『セキガ草原の戦い 援軍』
「ナミラ!」
「ナミラぁ〜」
デルとアニが涙を浮かべて名前を呼ぶ。
安堵と喜びが、全身に満ちている。
「遅いんだよ、てめぇ」
しかしダンは震えながら、その背中を睨みつけていた。
「覚悟はいいんだろうな?」
なにも知らない者が見れば、怒りに震えたダンが今すぐにでも襲いかかると思うだろう。
だがナミラは振り返り、笑った。
「もちろんだよ、団長」
「言ったな? なら」
止まない攻撃に、大型ゴーレムが加わった。
砲弾の影が太陽を遮る。
「速攻で合わせやがれ!」
「応!」
二つの闘気が重なり、荒ぶる竜の力を顕現させる。
「「双竜豪天衝!!」」
二頭を持つ闘気の竜が、浴びせられる攻撃の一切を消し飛ばす。
周囲の敵を蹴散らし、数万の軍を蹂躙し始めた。
「これでいいか? 団長」
「おうよ。ま、助かったぜ」
二人は熱い握手を交わし、笑顔を見せた。
「申し訳ないけど、俺は他のところにも行かなくちゃいけない。たぶん、豪天衝もじきに破られる。まだ三人には戦ってもらいたいんだ……」
「当たり前だろ、そのために来たんだから」
「まぁ、休んでいいなら遠慮なく休むんだけど」
「ここからが本番でしょ!」
ナミラの心配をよそに、幼馴染の三人は頼りがいのある言葉を口にする。
心に沸いた感謝と感動に涙腺を刺激されながら、ナミラは三人をまとめて抱きしめた。
「ありがとう。でも、ちゃんと援軍は残しておく。ちょっとクセがあるかもだけど、仲良くしてくれ」
体を離すと、背後に二つの人影が立っていた。
「ここは頼んだぞ、二人とも!」
手甲を鳴らす白虎の獣人少女と、槌を構えたドワーフの男の娘。
ガオランとアーリが、滾る戦意を燃やしていた。
「おう! 任せろ!」
「頑張るよ!」
二人は敵を見据え、強者の佇まいを見せる。
「ガルフ様が言ってた、連合でいっしょだった二人ね。よろしく」
アニが歩み寄り、笑いかけた。
「おう、よろしくな! お前ら三人も強そうだなぁ、さすがナミラの幼馴染!」
「み、みなさんのこともナミラくんから聞いてます。いっしょに戦いましょう」
「なぁなぁ、お前らこの戦いが終わったらアタシと一発ヤんねぇか?」
「「は?」」
さも当たり前のように、ガオランは明るい笑顔で言った。
テーベ村騎士団の三人はポカンと口を開けて固まり、ナミラは顔を引き攣らせた。
「ちょ、ちょっとガオちゃん!」
「大丈夫だよ、アタシの本命はアーリだからさ! なんならお前もいっしょにヤるか?」
「そ、そういう問題じゃ」
「なんだよ。ナミラとは三人でヤッたじゃんか!」
三つの視線が、飛行魔法で飛び立とうとしていたナミラに集まった。
「ナ~ミ~ラ~?」
そして今までのどの戦闘よりも素早く、アニの双剣が股間に突き付けられる。
「はっや!! ちょ、待ってくれアニ。今は急いで行かないと」
「いいのよ行って。ただ、お股のそれを置いていきなさい」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」
ダンとデルにもなだめられ、アニはしぶしぶ解放した。
「帰ったら……いや、終わったらちゃんと話してもらうから。モモちゃんもいっしょに」
「はい……えっと、みんな気をつけてな」
げっそりとしたナミラはなんとか奮い立ち、自軍の援護に飛び立った。
「なんだ、お前ナミラのことが好きなのか?」
すでに影すら見えなくなった空を見つめるアニに、ガオランが人懐っこく聞いた。
「えぇ!? い、いや、その……」
昔からその恋心を知っているダンとデルは、今さらなにを恥ずかしがるかと冷めた視線を送っていた。
「ちゃんと伝えたほうがいいぜ。ナミラは強くていい雄だから、ライバルも多いだろうし。あとたぶん……あいつは一生戦いから逃れられない。獣人族最強の前世があるんだからな。だから、いつなにが起きても不思議じゃない」
ガオラン真剣な表情に、憎らしく思っていたはずのアニはなにも言い返せなかった。
「あ、ありがとう……」
「おう! こっちもごめんな、人族はそういうの気にするの忘れてたよ。でも心配すんな! アタシの旦那はアーリだからさ! こいつもナミラに負けない強い雄だ!」
「そうなのね。なら頼りに……って雄!?」
驚きの自己紹介を済ませた五人は、攻撃の手も止まった阿鼻叫喚の敵陣に、さらなる混乱を与えるため走り始めた。
「モモ!」
開戦から休むことなく魔法を放ち続ける少女は、立っているのもやっとだった。
一瞬も緩むことのない緊張の中、ギリギリを保ち続けていたモモは、上空から聞こえた声に思わず涙を流した。
「ナミラくん!」
足がもつれて倒れた体を、ナミラがそっと支える。
国と世界の命運をかけた戦いを支えていたとは思えないほど、小さくて軽い。
「遅くなってごめん。今、豪天衝が敵をかき乱してる。少し休むんだ」
「大丈夫だよ……ナミラくんが来てくれたから、嬉しくて安心しちゃっただけ。まだやれるよ、えへへ」
「モモ……」
健気な献身が儚く痛々しく映る。
汗で張り付いた前髪をかき上げてやり、ナミラは優しく抱きしめた。
「ナ、ナミラくん?」
「ありがとう、モモ。回復魔法をかけるから、少しじっとしてるんだ」
「……うん」
こうでもしないと、モモはすぐに呪文を唱えてしまうだろう。
しかし今は、特別な想いを抱く腕の中で穏やかな表情を見せていた。
「……もう大丈夫。さ、ナミラくん。他の人も助けてあげて」
体を離し、ニッコリと笑う少女。
幾分顔色は良くなったが、普段を知る者からすれば弱々しい笑顔だった。
「……分かった。でも無理はするなよ? 俺もいるし、エルフも強い仲間も連れてきた。だから」
「うん、ありがとう」
モモがいなければ、この戦いは早々に決着が着いていた。
背負わせてしまった責任と役目に、ナミラはずっと罪悪感を感じていた。
「あ……そうだ。じゃあ、ひとつだけお願い聞いてもらってもいい?」
両目を隠す前髪を元に戻しながら、モモは頬を赤らめた。
「おう、なんでも」
「勇気と元気……もらうね」
熱く柔らかい唇が重なる。
小さな膨らみは恥ずかし気に震えながら、名残惜しそうに離れていった。
「な!?」
「えへへ……これでがんばれる」
二人が交わしたのは短いキス。
しかしそれは、極限状態の中で自分の気持ちを知り、愛に満たされた少女の内に力を与えた。
「……気をつけてな」
「うん。ナミラくんも」
束の間訪れた温かな時間は、かすかな余韻を残して消えた。
だが、もたらした効果は唯一無二のもの。
草原の東から、再び激しい魔法の照射が始まった。
――――
「ヒャッハーッ!」
雄叫びを上げ、ルイベンゼン王のいる本陣へ攻め入る敵影。
鉄騎馬と呼ばれるバイクに乗り、戦場を高速で駆ける。別動隊として後方から走り出した彼らは、気づかれないよう迂回したにも関わらず、戦いを終わらせる可能性を秘めていた。
「う、撃てぇ!」
王を守る兵の中から、炸裂音と銃弾が飛んだ。
連合から与えられた、骨董品と変わらぬ火縄銃。
ナミラが残した教練書を頼りに訓練し、これが初めての実戦。どうにか撃てるようにはなったが、まだ命中精度は低い。辛うじて当たりかけた弾も、素早い機動力に躱されてしまった。
「ヒャッハー! 本当にあんな古臭いもん使ってるのか! あれは連射できねぇ、このまま突っ込むぜぇ! ヒャッバァガァ!」
まっすぐに疾走る機影が、乗り手の血を散らせて倒れた。
まだ来るはずのない次弾が発射され、敵を撃ち抜いたのだ。
「な、なんだぁ!?」
「なんでこんな早く!?」
進路が乱れ速度が落ちる。
そんな鉄騎馬部隊を、さらに次の掃射が襲った。
「見たか、我が三段撃ちの妙技」
火縄銃部隊の中で、ニヤリと笑う魔族が一人。
別動隊の存在を察知し、部隊を指揮するために駆けつけ、この武器と縁のある前世の姿をしたナミラであった。
「第六代目、天魔王ノブナガ。初代だけが魔王の前世ではないのだよ」
口髭を撫で、不敵な笑みを強める。
底知れないオーラに、そばで見ている味方の兵も恐怖を感じた。
「さらに魔力で弾薬を強化し、貫通力と安定性を上げておる。現代の人族の王、獅子王もやるではないか……くそっ、これを生きているときに思いつけばっ!」
苦々しい思いを噛みしめる背に、棺桶を担いだ一人のメイドが降り立った。
「お待たせしました」
「シュラか。準備はできたか?」
「はい。時間がかかり、申し訳ございません」
スカートを持ち上げ、メイドの礼をしたままシュラが答えた。
「よい。元々、ヴェヒタの前世がやるものを無理矢理引き継いだのだ。本来戦闘用のお前に家事全般と合わせてやらせようとした、こちらの落ち度だ……と、ナミラも言っておる」
メイドを励ますなど前世では考えられなかった行動に、ノブナガは面白さを感じていた。
「シュラ、お前は右舷にそいつを届けろ。その後、戦況を見極め全体の援護に努めるのだ。そして、新型の相手を任せる。あれは古代文明中期にも並ぶ代物。再び動くようならば破壊しろ」
「承知しました……ナミラ様は?」
「……あそこだろうなぁ」
細い目をして空を見上げる。
暴れ回る双頭の竜。
なにかと戦いながら、雲の中に消えていった。
「……ファラ様が待っています。ご武運を」
「安心しろ。余がいるかぎり、キンカン頭以外には負けん」
ペコリと頭を下げ、シュラは前線へ向かった。
「さて、ここは任せるぞ」
天を仰いだまま、魔王ノブナガからナミラの姿に戻った。
闘気の光が雷鳴のように轟く雲を目指す。
その瞳には、魔喰のときと変わらぬ警戒が宿っていた。