってください。魔喰の一件から我々は逐一、彼について報告を受けてきました。しかし、まだ隠していることがあるのでは? そもそも、なぜ彼はモモさんに同行していたのですか? 西の水や北西の樹、私がいる南東の火の賢者塔には一人で来たのに」


 他の賢者たちは無言だったが、全員アヴラに同調し発言を求めている。

 ガルフは深く息を吸い込むと、険しい表情で答えた。


「無論、この期に及んで隠し事などするつもりはない。じゃが、皆覚悟なされよ。彼の魂は、我ら賢者の今後を決めるものやもしれぬ」


 ガルフはナミラに関する情報を、賢者たちに開示した。

 

 ギフトによって蘇った前世の数々。

 ナミラが得ることになった力と、現在の強さ。

 これまでの戦い。

 大天使サンジェルマンの正体と残した言葉。

 チャトラの元を訪れた目的のすべてを。


「……貴殿らなら分かるだろう。彼の存在は、世界の根幹を揺るがす危険がある。歴史であれ自然であれ、ナミラくんはこの世の真理へと到達することができるのじゃ」

「良くも悪くも、ですわね」


 聖母とも称されるアンネの眉間に、深い皺が刻まれた。


「今の……特に大天使のお話は、教会として認めることはできません。文明は何度も滅びてきた? 大いなる意思? 馬鹿げています。二神教は各種族の二柱と、世界の創造主たる光と闇を信仰しています。太古の石板にも記述が」

「故に、サンジェルマンはサニー・ジュエルの禁忌による暴走として報告しておったのじゃ。そう言われると思ったからの」

 

 長いまつ毛の奥で、アンネがガルフと睨み合った。


「……一旦は受け止めるしかないんじゃない? ナミラって子の話が本当かどうかなんて、今のアタシたちには確かめようがないんだから。アタシだってショックよぉ? サニーちゃんはお茶友達だったんだから」

 

 クインの微笑みに、円卓の下で握られた聖母の拳がゆっくりと解かれた。


「前世だの歴史だのはあとだ。問題なのは、どうすれば彼奴を倒せるのかだろう。じいさんは最期、超天魔法を使った。だがそれでもダメだった。ガルフの言ったことが本当なら、我らでも仕留めることは」

「可能性はあります」


 苦々しいゴンザレスの言葉を、アヴラが遮った。


「もう一度映像を見てください。チャトラ様の超天魔法は一撃を加えましたが、直前に魔力供給の光が消えてしまっています。恐らく、この時点で力尽きてしまったのでしょう。ですので、攻撃は不完全なものだった」

「……もう動けねぇじいさんを、わざわざぶっ刺したってのか?」


 鍛え上げられた肉体から、熱い魔力が迸る。


「ですので、少なくとも二人以上の超天魔法を放てば戦いにはなるかと。幸い、モモさんから発動条件などは聞いています。私もあとは実践のみですので、すぐにでも討伐に」

「ま、待ってくれ!」


 ガルフが慌てて手を上げた。


「ナミラくんの犯した罪は重々承知しておる。じゃがそもそも超天魔法も、彼の協力なしには発現しなかった奇跡じゃ。戦闘は避けられんし、やむを得ないじゃろう。しかし、救う方法も模索できんだろうか?」

「……その必要があるか?」


 黙って聞いていたシンが、小さな声で呟いた。


「先程申した通り、彼の力は真理に迫ることができる。実際、儂やチャトラも精霊王と言葉を交わしておる。魔道を志す我らにとって、ナミラくんは必要な人間じゃ。いや、世界にとって失うわけにはいかぬ救世主となるやもしれん」

「今は大罪人です。むしろ世界を滅ぼす危険があります。今救ったところで、今後もこうならないとは限らない」

 

 僅かな情も込められていない聖母の言葉。

 最強と謳われるガルフを、真っ向から否定した。


「恐らく新たに得た前世が関係しておるのだ。モモの意識が戻れば、今回の原因がわかる。少しのきっかけでよいのだ。それさえあれば、必ず彼は元に戻るじゃろう」

「その間に何人が死ぬんでしょうね? ガルフ様、貴方は娘を殺されかけているんですよ? 仮にも父親として、思うところはないんですか?」


 ガルフは目を閉じ、床に伏せた愛娘に想いを馳せた。

 テーベ村で初めて会ったときから今日までの記憶を思い出し、静かに立ち上がる。


「儂は彼に賭けた。賢者としてこの世界を、父親として娘の未来を。きっとモモならば、どんな状況であろうと彼を信じ続けるじゃろう。ならば儂も、最後までナミラ・タキメノという男を信じるまでよ」


 威風堂々。

 チャトラ亡き今、最も長く賢者を務める男が曇りなき眼で言い放つ。

 仮にも常人の域を超えた八人が、その威圧感に身震いを覚えた。


「……いいでしょう。ならば通例に従い、多数決としましょうか。ガルフ様に賛同し、救いの道も探るべきとする者は挙手を」

「ハイハイハ~イ!」


 あっけらかんとした声に、注目が集まった。

 ヘラヘラと笑いっぱなしだったミドラーが、勢いよく立ち上がり手を上げていたのだ。


「ミドラー、酔いに負けて正常な判断ができていませんよ?」

「いやいや、ボクはここに来る前から決めていたよ。だってナミラくんはボクのお師匠なんだから」

「なっ」


 アンネと合わせて、となりに座るアヴラまで言葉を失った。


「……おれもこちら側につく。雷迅のガルフにあそこまで言わせる奴に興味がある」

「シン!」

「てめぇ! じいさんに散々飯食わせてもらっただろうがっ!」

「その恩はとっくに返した」


 烈風のシンはアヴラとゴンザレスの怒号を聞き流し、ガルフに向かって小さく笑った。


「で、ですが、これはあくまで多数決です。こちらのほうが人数が」

「あの、すいません。僕もガルフ様に賛同します」


 おずおずと上がったのは、師であるアンネとクインの顔色を気にする細い指。

 新たに氷の賢者、テオであった。


「テッ……なっ!」

「んまぁ! そんな肝っ玉持ってたのね!」


 口角をひくひくと痙攣させるアンネに対し、クインは嬉しそうに手を叩いた。


「ナミラくんには、養父バジラナの暴走を止めてもらいました。あのときの父も、世界を滅ぼしかねなかった……アンネ様とクイン様には申し訳ないですが、今度は僕が彼を止める。救える道があるのなら、救って直接お礼を言いたいんです。これだけは、絶対に譲れません」


 円卓の中で一番頼りない賢者。

 しかし、胸に秘めた覚悟と決意は氷塊のように固く、決して溶ける兆しを見せなかった。


「礼を言う、三人とも。さて、これで四対四じゃな」

「……では通例どおり、別れた者らでまとまり行動を。どちらの理想が正しいか、どちらがはやく結果に辿り着くか。魔道を探求する我らの性に従いましょう」


 異論を述べる者は誰一人としておらず、全員が席を立った。


「……懐かしいわね。こうやって揉めたら、いつもチャトラのおじいちゃんが仲裁してくれてた」


 唯一、懐かしげに呟いたクインの声だけが、八人の胸に染みていく。

 

 世界に名立たる賢者たちの意見は割れ、思惑を抱いて白地を離れた。

 ナミラ・タキメノという存在を巡って、ゆっくりと世界が動き出す。

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