『父 その2』
「待ってろよナミラあああああ!」
王国の兵士に支給される鎧を身に纏い、右手に剣と左手に盾を持ち、背負った麻袋に大量のポーションを詰め込んだ男が叫んだ。
「この北方第三小隊所属、北の砦一番の台所担当! 大好きなお父さんが行くからなナミラああああ!」
男の名はシュウ・タキメノ。
二か月前から村に帰ってきている、ナミラの父である。
「呼んでるぞナミラ」
「こっち来るよナミラ」
「ほら、手でも振ってあげなよ」
「今他人のフリしてんの!」
顔を真っ赤にして、ナミラはダンの背後に隠れた。
「ぁぁああああっているうぅぅ!?」
そのままの勢いで森に突っ込む予定だったシュウは、四人を見つけて頭から転んだ。
周囲の笑いに晒されながら、シュウは起き上がりナミラたちに駆け寄った。
「大丈夫か? 怪我はないか? って、このガルゥ……お前たちがやったのか?」
顔の熱さが冷めないまま、ナミラが頷いた。
「馬鹿野郎! 子どもが無茶すんじゃねぇ!」
「もう終わってんだよ、その流れ!」
ガイが兜の上からシュウを殴った。
「なにすんだガイ! お前みたいにハゲたらどうすんだ!」
「なんだと万年平兵士! だいたいなんだ、砦一番の台所担当って情けねぇ肩書きは!」
「俺の卵焼きが一番人気あるんだよ!」
「知るか! そんなもん兵士が誇んな!」
二人の父親は、ナミラ達をそのままに取っ組み合いの喧嘩を始めた。
「がはははは! いいぞ、やれガイ!」
「シュウ! 砦の兵士が酒場の親父になんか負けんなよ!」
「……また始まった」
シュウとガイは幼馴染だったが、些細なことですぐ喧嘩をする仲だった。
だが、このやり取りを楽しみにしている人もいて、シュウが帰ってきたときに訪れるちょっとした村の風物詩になっている。
しかし、子どもであるナミラとアニは、恥ずかしさでため息をつくのがお決まりとなっていた。
「はぁ、はぁ、とにかくだ。無事でよかった」
引き分けに終わった相手を背に、シュウがナミラの頭を撫でた。
「帰ってきて、みんな立派になってたのには驚いたけどな。あんまり、無茶したらダメだぞ? ナミラはすぐお腹が痛くなるし、暗いとこ一人で行くと泣いちゃうだろ?」
「な、何歳のときの話だよ! もう大丈夫だって!」
ナミラは声を裏返らせて反論したが、ダンたちに笑われてしまった。
シュウはあまり家に帰ることがなかったからか、未だにナミラのことを幼い子どものように扱う癖がある。
「親にとっては、いつまでもかわいい子どもなんだよ。ほら、このポーションやる。みんなで使いなさい」
「あ、ありがとう」
ナミラは真っすぐ見れない親の視線を感じながら、麻袋を受け取った。
「さて、討伐がなくなったのなら俺も一旦帰るか。ナミラ、今日は晩御飯にお父さん特製の卵焼き作ってやるからな!」
「手柄作れよタコ」
「うっせぇハゲ」
解散を始めた冒険者たちをかき分け、シュウとガイは兜とスキンヘッドを光らせながら、大人げない鬼ごっこで去って行った。
「ねぇねぇ、ナミラ。勉強会しようよ~」
「みんなじゅんびできてるんだよ! アニお姉ちゃんはやくぅ!」
いつの間にか集まっていた村の子どもたちが、待ってましたとばかりに声を上げた。
それぞれ甲高い声で、ナミラたちの足元に群がり服や持ち物を引っ張った。
「うわわ、ちょっと待てって。あ、おい! 杖にしがみつくな! すんごい古いんだから!」
ナミラが持つ杖はアルファが生前使用していたもので、ゲルトが二年前の誕生日にくれたものだ。
これに触れることで前世が蘇ったが、二〇〇年の年月を経ており、素材となった木が珍しい骨董品の扱いを受けていた。魔法を使うには年季が入っている分、むしろ使いやすい。だが、やんちゃな子どもの力任せな駄々っ子には、どれだけ耐えられるか分からない。
「あっはっは。行ってやれよ、ナミラ。いつもこの時間はチビたちの勉強って決まってただろ? ガルゥの死体は俺様たちが道具屋に持って行くからよ。なぁ、デル?」
「はいはい。でも、ダンちゃんは一緒に勉強したほうがいいんじゃない?」
「気遣いありがとう、デル。お礼に俺様が特別授業をしてやろう。関節技だ!」
笑いながら走り出したデルを、ダンが荷車を引いて追いかけた。
「……ったく、どいつもこいつも。みんな見たわね? みんなは、あんな大人になったらだめよ?」
「あはは。さ、いつものとこに行こう。勉強会始めるぞー!」
子どもたちは「わーい!」と声を上げ、村はずれの丘に向かった。