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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第四部ー章 大罪
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『一報』

 世を東西で分けたセキガ草原の戦いから半年。

 ダーカメ連合と同盟を結んでいた国々ではひと悶着あったものの、世界を取り巻く情勢は平和なものだった。

 

 北の大地にて奮戦していた魔族たちはセリア王国をはじめ、ダーカメ連合・獣人国家レッド・ドワーフ王国タマガン・エルフとの最大共存国となったビピンの支援を受け、正式な国家樹立を宣言した。国の名はナスミキラを名乗り、幼い魔王を絶対君主に掲げ、四天王が補佐をする王権制度を選択。強国が承認したことで、魔族を忌み嫌う者たちとの衝突も鳴りを潜めた。


 今の世界に、運命を操っていた大天使サンジェルマンはいない。

 その結果、未来は今を生きる命に委ねられることになった。大きな戦もなく緩やかに回り始めた時間の中で、人々は生命の営みを広げていく。


 だが、この日。

 ある一報が世界中に混乱をもたらした。


 ――小国ビピン エルフの隠れ里オヘレインの森


「馬鹿なっ! 信じられない!」

「落ち着け、レゴルス。すべてのエルフが同じ気持ちだ」


 ざわめく森の中心で、レゴルスとタスレの二人が険しい顔を突き合わせていた。


「しかしタスレ殿」

「お前が落ち着かねば、誰があの女をなだめるのだ。知らせを持ってきたシルフを殴り飛ばし、ウンディーネが総出で拘束しておる最中だぞ?」

 

 湖の方角を指さし、老齢のエルフは苦笑いを浮かべた。


「……すいません」

「気持ちは分かる。だが、こんなときこそ頭を冷や」

「離せえええええええええええええええ! アタイは信じないぞおおおおおおおおおおおお!」

 

 けたたましい雄叫びに鳥が逃げ出し、子どものエルフは恐怖で震えた。


「……行ってくれ」

「……はい」

 

 戦士長を送り出すと、タスレは静かに空を見上げた。

 一面には、彼の表情よりも暗い雲が広がっている。 


「兄上……なにをしているのだ」

 

 誰にも聞こえない呟きは、湿った風が攫っていった。


――獣人国家レッド・ドワーフ王国タマガン 国境の村


「ウソだ!」

「ウソだよ!」


 ガオランとアーリが揃って叫ぶ。

 両国で起きた革命は早々にケリがつき、すでに新たな君主が誕生していた。

 久しぶりの再会となった二人は積もり積もった想いをぶつけ合い、宿屋で愛を深める最中だった。だが、アーリの父グリからの通信でそんな気持ちは吹き飛んだ。


「んなわけないじゃん! ドッキリ?」

「ちがうと思うよガオちゃん。でも、こんなこと……」

  

 無意識のうちに手を握り合った二人は見つめ合い、しばしの別れを告げた。

 互いの国に戻り、情報の真偽を確かめるために。


――ダーカメ連合首都 アブダンティア


「んなアホなっ!」


 首都にそびえる奇抜な建物の中から、怒号が響いた。

 当主であるダーカメが、わなわなと震えて側近を睨んだ。


「レイジ! お前こんなアホな話信じとるんか!? つまらんデマを報告してくんなや! こんなん見抜けんなんて、頭腐ったんとちゃうか!?」

「ダ、ダーカメ様。落ち着いてください」

「やかましいわ弟! すっこんどれ! おいダイスケ! この兄弟つまみ出ししたれ!」

「残念ながら、すでに世界中に広まっている情報です……ダーカメ様、私と()の関係をご存じであれば、私が冗談でもこんなことを申し上げないことは、お分かりいただけるはずですっ!」

 

 普段は冷静沈着なレイイチ・ベアが、拳を握り歯を食いしばる。

 その様子に、ダーカメは苦虫を嚙み潰したような顔を見せた。


「せやけどな、ホンマに信じられへんねん。知っとるやろ? あの子がくれた手紙に、ワイのこと友人やって書いとったの。拳で語り合った仲やって、ホンマ生意気で粋なこと言いよったんや……あんな男が、ワイは好きやねん」

「みんな同じ気持ちだよ。でも、残念ながら本当だ」


 部屋の隅で突如湧き水が発生すると、中から水の賢者ミドラーが姿を現した。


「……なんやねん。こんなときだけシラフかい」

「いくら飲んでも酔えないんだよ。ボクだって何度も確認したさ。でも……証拠があった。詳しいことはまだ分からないけど、こんな映像が送られてきたよ」


 取り出した水晶玉から、立体の映像が浮かび上がる。

 目を背けたくなる現実に、全員が青ざめていった。


「噓やろ……なぁでも、なんでこない大事になっとんねん。()()()()()のときは、べつになんもなかったやんけ」

「あのときとは状況が違う。これは……世界への大罪だ」


 重い空気が、西の覇者たちを苦しめる。

 どこまでも続く黒い空から、大粒の雨が降り始めた。


――魔族の国ナスミキラ


「間違いありませんの?」

 

 サキュバス・クイーンであり四天王筆頭マーラが、魔王をあやす手を止めて言った。

 報告に来たゴブリンは肩を震わせながら、合わせてテーベ村の混乱を伝える。


「……分かりました。特に親交のあった者たちを連れて、砦の兵士さんたちに協力しなさい。情報が入ったらすぐに報告を」


 マーラはゴブリンを下げさせると深呼吸をし、他の四天王へテレパシーを飛ばした。

 集結を待つあいだ、玉座に置かれたゆりかごに主君を寝かせる。幼く愛らしい顔と自身の両手を見つめると、親愛なる人物の顔が浮かんだ。


「ナミラ様……」

「なぃあ?」


 聞こえた名前に、ゆりかごの魔王が嬉しそうに笑った。 

 微笑みを返そうとするも、マーラは上手く笑うことができなかった。


――セリア王国


「行くぜ!」

「急ごう、ダンちゃん!」


 斧を担いだダンとローブに身を包んだデルが、王都の門を出ようとしていた。

 土砂降りの雨にもかかわらず、二人の足取りは速い。


「ダメよ! 戻って!」


 しかし、駆け付けた三つ編みの少女が行く手を阻む。

 両手を広げ、雨に打たれるアニは三人を鋭く睨んだ。


「邪魔するな、アニ!」

「そうだよ! じっとしてられないって!」

「どこに行くっていうの? なにをするっていうの!?」


 甲高い声に、幼馴染二人も負けじと睨む。


「現場に行くに決まってんだろ! お前はあんな知らせ信じるっていうのか!?」

「信じられるわけないじゃない! でも、私たちの関係を考えて! むしろ状況を悪くさせるかもとか思わないの?」


 雨のせいで気づくのが送れたダンとデルは、気まずい顔でたじろいた。


 アニは、泣いていた。


「今、ガルフ様が必死で情報を集めてる! 王様やアレク様も状況を整理しているところなの! なのに勝手なマネしないで! モモちゃんだって重傷なんだよ? ファラさんはショックで倒れちゃったんだよ!?」


 感情に耐えきれなくなった膝が折れ、アニは泣き崩れた。


「私だって行きたいよ……でも……もしナミラがいたら……落ち着けって言うはずだから……私たちは……私たちだけは……ナミラを信じようよ……」


 歯を食いしばった二人は、黙って足を動かした。

 けれど門はくぐらず、泣き続ける幼馴染の肩を抱き、共に雨粒を浴びた。

 


 この日、世界中を分厚い雲が覆い各地で雨を降らせた。

 だが人々の関心は伝えられた一報に注がれ、語られる声が消えることはなかった。


『南の大国エズトラにて。

 土の賢者『地賢ちけんのチャトラ』が殺され、賢者塔が崩壊。

 弟子の多くが死傷し、雷迅のガルフの娘モモも瀕死の傷を負った。

 そして、この事件を起こした者。

 当時、モモと共に賢者塔を訪れていた男。

 

 ナミラ・タキメノを大罪人として手配する』

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