『セキガ草原の戦い 腹の立つ決着』
「なんやねん、これ」
スピーカーから響くダーカメの声。
西側にとって逆転の要だったジル・ド・レェが鎖に繋がれ、戦場に困惑が広がる。
「こいつは伝説の獣人に連なる者にしか使えない、決闘の技だ」
当主と向き合うナミラに、忠義に熱い連合の兵士が発砲し槍を突き立てる。
しかしなにをするでもなく鎖から放たれた光が弾丸を弾き、槍を砕いた。
「この鎖に繋がれているかぎり、誰だろうと邪魔することはできない。そして、勝敗が決まるまで消えることはない。俺とお前、一対一だ」
ハッチが開き、機械と繋がれたダーカメが顔を出した。
「おもろいやんけ! 王国最強、妖精剣士の息子、女神の寵愛受けし御子。勝負やナミラ・タキメノ!! ダーカメ・ゴルドの名の下に、連合軍兵全員戦いを止めぇ! 世紀の大喧嘩をその目で見とれや! いらんことしたら、そっちから叩き潰すで!?」
「王国側も手出しは無用です! 全部、俺に任せてください!」
混戦乱戦の草原に現れた、場違いとも言える一対一。
連合をここまで大きくし、誰もが認める当主ダーカメ。
魔王に続き大天使をも打ち破った、王国の英雄ナミラ。
両軍にとっての最強がぶつかるのならば、文句を言う者はいない。
「ダーカメ様ぁ! お願いします、勝利を!」
「ナミラー! 勝て、勝っちまえー!!」
ならばこそ、矢と魔法の代わりに飛び交う声。
自分の命も家族の運命も、すべてを託す魂の叫び。
人も、獣人も、エルフも、ドワーフも、戦場に立つすべての者が二人の戦いに注目した。
世界の行く末を占う決闘が、今始まる。
「はああああああっ!」
「どっせええええええい!」
巨大で頑強な拳と、闘気で輝く強靭な拳。
二つが衝突し、互角の力比べに発展する。
「甘いなぁ、ナミラくん」
ハッチを開けたまま、ダーカメは笑みを見せた。
「正々堂々やったら、勝てる思ったんやろ? 甘いわぁ~、このチンケな鎖のことワイがホンマに知らんやったと思っとるんか?」
「なに?」
血の通わぬ張り手が飛ぶ。
ナミラは跳び退き、回避した。
「肉体一つで闘うんが、この鎖の制約や。せやけど、ワイはジル・ド・レェと一体化しとる。この黒光りするボディが、もはやワイの体っちゅうこっちゃ。せやからな、ナミラくん」
肩の装備が変形し、大型ガトリング砲とミサイルを展開した。
「これもワイの肉体に換算されるんやで!」
決闘の鎖の中ではあり得ないはずの一斉掃射。
鉛の雨と爆炎が、身一つのナミラを襲う。
「ナミラー!」
アニの悲鳴を上げる。
しかし、火器の絶え間ない発射音と大気を揺らす爆音が、すぐにかき消してしまう。
「ひ、卑怯だぞ!」
「お黙りやガオランちゃん! 古い獣人の教示なんてこっちは知ったこっちゃないんや!」
ガトリングは弾切れとなり、爆風も止んだ。
分厚い煙の中でも消えぬ鎖で、ナミラの生存は確認できる。しかし、これだけの攻撃を不意打ちでくらい、武器防具もない。サン・ジェルマンとの戦いで力を消耗し、体力も万全とは言い難いナミラに対し、ダーカメはすでに勝利を確信していた。
「……分かってたよ、こっちも」
聞こえた声に視線が集まる。
煙が晴れ、闘気を身に纏ったナミラが姿を現した。
その光は今までと違い、ギラギラと輝きながら渦巻いている。
「年季が違うんだ、お前の腹くらい読める」
「……腹立つのぉ。派手に光りおって」
苦々しく睨むダーカメに、今度はナミラが笑みを見せる。
「他を排除する決闘の制約で洗練された、俺の闘気さ。数多の前世が繋がり高め合った、至高の力だ」
言いながら拳を構え、敵を見据える。
「数多の前世……至高の、力?」
次の瞬間、ナミラにとって予想外のことが起きた。
出ばなをくじき、ダーカメの戦意は削ったはず。繰り出そうとした拳に力が溜まるまで時間は稼げ、一撃のもとに破壊するつもりだった。
しかし、憤怒の表情を浮かべたダーカメは背中のバーニアを噴射させ、高速で襲い掛かってきた。
「ぐっ!?」
攻撃の手を止められ、掴みかかられたナミラはそのまま力比べを始めることになった。
「えぇの~、なんでも持っとんのぉ~」
歯を食いしばった状態で、ダーカメが言葉を漏らす。
それはまるで、呪詛のように重たく食らいものだった。
「女神さんからギフトをもろうて、かっこええお父ちゃんがおって、料理のうまい美人なお母ちゃんもおる。友達も女も、お前には黙っとっても寄ってくるよなぁ。きれいな顔して、体つきもよくて。見てみぃ、ワイを。チビで不細工なオッサンや」
ふと自虐的な笑いが零れたが、言葉の禍々しさは変わらない。
「ワイにはなんもなかった。汚い路地裏が、ワイの住処やった。親なんぞ顔も知らん。同じような餓鬼とドブネズミが家族やったわ」
語られる過去は、絢爛豪華を体現する連合当主とは程遠いもの。
ダーカメ・ゴルドの原点だった。
「いるだけで唾と暴言吐きかけられる存在や。食ってくためになんでもしたで? 言われるがまま、思い出したくもないこともした。なにがおもろいんか分からんやったな。せやけど、その日のおまんま食べるためには阿呆にならんといけんかった。口答えしたやつは、みんな死んでったしな」
ジル・ド・レェの出力が上がる。
パイロットを生体ユニットとして取り込む機構は、コスト面でのデメリットが大きい。しかし、感情の高ぶりによって力が増すという思わぬ副産物を生んでいた。
「ある日、ワイを買った相手がいきなり死によってなぁ。特になんもしてへんで? まぁ、不摂生の極みみたいな体系しとったから、なんぞ病気でもあったんやろ。そいつの金パクってな、ワイは買い物をした。匂いだけで涎垂らしよった、店先に並んだ果物や。せやけど……宝石みたいに見えたなぁ」
ダーカメは強まる力に似合わぬ、懐かしむような表情を浮かべた。
「初めて腐っとらんものを食った。その味の甘いこと美味いこと! 感動なんてもんやなかったで? そして、そのときワイは学んだんや。日頃、ワイのことをゴミみたいに蹴飛ばしてくる奴でも、金さえ払えばものをくれる。どんな汚い身なりのもんでも、金さえ払えば美味いもんをもらえるってな。そこから始まったんや、ワイの成り上がりは。全部、そっから手に入れたんや!」
ジル・ド・レェの頭部で、初期設計にない変形が起きる。
ダーカメの精神エネルギーに呼応し、新たな装備が作られていた。
ものの数秒で完成した砲門は、ナミラに強力な光線を浴びせた。
「ぐあっ!」
「分かるか、お前にっ!!」
体勢を崩したナミラに、再び鉄拳が降り注ぐ。
攻撃の手も、ダーカメからの罵声も終わる気配がない。
「生まれる前から与えられて、なんでもできるお前にこの苦しみが! 最初からぬくもりも笑顔も向けられて美味いもんばっか腹に入れてきた奴に、なにが分かるっちゅうねん! 前世で見たか? 昔同じ目に遭ったか? だからなんやねん! もう終わったもんが偉そうな口出すなや! この世は今を生きるワイらのもんや。この苦しみは今を生きるワイらにしか分からへん! 今を生きるゴミくずが、必死に這い上がってやっとここまで来たんじゃ。なんもかんも持っとるもんが邪魔すんな。ワイが欲しいのはたったひとつ。この世界そのものやああああああっ!!」
エネルギーが拳に集まり、太陽のように輝く。
まるで、ダーカメが目指した理想と重ねた苦悩が具現化したようだった。
「くたばれえええええええ!!」
振り下ろされた鉄拳は、轟音を響かせ敵を捉えた。
「だから……なんだ」
頭から汗と共に流れる血。
なんとか防いだナミラだったが、ダメージは大きい。
「俺が負ける……理由にはならない!!」
しかし、少年は倒れない。
「持たない者が、持つものから奪っていいものか。幸せでないのなら、他者から奪うのではなく自分で掴み取るべきだ。助けてくれと、声を上げるべきなんだ」
「くっさいキレイゴトやのぉ! 反吐が出るわ! そんなこと信じとったら、今生きてへんわボケぇ!」
「知ってるし、分かる。俺は幸運にも、ナミラ・タキメノとして生まれた。この人生、どこを振り返っても幸せだ」
「自慢かい……殺すで」
拳に帯びた熱が、本物の太陽と見間違うほどに高まっていく。
「そんな俺がギフトを与えられ、かつて生きた多くの人生を見た。ずっと考えていたんだ。百万一回目の人生が、なぜこの人間なんだろうって。いろんな奴と戦って、お前と戦って、やっと気づいたよダーカメ」
防いでいるだけだったナミラが、徐々に押し返していく。
血を吐き、一瞬の気も緩められないまま、本当に少しづつ。
「持つ者には責任が伴う。俺は一人の身に余るものを与えられた。だから、その責任を全うする義務がある。いろんな命が学び、感じ、終えていった物語。歴史に埋もれるはずだった物語を、今を生きる人たちに伝える。同じ過ちを繰り返さぬように、俺が持つものを分け与える。それが、俺にしかできない責任。ナミラ・タキメノとして、生まれた意味だぁ!!」
闘気が渦巻き、天を目指す。
頭上に輝く拳を、弾き返した。
「守ってみせる! この世界も、道を踏み外そうとしているお前もだ、ダーカメ!」
「痒いねん、お前の言い分はぁ! やれるもんならやってみぃやああああああ!!」
手首が回転し、ドリルのように風を切る。
ナミラに宿る闘気とは、逆の回転だ。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
「おりゃあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
勝負は一撃、そして一瞬。
突き出したナミラの腕が裂け、血が噴き出す。
一方で。
ジル・ド・レェのボディは崩壊し、生体ユニットとなっていたダーカメが放り投げ出された。
「「ナミラ!」」
「「ダーカメ様!」」
二人に駆け寄る、それぞれを慕う者たち。
光の鎖は消え、決着のときを告げていた。
倒れているのはダーカメ・ゴルド。
辛うじて立っているのは、ナミラ・タキメノであった。
「……ダーカメ様」
見下ろすレイイチは、いつもの調子で名前を呼んだ。
足元には、大の字で寝ころぶダーカメがいた。
「……腹立つのぉ。ホンマに指一本動かせへんわ」
「そ、そりゃあ、あと少しで干乾びていましたからな、ふひっ」
「なに笑とんねん」
動けないダーカメの代わりに、足を引きずるダイスケがプレラーティの頭にツッコんだ。
「……ダーカメ」
ダンとシュウに肩を貸してもらいながら、ナミラが静かに言った。
「…………ホンマに腹立つわ。ホンマ、こんだけのことして負けたってのに、腹立つほどスッキリしとる」
レイイチに目配せをし、拡声器を口元に当てさせたダーカメは、大きく息を吸い込んだ。
「連合のもんは武器を捨てぇ。この戦、ワイらの負けや!」
シルフが運んだそよ風に、歓喜と悲嘆が入り混じ合う。
セリア王国史においてセキガ草原の戦いと称される戦は、こうして幕を閉じた。




