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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部二章 西に行くもの
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『セキガ草原の戦い せめてもの』

「褒めてやろう……この、私を、ここまで、追い詰めた、ことを」


 火と黒煙、流れた血のまとわりつくような匂いが、風に乗ってやってくる。

 広大な草原の美しさは消え去り、終わる気配のない戦いが支配するセキガ草原。

 激しい戦火から外れた空に、睨み合う二つの影があった。


「だが、もう終わりだ……私は、大天使サン・ジェルマン。負けるはずがない」


 神々しくあった光の体は、見るも無残に乾き干乾びている。

 にも関わらず、サン・ジェルマンは不敵に笑った。


「見よ、これが私に与えられた翼! 左に破壊、右に滅び! これこそ大いなる意思である!!」


 あらゆる負のエネルギーが収束したような、おどろおどろしい大翼。

 空が赤黒く染まり、大気すら歪んでいく。

 離れた地にいる仲間たちも、不吉の顕現を感じ取っていた。


「そうか。その力で、大昔は世界を滅ぼしたんだな」

「その通りだ! そのときも、勇者を名乗る愚か者が止めようとした。私は彼らに言ったのだ『恐れることはない。等しく皆、滅ぼされるのだから』と」


 追憶の笑みはすぐに鳴りを潜め、怒りと恨みの激情が顔に張り付いた。


「だが! お前は、貴様だけはそれすら許さん!! 恐れおののけ、苦しみ絶望しろ! すぐには殺さん、楽には死なさん! 身動きひとつ取れないまま、最期まで生きろ。自らの無力と愚かさを嘆いて、仲間の死と滅亡を焼き付けろ!!」

「それだけか?」


 吠えるサン・ジェルマンに、ナミラは静かに呟いた。


「……なんだと?」

「それだけでいいのか? 永い時を生きたにしては、哀れな遺言だな」


 闘竜鎧気の周囲に、粉雪のように細かくキラキラと輝くものが集まっている。


 そんなこと、憤怒に染まったサン・ジェルマンには関係ない。

 世界に轟く雄叫びを上げると、広げた翼が輝き始めた。


「『我万象王也ゼノ』」


 黄金の球体が、大天使を包み込む。

 内と外からせめぎ合う力は、どちらも滅亡を呼ぶ破壊力を持っている。


「こんなああああああああものおおおおおおおおおおッ!!」

「ぬううううううう!」


 ナミラの技の威力は、魔喰戦のときよりも上がっていた。

 それは、宿す魔力の増大による上昇だけではない。


 さきほど周囲を漂っていた光の粒子。

 万象王ゼノが存在のルーツに持つ花たちから送られた、小さくも尊い命の力。ひとつひとつは僅かであっても、今は各地に咲く花たち。

 種蒔き芽吹き、咲き散るだけの彼らが、初めて意思を持って力を分けた。


 その理由を知る者はナミラだけ。

 大天使も知る由のない、ひとつの奇跡。

 歴史に名も残らぬ花屋の少女が繋いだ花が、滅びた世界を救った。ひとつが万象王となり、その後続く数多の物語を生むこととなった。

 二つの前世が蘇った今だからこそ知り得た、小さくも壮大な恩。


 ゼノの前世は感謝に打ち震え、少女の名を口にした。


「マーガレット、我は貴女になにを返せよう。今に続くこの自然は、貴女が紡いだもの。しかし、同じ肉体に宿る前世である我には、なにを与えることもできない。同じ人間となった我は、貴女のために咲くこともできない」


 マーガレットの前世はなにも望んでいないことを、ゼノは理解していた。

 だが、仮にも精霊族の頂点に立った万象王。

 なによりも尊い恩人になにもしないということは、たとえ相手が自分自身であっても許せない。


「ならば、だからこそ」


 込める力が増大する。

 大自然のすべてが協力を惜しまない。

 万象王が命ずるまでもなく、次々に魔素が運ばれてくる。


「奴だけは必ず倒す! これがせめてもの恩返しである!!」


 森羅万象が同じ目的のため、ひとつになった。


 大恩人に報いよ。

 過去現在未来に至る感謝を捧げよ。

 かつて存在したであろう自然を破壊し、愛すべき少女マーガレットを殺した宿敵を滅せよ!


「ぬおおおおおおおおおおおおお!!」

「そんなに大層な力なら……返してやろう!」


 翼を羽ばたかせ、球体から抜け出したサン・ジェルマンは、自身を苦しめた技を弾き返した。


「キャハハハハハハ! わざわざ集めた力に飲まれてしまえ!」


 勝ち誇った笑みが浮かぶ。

 ナミラは避けることも防ごうともせず、万象王の奥義を受けた。


「おおおおおおおおおおおおっ!」


 すべてを滅する黄金の輝き。

 美しい完全な球体であった光は形を変える。

 それは十万年前ではあり得なかった現象であり、ゼノや数多の前世を持つナミラだからこそ、成し得る偉業である。


「闘魔……融合っ!!」


 生まれた新たな姿。

 この世のなによりも神々しく、強く、偉大で、優しい光は、大天使の目すら奪った。


天上天下唯我独尊ゼノ・アドレイション


 輪廻の中で高められた闘気と魔力、そして女神からのギフトを持つナミラ以外、何人たりとも到達できない極地である。


「この……女神の戯れが……こんな……」


 止まらない震えは、怒りのためか恐怖のためか。

 理由はサン・ジェルマン本人にも分からない。


「なら……先にこちらを!」


 狂った視線が、戦い続ける人々に向けられた。

 中でも奮戦を続けるダンやアニ、シュウたちにはとびきりの殺意が送られている。


「やめ」

「消え去れえええええええ!」


 たった一瞬、されど一瞬。

 出来上がったばかりの力はナミラの反応を遅らせ、禍々しい攻撃を許してしまった。


「「超破状紅閃ちょうはじょうこうせん!」」


 しかし、滅びを宿した一撃は赤と黄色の光に相殺された。

 

「なにいぃ!?」

「「前から言おうと思ってたんだけど」」


 重なる二つの声が、ドヤ顔で笑う。


「「お前の香水臭いんだよ」」


 こちらは愛が起こした奇跡。

 ガオランとアーリがひとつになった雌雄融合体、ガーラであった。


「ガーラ!」

「「こっちは気にすんな! 思いっきりやっつけてやれ!!」」


 突き出された親指に頷き、ナミラはサン・ジェルマンへ斬りかかった。

 激しい憤りに染まった醜き大天使も、倒すべき敵を迎え撃つ。


「ナミラ・タキメノおおおおおおおおおおおおお!」

「サン・ジェルマン!!」


 ぶつかる二つの力。

 放出される滅亡と、振り上げられた希望。


 拮抗はほどなく破られ、一方に終焉が迫る。

 永きに渡り生命を翻弄してきた大天使サン・ジェルマンの身に。


「なんだとおおおおおおお!? ふ、ふざっ、ふざけるなああああ!!」


 どれだけ叫ぼうと、ナミラは止まらない。

 気の遠くなるような永い時の中で紡いだ命の力は、生きる意志は止められない。


「私は大天使だぞ! 大いなる意思の御使いだぞ!」

「そうか、そりゃあすごいな。けど」


 竜心の刃が咆哮に似た音を轟かす。


「使いっ走りに用はねぇ!!」


 ついに、そのときが訪れる。


天命斬てんめいざん!!」


 命が起こした奇跡が、人の刃が大天使に届く。

 頭から真っ二つに、その身を両断した。


「ガ……アァ」


 今までが嘘のように、静かで弱々しい。

 滾り尽きる気配のなかったエネルギーは消え去り、見る影もない。ナミラの目の前には、人の形をした土くれがあるだけだった。


「サン・ジェルマン……お前、まさか」

「そう、さ……私は……ただの……人形だ……大いなる意思に……従うだけの……」


 口だけが微かに動く。

 変わり果てたサン・ジェルマンは、足元からボロボロと崩れ始めていた。


「言え。大いなる意思とはなんだ」

「お前が……それを聞くか……さっき、思い出さなかったのか?」

「なに?」


 ナミラが眉をひそめると、口角が歪に持ち上がった。


「キャハハ……そうか、それがお前の呪いか……いい気味だ……女神も、まだ、救われないようだな……」

「待て、なんの話だ! シュワ様が救われないって、どういうことだ!」

「……私が言うことでは、ない……呪いがあるならば、それは大いなる意思の……望み。だが……嗚呼……今まで尽くした私の最期が……これも、貴方の望みだと言うのなら……」


 体の崩壊が速まっていく。

 まるで、サン・ジェルマンの口を封じるように。


「サン・ジェルマン!」

「神話を調べろ……始まりの物語を……なにもしないよりは……マシだろう……」


 絶望による自暴自棄か、乾いた笑い声が虚しく響く。


「初めて……逆らった……なんだ、案外簡単ねぇ~ん……キャハハハハ」

 

 サニー・ジュエルの声を残し、大天使は消えた。

 

「ぐうっ!!」


 新たな謎に思考を巡らせることも難しく、強大な力の反動でナミラは激痛を感じ、落下を始めた。


「「ナミラ!」」


 闘気は消え、受け身も取れない体をガーラが受け止めた。


「ありがとう。それより、みんなを。二人の、お父さんを助けてやってくれ」

「「あぁ、そのつもりだよ。でも、お前を王様のところに送ってからな。大丈夫だって、みんな強いから!」」


 頼もしく笑ったガーラは、風のように戦場を駆け抜けた。


 ナミラとサン・ジェルマンの戦いは、激しい戦火の最中にあって多くの兵士が目撃した。二人の間にあった因縁は知らずとも、その勝敗は多くの者に影響を与えることになる。


 強大な力を持たずとも、未来と命を懸けた戦い。

 今を生きる人々の大戦は、まだ終わっていない。

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