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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第四部ー章 大罪
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『異変』

「……どういうことだ?」

 

 思わず声を漏らす。

 六枚の石板のうち、最後の一枚だけ読むことができない。

 いくら目を凝らそうと、刻まれた文字が乱れ認識されることを頑なに拒む。


「どうしました?」


 箒に乗った案内役の弟子が、心配して声をかけた。


「いや、大丈夫。そうだ、きみは古代語が読めるんだよね?」

「え? ま、まぁナミラ様ほどではないでしょうけど、普段は古文書の管理をしてますから」

「じゃあ、この石板を読んで聞かせてくれないかい?」


 不思議そうに首をかしげつつ、若い弟子は読み上げ始める。


『初めの男は●●●。

 唯一無二の●●●さ、唯一●●●ぬ意思。

 初めの女は●●●ワ。

 唯一無二の●●、唯一無二の消え●●●……』


 耳を傾けながら、ナミラは苦笑した。

 目に映る乱れと同様に、聞こえる文面にノイズが入る。まるで、何者かによって邪魔をされているように。取り除く方法が現状では不可能であったが、ナミラはこの現象に心当たりがあった。


「呪い、か」


 かつて、殺人鬼リッパーマンが魔王ルクスディアによって受けていた記憶障害。

 比べ物にならないほど強力な代物だったが、似た性質を感じ取っていた。


(だが、これでハッキリした。人族の神話こそ、大いなる意思に繋がる手がかり。俺の魂に刻まれた使命に関するものだ)


 メラメラと燃える意志がナミラの胸に灯る。

 どれだけの前世を得ようとも見えなかった使命に近づいた。ナミラ・タキメノとしての人生で、最も重大な意味を持つ瞬間が訪れていた。


(だが、名前まで認識できないのはなぜだ? 人族の二柱は、勇神アインと女神シュワのはず……一般的な神話の元となったのなら、違いはないはずなのに)

「……と、ここまでは一般に伝わってるものとほぼ変わらないですね。なぜ人族以外の神々の名が世の中に伝わっていないのか、非常に興味が湧きませんか? さらに、最後の記述はこの石板だけのものなんですよ」


 思考を巡らせるナミラのとなりで、読み進めていた弟子が一呼吸置いた。


『闇と光は子どもらを見ても、まだ胸に抱く感情の名が分からなかった。

 惹かれ合うものたちは、それぞれ違うかたちで触れ合っていたからである。

 なので、闇と光はお決めになった。

 五種の生命で一番のものを決めよう、五種の生命を競わせてみよう。と』


 次の瞬間、頭が割れる激痛が走った。

 血液が沸騰し、ひとりでに骨が軋むような感覚がナミラを襲った。


「ぐ……あぁぁぁっ!」

「ナミラ様!?」


 たまらず浮遊魔法が解け、真っ逆さまに落ちていく。

 いくらナミラであっても、なんの対処も講じなければ頭蓋が砕けて死んでしまう高さだ。


「『砂の御手(サンド・ハンド)』」


 だが、すんでのところで柔らかな砂の手が受け止めてくれた。

 杖を突き出したチャトラが、駆け足で近づいていく。


「大丈夫かい、ナミラくん。いったい、なにがあったのだ」

「だ、大丈夫です。助けていただき、感謝します」


 脂汗を全身に掻きながら、ナミラは弱々しく笑った。

 

「……ひとつ聞きたいんですが、石板はこれだけなんですよね?」

「あぁ、残念ながらこの六枚だけだよ。記述を見るに続きがありそうだがね。これは特に謎が多い」


 チャトラは砂の手を操ると、ぐったりとしたナミラを自身の背におぶった。


「え! あ、あの」

「そんなにフラフラな状態で歩かせられないよ。自慢じゃないが、南の賢者塔はあまり整理整頓ができてないんだ」


 お茶目なウインクをすると、チャトラは笑って歩き出した。

 ドワーフならではの分厚くどっしりとした背中に揺られながら、ナミラは賢者に身を任せることにした。


――――


「……ってことだから、心配はいらな」

「心配するよ!! 今日はずっとそばにいるからね!」


 部屋での安静を言い渡されたナミラのもとに、事情を聞いたモモがすっ飛んできた。

 熱い砂漠はすでに冷たい夜を迎えていたが、何度説明をしても一向に自室に戻る気配がない。ベッドに横たわるナミラのそばで前髪を揺らし、頬を膨らましていた。


「う~ん、そう言われてもなぁ」

「明日は前世集めに宝物庫に行くんでしょ? アニちゃんからも、ナミラくんが無理しないように見張っててって言われてるんだから!」


 頭の上がらない幼馴染の名前を出され、ナミラはしばし対策を考えた。

 そして、ふと浮かんだ作戦を決行することにした。


「でもなぁ~、ひとりにしてもらわないと困るんだよ」

「な、なにが困るの?」

「モモは分からないかもしれないけど、男にはさ、いろいろあるんだよ。溜まるものとかあって……見られてたら、そのへんが解消できないんだよな~」


 ナミラの頭の中では、このあと顔を真っ赤にしたモモが部屋を飛び出していく予定だった。

 しかし、そうはならない。

 顔の赤さは想定内だが、モモはこの場から動こうとしなかった。


「モ、モモ?」

「……い、いいよ。ナミラくんが望むなら」


 モモはおもむろに首元のリボンに手をかけ、ローブを脱ぎ捨てた。 

 茫然とするナミラの前で、そっとシャツのボタンを外していく。


「待て待て待て待て! ちょっ、なにする気だ!」

「なにって……今言ってた溜まるものって……そ、そういうことでしょう?」

「そうだけどこれは違うっていうか……と、とにかくお前にはまだはやい!」

「はやくないもん」


 意を決した表情のモモが、ナミラの胸に飛び込んだ。


「モモ!」

「知ってるよ、ガオランちゃんとアーリくんとのこと。アニちゃんから聞いた」


 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、ナミラは言葉に詰まった。


「ナミラくんも……わたしの気持ち知ってるよね?」

「それは」


 思い出される、セキガ草原での出来事。

 戦場で交わした短いキス。

 ほんの数秒のぬくもりだったが、少女が想いを伝えるのには十分だった。


「いいの、一番になれなくても。セリア王国の貴族は一夫多妻制でもあるし」

「おいおい」

「でも……今だけはわたしを見て? ナミラくんのおかげで成長したわたしを。もう、子どもじゃないんだよ?」


 長い前髪をそっとかき分ける。

 上目遣いの瞳が、ナミラの胸を高鳴らせた。


「……いいんだな?」

「うん……ナミラくんがいい」


 二人は唇を重ね、抱きしめ合う。

 窓から差し込む月光だけが、夜のひと時を見守っていた。


――――


「モモ、そこ気をつけて」

「う、うん! ありがとう」


 翌日、ナミラとモモは賢者塔の宝物庫にいた。

 共に過ごした昨晩のせいでモモはぎこちない態度になっていたが、ナミラは前世のおかげで余裕を持って接することができている。

 


「あいてっ!」


 だが動揺がまったくないわけではなく、普段なら問題のない段差でつまづくことがしばしば起きていた。


「ふふっ」

「わ、笑わないでくれよ」


 そのおかげで、二人の間には甘酸っぱい空気が流れている。

 気恥ずかしさは抱いても、築いた関係に亀裂が入るようなことはなかった。


「ん?」


 ふと、ナミラの視界に不穏な気配がよぎった。

 見ると、古い木箱が置いてある。


「なんだ? 特に変わったものじゃなさそうだけど」


 そっと触れ自分に変化がないことを確認すると、モモが見守るなか蓋を開けた。


「首飾りか」


 それはくすんだ金のペンダント。

 中央の宝石は濃紺の輝きを放っているが、その名は分からない。


「……触ってみる。モモ、ちょっと離れててくれ」

「う、うん」


 杖を握りしめ、モモは数歩後ろに下がった。

 足音を聞き終えた指先が、ペンダントに触れる。


「っ!!」


 刹那、ナミラの意識が内側へと潜った。

 一瞬で体内に満ち、魂に染みわたろうとする黒い影。

 ペンダントにより蘇った前世であることは間違いない。しかし、数多ある意識の中でも異質であった。


「お前は……いや、それよりもこれはっ!」


 潜在意識の中で対面したナミラと影。

 慌てるナミラを前に、影は笑みを浮かべて囁いた。


「ワタシはジル。かつて命の尊厳を失ったダークエルフの女」


 声が産み出す微かな振動さえも、ナミラには苦痛に感じた。

 このジルという前世は、肉体の主導権を奪おうとしている。

 得た記憶と見た目から、生前が奴隷階級だったことは分かっていた。故に、歴戦の猛者であるナミラとの実力差が覆るはずはない。

 しかし、その力に押されていた。

 じわじわと進む浸食を止めることができない。


 思考を巡らせていると、目を見開く事態が起きた。

 影が、二つに増えた。

 

「そうかっ! この力の正体は」

「気づいても遅い。この体はいただくぞ!」


 ()()()の影が吠え、背後から膨大な闇の群れが広がった。

 ナミラの意識は飲み込まれ、冷酷な激情が全身を支配する。

 脳裏に浮かぶ言葉は、ただ一つ。


 復讐の二文字である。

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