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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部二章 西に行くもの
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『セキガ草原の戦い ぼうや』

「ナミラぁー!」


 天を仰ぐシュウの叫びがこだまする。

 

 血を流す息子。

 体を貫かれた息子。

 愛する我が子が、殺されかけている。


「行かせませんよ」


 涙を流し怒りに燃える父の前に、敵の将軍ダイスケが立ち塞がる。


「どけえぇぇぇぇぇ!!」


 怒りに任せた猛攻で斬りかかるが、空への道は開かない。

 

「シュウさん、落ち着け!」

「それでは勝てません! 連携を……くっ!」


 逆転しかけていた戦いに乱れが起きる。

 ナミラを知り慕う者であれば、反応は皆同じであった。


「いやあ! ナミラー!」

「おい嘘だろ!」


 アニたちも声を上げ、戦火の中から名前を呼ぶ。

 しかし反応はなく、地上に降るのは滴り落ちる血と、握ることすら叶わなくなった竜心だった。


 ナミラに仲間や家族の声は届かず、現実の空は見えていない。

 問答無用で流れ込む大量の命が、それぞれの人生を見せていた。

 万象王ゼノのように壮大な時を生きたのであっても、ひとつであればさほど問題はない。しかし、今回は違う。同時に見える複数の映像、流れる感情、死の断末魔。終わりの見えない蘇りに、心の処理が追いつかない。


「これ……は……」


 辛うじて保った自我の中で、ナミラは気づいた。

 

 今まで、最も古い前世は十万年前に生きたゼノだと思っていた。しかし、見える記憶にはそれより昔のものがある。各種族が栄枯盛衰を繰り返してきた世界にあって、それらはまるで異世界。文明や環境などという次元ではない、世界そのものが異なるようだった。

 

「……俺の前世であることは、間違いない……輪廻のひとつなら……女神シュワの冥界と繋がっているのなら……同じ、世界のはずだ」


 考えがまとまらない。

 今見たものに、無視できないなにかがある。しかし、思考が働かない。


 そのとき、最後に蘇ったひとつの前世が体を満たした。

 愛する少女と笑い合う平和な毎日。

 友と語り合うかけがえのない日々。

 そして殺し合った、苦渋の決断。


『あなたの……ためなら。私は、私は大丈夫だから』


 たしかに存在した命の物語。

 なのに、その記憶はどこか曖昧で断片的。囁いてくれた愛する人の顔も、友の名前も思い出せない。どれほど前を生きたのか、何者なのかも分からない。

 ただ、どの前世よりも強く気高く生き抜いた。

 出来事を思い出せなくても、感じたことは忘れていない。

 心に刻んだ想いは魂に宿り、今を生きるナミラ・タキメノに引き継がれた。

 

「そうか……これが始まり……俺の魂が、最初に宿った命か」


 きっとここに使命の秘密が隠されている。

 だが、今は思い出すことはできない。いや、できなくても構わない。それよりも、やらなければならないことがある。


「繋がった……サン・ジェルマンがどういう存在か……」


 蘇った前世のひとつが見ていた。

 ゼノの前の人生で、ナミラは花屋だった。無垢で優しく花を愛する平民の少女。

 だがある日突然、世界が終わる。

 すべてを飲み込む閃光に包まれながら、少女は足下に咲いていた一輪の花を庇い命を落とす。白く、小さな花だった。

 黒く焼け焦げた世界で、その花は助かった。ほとんどの命が滅び、新たな物語が生まれていく中、生き残った名もなき花は種を蒔き、世界に美しさを取り戻していった。

 そうして根付いた子孫の花が魔力を得て、永い年月を生き抜き、新たな存在となった。

 

 この世で最初の精霊。

 自然界すべてを統べた至高の存在、万象王ゼノに。


「……さて、このまま塵にしてやろう」


 耳に入り込んだ不快な声。

 

 最初の断片的な記憶にも残っていた、光のヒト。

 愛する者を嘲笑い、想いを馬鹿にし、未来を侮辱した者。

 花屋の少女が死する直前に聞いた、世界を滅ぼした者と同じ声。


 全生命の敵、大天使サン・ジェルマンの声が、怒りと共に意識を現実へと引き揚げた。

 

「許……さない」


 肉体に走る瀕死の痛み。

 体中の生命力が、風穴から血と共に流れ出してしまった感覚がある。

 

 しかし、関係ない。

 魂に刻まれた数多の前世。

 彼らから与えられた燃え滾る力が、死にかけの肉体を動かした。


「まだ……終わってねぇ!!」


 血を吐き、吠えるナミラ。

 命の意地を視線に込めたが、大天使は嘲笑う。


「そのまま寝ていればいいものを、誠に愚かな。この状況からお前になにができる。ほんの少しこの腕に力を込めれば、体は粉微塵に」


 貫く腕をニヤリと見る。

 だが次の瞬間、地表から飛び上がった刃に斬り落とされた。


「なっっっにぃ!?」


 斬った刃はナミラの愛刀竜心。

 そして操る者も刀本人。

 刀身の材料となった牙の主であり、竜討伐者ドラゴン・スレイヤーユグドラの母。古代竜エンシェント・ドラゴンの魂が、眠りから目覚めていた。


「か、母さん」

「……言ったでしょう。貴方の危機には目覚めますって」


 竜心が静かに近づく。

 サン・ジェルマンは取り乱し、痛みに悶えていた。


「……ユグドラ、いえナミラ。僅かに残った私の魂、貴方に与えます」

「そ、そんな! そんなことしたら、母さんの意識は」

「消えるでしょう。ですが、今の私は魂の欠片。本当の私は、とっくに死んでいるのです。貴方も分かっているでしょう?」

「で、でも」


 温かい光の翼が現れ、ナミラを包んだ。

 ユグドラの記憶にある母竜の抱擁。死したのち奇跡の再会を果たした親子は、再び別れのときを迎えた。


「また……俺のために」

「えぇ、何度でも。私が私であるかぎり、変わりませんよ。だって、愛する子どものためなんですから……また会えて、本当に嬉しかった」


 生前の神々しい姿が浮かぶ。

 種族もなにもかも関係なく、人間の赤ん坊を我が子として愛してくれた偉大な竜。

 その命と力の片鱗が体に入り、傷を癒していく。


「もう言葉を交わすことはできなくても、私は貴方といっしょにいますよ」


 優しい声は耳ではなく、胸の中に聞こえた。


「ぼうやは良い子可愛い子 元気がいっぱい風の子 みんなが集まる大地の子 遥かに広がる海の子 あったか温もるほむらの子 幸せ運ぶ光の子 ぼうやは良い子可愛い子……」

 

 子守唄を口ずさみながら、かつての母は今度こそ永遠の眠りについた。

 

 しかし決して消えることのない愛が、ナミラに宿り溶け込んでいく。

 サン・ジェルマンには理解できぬ、熱く優しい揺るぎない力だった。

 

「滅びた竜風情が……この大天使に傷を!!」


 失った腕が再生し、禍々しいかぎ爪となり襲いかかる。

 プライドを傷つけられた怒りを込めた、油断も慢心もない一撃。だが、ナミラの振るった竜心はそれを弾いた。


「なにぃ!?」


 滾る力が天使を怯ませる。

 ナミラを包む闘竜鎧気は、今までのものより堅牢で力強い姿に変わり、生命の息吹を感じさせた。


「サン・ジェルマン、ここでお前を倒す!」


 まるで生まれ変わったような気迫。


 邪魔でしかない存在と上手くいかない思惑に、サン・ジェルマンは光を迸らせた。

 

「調子に乗るな、この下等生物がぁ!!」

「命を舐めるな、大天使!!」


 再び始まる異次元の戦い。

 

 同じ空間にいながら、地上の人間たちはなにが起こっているのかすら把握できない。


 一進一退の攻防。

 互いに決め手を欠き、戦いは永遠に続くように思えた。

 しかし僅かなきっかけで、拮抗は終わりを告げる。

 ナミラの体に、傷が入り始めた。


「キャハハハハハ! 所詮は人族! 獣人やドワーフより弱く、エルフや魔族よりも短命な弱き種族。この大天使に敵うはずがない!!」


 弾き飛ばされたナミラは、昇る黒煙を貫いた。

 その方角は、エルフの援軍が来た南西。

 トドメを刺そうと追いかけてくる姿を見ると、ナミラは笑みを浮かべた。


「行こうか、大天使」


 精霊の風が吹き荒れ、二人を包み込む。

 すぐにサン・ジェルマンによって消し飛ばされたが、風が止んだ周囲は今度は水に包まれていた。


「な、なんだこれは!?」


 水は有無を言わさず、ナミラごとサン・ジェルマンの動きを封じた。

 それは水の賢者ミドラーが操っていた、独自のアレンジを加えた牢獄の魔法。二度もその身で体験したナミラは術式を解析し、自らも会得していた。


「『改造術式展開 座標指定 障害なし 水縛の牢獄(アクア・プリズン)』」


 抵抗される前に、二人はセキガ草原から消えた。

 

 しかしそれは、しばしの離脱。

 再び姿を現したとき、その勝敗は決する。

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