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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部二章 西に行くもの
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『セキガ草原の戦い 繋がり』

「どこだ、ここは」


 ナミラの魔法により転移したサン・ジェルマンは、周囲を睨む。

 晴れ渡っていた空は暗く、セキガ草原の青々とした草は一本も無い。代わりに、砂だらけの黒い大地が広がっている。 

 果てしない闇に浮かぶ大天使は、自身が太陽にでもなった気分だった。


「エルフたちと進軍中、俺がなにもしてなかったと思うか?」


 辺りに響くナミラの声。

 サン・ジェルマンはその姿を探すが、僅かな気配も感じられない。


「天使なんて存在は予想外だったが、サン・ジェルマンであることは看破してたんだ。なら、それなりの対策はするさ」


 光のかぎ爪を振り回し、剣を振るう。

 生まれた風圧と斬撃は、物言わぬ闇に消えてしまった。


「アーリの荷物に入ってた通信機を使って、アブダンティアに残ったレイミと連絡を取った。これは俺の個人的な頼み。ただ転送の座標を指定するだけだから、ミドラーの協力も問題はない」


 大天使は置かれた状況を整理する。

 この世の誰よりも永く存在するサン・ジェルマンに、知らぬ場所はない。この闇も見覚えがある。しかし、ずいぶんと久しぶりだ。

 

 どこで見た、いつ行った、そのとき誰がいて、なにがあった。


「お前は俺が知る中でも、最も高位の存在だ。それは認める」

「だからどうした!? 対策とやらは隠れ続けることか!?」


 ニヤリと笑うと、サン・ジェルマンは地上へ光線を放った。


 ここがどこで、ナミラがなにを考えていようと関係ない。一帯を吹き飛ばしてしまえばいい。

 国一つを焼け野原に変える一撃で、すべてを終わらせてやる。


 光はまるで大きな剣のように、暗黒を貫いた。

 大地に触れた瞬間起きる、無慈悲な爆発。


 そんな結果は訪れず、光線は音もなく消失した。


「なに!?」


 大天使が震え、狼狽する。

 目の前で起きた現象で、すべてが繋がった。


 ここがどこかも、ナミラの狙いも。


「やはりお前も恐ろしいようだな。天使も世界の理には逆らえないらしい。そうだよな? この大地は()()()()()()()()()()のだから」

「だ、黙れ! 姿を見せろ!!」

「言われなくとも!!」


 漆黒の砂が巻き上がり、地中からナミラが姿を現した。

 しかし、出てきたのは一人ではない。

 少年を慕い、忠義に燃える魔族たちが待ち構えていた。


「ここは元バーサ帝国! 魔喰に侵され、今は魔族たちが住む北の大地だ!」


 サン・ジェルマンは強過ぎるが故に、気づくのが遅れた。

 高位存在であるが故に、魔族以外ならとっくに侵食され塵と化している空で、輝き続けることができた。


 それ故に、力が削がれていることにも気づかなかった。


「同胞たちよ! 今こそ恩人に報いるとき! 蘇り強くなった我らの力、ナミラ・タキメノ様にお見せしようぞ!!」

「「オオオオオオオオオオオ!!」」


 吸血鬼ヴラドの声に合わせ、大地を埋め尽くす魔族たちが一斉に攻撃を開始した。


「ありがとう、助かった」

「とんでもありません。貴方様のためなら、我ら魔族は協力を惜しみませんわ。ナミラ様」


 そばに立つサキュバス・クイーンのマーラが笑う。

 以前会ったときよりも肌艶が良く、翼も胸も大きく立派になっていた。


「この件にセリア王国は関係ない。あくまで、俺個人の」

「心得てございます。ねぇ? 魔王様?」

「あぶぅ」


 マーラの胸に抱かれて、魔人の赤子がおもちゃを振った。


「まさか、この子がこんなに強力な結界を張れるなんて。おかげで塵にならずに済んでるよ」


 ナミラは、自身の力とは別の薄紫色をしたオーラに包まれていた。


「以前、テーベ村の子どもが転んでこちらに入りそうになりまして。そのとき、魔王様がこうして助けられたんです。本当に、これからが楽しみですよ」

「キサマラーーーー!!」


 裏返った声で叫ぶサン・ジェルマンが、怒りを爆発させた。


「こ、この大天使を前に、井戸端会議など……この程度で勝ったつもりか!?」

「そんなことないさ。本命はこっちだからな」


 ナミラの姿が陽炎のように揺れる。

 

 サン・ジェルマンは今見ていたのが幻影だと察し、本体を探した。


「こっちだ!!」


 頭上で響く声。

 見上げると、先程巻き上げられた砂が集まり、渦巻いている。


「そうか、魔王の前世!」

「気づいたところで遅い!」


 砂塵の嵐が光の天使を包み込む。

 その様子は、黄金色の稲穂に群がる害虫を思わせた。


「このっ! 砂ごときに!!」


 どれだけ守りを固めても意味はない。


 ナミラは、サン・ジェルマンの力を魔力に似たものだと見抜いていた。

 闘気であれば話は違ったが、自分以外を見下す大天使に『勝ちたい』などという闘志が湧くはずはない。

 抵抗する体に、一粒の砂が触れた。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 そこから広がる光の陰り。

 炎が揺らめき消えゆくように、サン・ジェルマンは黒に覆われていく。


「舐め……るなぁ!!」


 カッと目を見開き、高速で回転して竜巻のような風で砂を吹き飛ばした。


「ここで終わってはくれないか……」


 ナミラは苦笑し、再び水の魔法を唱える。


「させるかあぁ!!」

「くっ!」


 回転の勢いを利用して、大天使が飛び出した。

 魔法の展開には、数秒間に合わない。


「ごあっ!」


 しかし、サン・ジェルマンの後頭部を閃光が襲った。

 いくら弱った状態であっても、大天使の隙をつくのは至難の業。しかも動きを止めるほどのダメージなど、サキュバス・クイーンであるマーラでさえ簡単にできることではない。

 だが、妨害の光はマーラの胸から放たれた。


「ぅちゃい」


 抱かれたまま空を見上げる、無垢な魔王の小さな手から。


「魔……王っっっ!! この糞餓鬼がああああ!!」

「礼を言う! 『改造術式展開 座標指定 障害なし 水縛の牢獄(アクア・プリズン)』」


 再び生じた水の牢獄に飲まれ、二人は北の大地から姿を消した。


 次にサン・ジェルマンが見たのは、一転して明るい空。

 そして、開けた闘技場に立っていた。


「おのれえええええ! どこに行ったああああ!!」


 生まれて初めて感じる屈辱に、思わず吠える。

 体の侵食は、止まることなく続いている。


「おぉ、来た来た。王国への侵入者となれば、儂も手を出さんわけにはいかんからのぉ」

「これまた珍妙なお客様でございますね」

 

 空と正面から老練な声が流れた。

 すでに雷の最高位魔法を唱えた、雷迅の賢者ガルフ。そしてウルミらメイドたちを従えた、タキメノ家の執事シャラクであった。


「ここは王立学院アインズホープの闘技場でございます。では、サン・ジェルマン様。歓迎致します」


 名乗りもしないまま、それぞれ必殺の技を浴びせる。

 雷の拳と三ツ目からの光線を先頭に、迷いのない殺意が襲いかかった。


「ふざけるなああああああ!! 身の程を知れ下等生物共があああああ!!


 最強の賢者の最強の一撃も、暗殺集団ベリアルを退けた力も、大天使には通じない。

 怒号に込められたオーラの放出で最高位魔法は弾かれ、執事とメイドたちは壁に飛ばされ激突した。


「ぬうううう!」

「こ、これは……」

「許さん、許さんぞナミラ・タキメノぉ! このサン・ジェルマンにこれほどの屈辱をぉぉぉぉ! 殺してやる! 滅ぼしてやる! まずはこいつらを跡形もなく」


 冷静さを失い呪詛に似た言葉を吐く背に、四本の刃が襲いかかった。


「我らアインズホープ四勇士!」

「人族の誇りを守るため!」

「祖国の未来を守るため!」

「貴様の首を取る!!」


 テネシー、ルノア、バーバラ、アレク。

 王国の未来を担う四人の若者たちが、世界を揺るがす敵に挑む。


「餓鬼共があああああ! この私に貴様らが触れられるものかあああああ!」


 鮮やかな奇襲だったが、光の剣がいとも簡単に防ぐ。


「触れてみせる!」


 衝突によって発生した稲妻にも耐える。

 闘気と魔力、持てる力のすべてを出しながら、アレクは叫んだ。


「戦地に行った友と約束したのだ。彼らが留守の間、この国を守ると。父に託されたのだ、未来を頼むと!」


 いくら四勇士であっても、サン・ジェルマンの力には及ばない。

 だが、光の顔はみるみるうちに強張っていった。


「ま、待て、その武器は……まさか、貴様ら!」

「我ら四勇士にして四天聖具の担い手! 我ら以外がこの刃に触れればどうなるか、知らぬわけではないのだろう!!」


 セリア王国に古くから伝わる四つの宝。

 北天槍ほくてんそうグングニル、南天大剣なんてんたいけんジョワユーズ、西天剣せいてんけんアスカロン、東天王剣とうてんおうけんエクスカリバー。

 強力な結界を作り出し、魔王すら退ける力を持つ人族の聖なる武器。選ばれし者以外が触れれば、必ず呪いを受けることになる。


 それは、大天使であっても例外ではない。


「おおおおおおお離れろおおおおおおお!」


 焦りと恐怖を隠そうともせず、サン・ジェルマンは悲鳴を上げた。

 どれであっても受けてはならない。

 砕けぬ刃なら、担い手を先に滅してしまおうと光線を放った。


「させんっ!」


 残忍な光を風が、火が、水が、土が防ぐ。

 四勇士の背後には、精霊族を束ねる四大精霊王たちが立っていた。


「自然界の魔素ごときがあああああ! 邪魔をするなあああああ!!」

「なにを馬鹿なことを言う」

「自然はどこにでもあるもんだぜ?」

「それに、ナミラ様の頼みを私たちが聞かないわけないでしょ?」

「なにより……人族を滅ぼすなど見逃すわけがなかろうて。ファラさんの菓子が食べられんくなるではないか」


 聖具を押し込む力に、風火水地の偉大な加護が加わった。


「どいつもこいつも愚かなことを! もういい、ダーカメの侵攻など待っていられるか! この世界も私が滅ぼしてやる! もう一度、一から作り直してくれる!!」

「人間を……この世に生きる生命をなんだと思っている……そのような愚行、このアレキサンダー・フォン・キングス・セリアが許さん! 獅子王の息子を舐めるなあああああ!!」

「黙れ下等生物!! この国諸共、全員消し飛ばして」

威光剣王剣クシポス・バシレウス!」


 大爆発の力を込めた全身に、剣で貫かれたような痛みが走った。

 目には見えぬ威光の剣が、天使の動きを封じる。

 歴史に名を遺す、偉大なる剣王エクスの前世が繰り出した王家秘剣の力である。


「威風堂々《アネモ・ダルメノス》!」


 さらに、突風にも勝る勢いでぶつかり、アレクのエクスカリバーを押した。


「みんな! このまま押し込めえええええ!!」


 ガルフが、シャラクが、ウルミと魔族のメイドたちも加わる。

 その場に生き物が存在することすら奇跡に思える、力のせめぎ合い。

 闘技場は瞬く間に崩れ、原型を無くしていった。


「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」

「あああああああああああああああああああ!!」


 光に亀裂が入る。

 生じた異常は止まる気配なく広がり、サン・ジェルマンは生まれて初めての敗北感を味わった。


「「はああああああああああああああっ!!」」


 四つの聖なる刃が光の体を裂いた。

 担い手である四人は、見た目よりも遥かに重い手応えを不思議に感じた。


「ア……アア……」


 大天使の体が、傷口から変異していく。

 枯れ枝のように乾き、土くれのように脆い。

 もはや光のヒトではなく、生きた木偶人形と呼べる風貌になりつつあった。


「コロス……許さ……ない」

「だろうな」


 この状況でも、ナミラは警戒を解かなかった。

 むしろ、追い詰められたからこそ、なにをしてくるか分からない。


 サン・ジェルマンは今、誕生して初めての苦境に立たされているのだから。

 

「ありがとう、みんな。あとは任せてくれ」

「あぁ……絶対に勝て」

「ご武運を」


 仲間たちから言葉を投げかけられながら、ナミラは転移の呪文を唱える。

 その間、瀕死の天使は黙って睨みつけていた。

 嫌に大人しく静かな敵の様子が、アレクたちにはこの上なく不気味だった。


「『改造術式展開 座標指定 障害なし 水縛の牢獄』さぁ、決着をつけようか」

「望むところだ」


 水に飲まれ、再び姿を消したナミラとサン・ジェルマン。


 二人が決着の地に選んだのは、今も戦火の消えぬセキガ草原であった。

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