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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第四部ー章 大罪
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『ウラミハラサデオクベキカ』

「……ナミラくん、大丈夫?」


 動きの止まったナミラの背に、モモが優しく声をかけた。


「……」


 無言のまま動き出した愛しい人。

 目の前の異常に、熱を得たばかりの少女は気づけなかった。

 

「どうしたの?」


 モモの杖に、そっと殺意の手が触れる。


「シネ」


 組み込まれた古代の技術が暴走を始め、暴れ狂う魔力が賢者塔を貫いた。

 幾人もの魔法使いたちを、暴走する魔力と崩れる瓦礫が襲う。

 

「なにごとだ!?」


 魔法で弟子たちを助けながら、チャトラが外へ走り出た。

 

「……きみがやったのか?」


 見上げる空には、燦燦と照り付ける太陽。

 そして不気味に笑うナミラと、ごみのように投げ捨てられるモモの姿だった。


「モモちゃん!」


 杖の暴走を間近で喰らったモモは、すでに意識を失っていた。

 それどころか、命の危険すらある瀕死の状態。

 受け止めたチャトラは逃げてきた弟子にあとを任せると、柔和な顔を怒りに染めた。


「……覚悟はいいか? ナミラくんに言っているのではない。その肉体を弄ぶ魑魅魍魎、貴様だ!」

「流石は土の賢者。気づいたか」


 流暢な語り口はナミラによく似ている。

 しかし、全身が醸し出す負の波動は人間が出せるものではなかった。


「それだけ淀んだ魔力を見せられれば、嫌でも察する……ナミラくんはこの世界に必要な存在、モモちゃんはわしにとっても孫娘のような子だ! この老体、久々に怒りに震えておるっ!」


 若い弟子は見たことのない、チャトラの憤怒。

 大地が揺らぎ、広がる亀裂が砂漠の地形を変えていく。


「『生命巡る雄大な営み 廻る清らかな縁 皆生まれ眠る大地の主よ その歩み止めるべからず 踏みしめ固める土壌の上 路傍の石を踏み砕け いざ行かん いざ進め 新たな時代はその足元に! 大地亀発進(アース・タートル)!』」


 地賢の賢者と呼ばれし、チャトラの最高位魔法。

 見渡す大地が巨大な亀の甲羅となり、眠りし大地の主が姿を現す。

 大いなる身体は人間など意に介さず、踏み出す足は止まることはない。空に浮かぶナミラさえも優に超える高さから、頭上を覆う足が降ろされた。


「闘竜鎧気!」


 淀んだ闘気が全身を包むと、禍々しい鎧に姿を変えた。

 居合斬りで放たれた竜心から強烈な斬撃が飛び、最高位魔法の中でも最も巨大な化身の体を斬る。

 一刀両断。

 悲鳴を上げた大地が砂漠に伏し、地響きを広げた。


「馬鹿な……」

「この小僧がどれだけ強いか、お前も知っているだろう? 最高位魔法など今さら無駄だ」

「し、師匠……」


 モモを抱えた少女が、すがる視線を向ける。

 チャトラの背後には自身を慕い同じ志を持ち、魔道に励んだ弟子たちがいた。

 独身を貫いた彼にとって、我が子同然の者たちが。


「……お前たちは」

「逃げろ。この先に転移魔法陣がある」


 師の言葉を遮って、数名が並び立つ。

 皆、各々の種族の中で老齢とされる者たち。チャトラに師事し、長く苦楽を共にしてきた戦友とも呼べる存在であった。


「お前たち! なにを」

「一人で時間を稼ぐおつもりでしょう? 若い者は逃がします。ですが、我らはお供いたしますから」

「土の一門の勇姿、この大地に刻んでやりましょうぞ」


 漲る覚悟に、チャトラは言葉が出なかった。

 ただ感謝のみが、その胸に満ちていく。


「師匠! みなさん!」

「お前たちは生きなさい。新たな命が歩む場所こそ、偉大な大地。我ら、未来への肥沃の一端と成らん!」

「逃げられると思うか?」


 破壊の権化と化したナミラが、冷たい視線を向ける。


「もちろんだとも。わしもモモちゃんの講義は聞いておったのだ。超天魔法に必要なのは、膨大な魔力。分からないかね? 今、必要な量が目の前にあるというのに」


 長年風雨に晒され、瘦せ細り、形を変えた石塔のような魔法使いたち。

 しかし、内に秘める力は成熟し高められてきた。


 チャトラたちの想いはひとつ。

 今こそ、そのすべてを解放するときである。


「『廻り巡れ! 踊り舞え! この背に抱く愛しき子らよ! 妨げ虐げ貶す悪! 堅牢偉大な甲羅が防ぐ! 我、絶望を知る者! 我、闇を見た者! 我、希望を知る者! 我、光に触れた者! 母なる大地より立ち上がれ、尊大なる愛戦士!』」


 一人、また一人と弟子が倒れていく。

 命すべてを魔力に変えて、チャトラに注いだ結果だったが、皆一様に満足気な笑みを浮かべていた。


「させるっカッ!?」


 試みた妨害が激痛と共に中断される。

 力を振り絞ったナミラの人格が、肉体を操る前世を抑え込んでいた。


「チャトラ……様、今のうちに!」

「邪魔するなコゾウガアアアアア!」


 同じ口から異なる声が発せられた。

 チャトラはそのうちのひとつに頷き、ヒビの入り始めた杖を向ける。


「『地母神(ガイア)』」


 倒れていた大亀に亀裂が入り、中から戦装束の女神が現れた。

 美しくも勇ましい大地の化身は、慈愛と憐れみの眼差しを眼下の命に分け隔てなく注ぐ。

 

「がはっ!」


 弟子は全員倒れ、残るは血を吐くチャトラ一人。

 残された時間が長くないことを悟り、全身全霊の魔力を込めた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 女神が鉾を振るい、ナミラを捉える。

 そのまま砂漠へ突き刺すと、地震が大国の隅々を揺らした。


「チャトラ様……」


 最後に転移魔法陣へ立った若い弟子は、賢者塔よりも巨大な師の魔法を目に焼き付け、記録用の水晶玉にその光景を記録していた。

 だが、永遠に残ると思われた女神と鉾は。

 土塊となり崩れ去った。


「そ、そんな!」


 絶望の中、転移の光が彼を包む。

 光越しに見た空には、刀で胸を貫かれたチャトラの遺体。

 そして、滴る血を勝利の美酒かのように浴びる、大罪人の姿であった。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 劈く悲鳴は乾いた大地に響き渡る。

 

 だが直後に弟子は異なる地へ飛び、代わりに狂った笑いが砂を揺らした。


「復讐のハジマリダ♪」


 突然生まれた分厚い雲が太陽を遮り、世界を包んでいく。

 チャトラの死体を投げ捨てたナミラは黒雲の中へと飛び去り、消えた。

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