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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部二章 西に行くもの
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『セキガ草原の戦い 一矢報いて』

 吹き抜ける風に、血と黒煙の匂いが混ざる。

 セリア王国の本陣では、獅子王ルイベンゼンが険しい表情を浮かべていた。


「状況は?」


 傍らに控えた遠見の魔法使いに声をかける。


「はっ。前線はなんとか、冥樹の中に押し留めています。遠距離攻撃も、モモ殿が中心となり常に迎撃中です」


 展開された魔法陣から、絶えず魔法が放たれている。

 モモのギフト【無限魔力】の為せる神業であった。


「魔力は尽きぬかもしれぬが、体力がどこまで保つか……前線の様子は分かるか?」

「はっ。シュウ殿は依然ゴルロイ、グリ、ダイスケの三戦士と交戦中。苦戦を強いられ、とても他へ行ける状況ではありません」

「まんまと抑えられたか……」


 妖精剣士の奮闘による士気の向上と、その強さを活かした撹乱。

 当初作戦の要としていた要因が、開戦早々に封じられていた。


「ドドン将軍率いる兵たちも、火器とゴーレムを相手に苦戦。攻めあぐねているようです。学徒隊はテーベ村騎士団を中心にまとまり、戦果を挙げています。しかし、連合は未だ様子見のようで……」

「いつ動いてくるか、だな。援軍は?」

「いえ……どこにも……」


 王は目を閉じ、急く心を落ち着かせた。


「敵の動きを常に見ておけ。奴らがさらに戦力を投じてきたときは……余も出るぞ」

「はっ!」


 王笏を握りしめ、悲鳴と煙の上がる戦場を凝視する。

 ダーカメと刺し違えてでも連合を止める覚悟であったが、獅子王の牙が届くかすらも怪しい。今はただ信じて待つしかできない自分が、心底歯痒く感じた。

 

「はやく……はやく来てくれよ、ナミラくん」

「へ、陛下!!」


 そのとき、遠見の声が本陣に響いた。


 敵陣前線に、ずらりと一列に並んだ大型ゴーレム。

 時計台と変わらぬ背丈の鉄の兵が背負っているのは、奇才プレラーティ自慢の新装備。魔力を溜めて収縮し、光線として放つ異形の砲台である。


「一斉掃射やー!!」


 通信を介して聞こえたダーカメの叫びを合図に、構えた百基から光線が放たれた。


 ゴオオオオオオオオオオオオオッ!


 広がりそびえる冥樹の根は、襲い来る光の帯に晒された。

 他の大型からの攻撃に手一杯で、モモは対処の魔法を唱えることができない。やがて根は焼かれ、弾け飛び、両軍を繋ぐ風穴が開通した。


「丸見えなったでぇ! 行ったれや!」


 新型は冷却のため、追撃には時間がかかる。

 しかし待ち構えていた多くの兵とゴーレムたちが、雄叫びを上げて突撃を開始した。


「迎え撃て! なんとしても耐えるのだ!」


 王の叫びに、勇敢な戦士たちが応える。

 後方に位置していた本軍が、決死の覚悟で駆け出した。


「……くそったれ!」


 焼け焦げた根を押しのけて、ダンが血の混ざった唾を吐く。

 光線の炸裂に巻き込まれて飛ばされ、負傷していた。


「ダン!」

「ダンちゃん、無事!?」


 アニがふわりと舞い降り、デルが音もなく着地した。

 しかし、二人にも負傷が見てとれる。


「おぉ、お前らも無事か! しっかし、厄介なことになったぜ」


 動き出した大軍は、先程の比ではない。

 個々に動いてどうにかなるとは思えなかった。


「早く私たちも援護に行かないと。シュウさんは?」

「向こうで戦ってたよ。とてもじゃないけど、余裕なさそうだった」

「そうか。なら、俺様がもう一発豪衝波を」

「危ない!!」


 降り注ぐ銃弾の雨あられ。

 アニが高速で剣を振るい、デルがナイフと糸の盾で三人を囲んだ。


「くっ!!」

「アニ!」

「大丈夫、腕にかすっただけだから」


 溜めが必要な豪衝波は、どうしても隙が生まれる。

 一度痛い目を見た連合軍で、待ってやろうと構える者はいない。絶えず浴びせられる鉛の大群に、デルはさらに守りの糸を紡いだ。


「くっそぉ! 絶対狙われてるよこれ! 集中砲火だよ! このままじゃ保たない!!」

「野郎……なら斬波で」

「ダメよダン! 今出たら、闘技撃つ前に殺られちゃう!」

「ならどうしろってんだ! 蜂の巣になるの待てってのか!?」


 互いの無事を喜んだ幼馴染み。

 しかし、常に状況が変化する戦場では、そのような時間は命取りとなる。後手に回った三人は、身動きすら取れずに降り注ぐ死の音を聞くしかなかった。


「デル!」


 張り上げた声に反して、ダンは穏やかに笑う。


「合図したら糸を解け。おかげで闘気も溜まった。斬竜豪衝波ぶっ放すから離脱しろ。お前たちなら、一瞬あれば十分だろ」

「は、はぁ!? こんなの浴びながら撃つつもり? そんなの無理だって!」

「そうよ! 馬鹿言わないで!」


 デルとアニが、青ざめて訴える。

 だが、ダンは静かに首を振った。


「全力全開の闘気なら、技を撃つまでなら耐えられるはずだ。いや、耐えてみせる。どのみち、このままじゃ三人とも死ぬ。一番多く生き残る手は、これしかねぇんだ」

「嫌だ……嫌だよダンちゃん……」

「ダメ、ダメよ。ナミラが来てくれるまで三人で待つの。絶対にまた、みんなで帰るの。ダン……ねぇ、お願い」


 弾丸の豪雨は止む気配すら見せない。

 それどころか、激しさすら増していく。


「ばーか、覚悟して来てんだろ? ここは戦場だぜ? それによ、誰かが体を張るなら最初は俺様って決まってんだろ。テーベ村騎士団団長なんだからよ」


 熱い熱いダンの闘気が、糸の繭の中で輝きを放つ。

 デルとアニは涙を流し、止める術を知らなかった。


「アニ、母ちゃんにはめちゃくちゃ立派だったって伝えてくれや」

「分かった……」

「デル、ナミラに会ったら俺様のぶんまで『遅ぇ!』つって殴っといてくれ。それから……」


 分厚い手を、震える肩に置く。

 二人は幼馴染みの中でも、最も長い時間を過ごした親友。ダンにとって、臆病で自分のあとをついて来るだけだったチビが、今じゃ体を張って仲間を守る男になっている。

 それが嬉しくて誇らしい。

 だから、全部信じて任せられる。


「あとは任せたぜ、副団長」

「了解っ……団長っ!!」


 ダンは両手で斧を掴み、意識を集中させる。

 

 恐怖はない、それどころか不思議と穏やかですらある。

 母親がそばにいるような安心感は、ナミラに聞いたウルティマに宿る古代竜エンシェント・ドラゴンのおかげだろうか。


「いくぞ」 

「……うん」


 悔いがあるとすれば、もっと親孝行をしたかった。

 そして、まだ顔も見せない幼馴染みの一人と並び、勝つくらい強くなりたかった。

 

 まぁでも、ある意味勝ったことにもなるか。

 俺様が二人のために死ぬんだ。

 あいつが同じことしようもんなら、ただの二番煎じだ。

 こいつらのために死ぬのは俺様一人で十分だからな、ナミラ!


「今だ!」


 陽の光が降り注ぐ。

 戦いの音が大きく響く。

 眼前に広がるは倒すべき敵。

 すべてを賭して葬る最期の相手!


 の、はずだった。


 全身を覆い尽くす闘気の中にあって、さらに輝く者がいる。

 浴びせられ続けた弾丸は、展開された防御結界の魔法に阻まれて、銃口を向ける敵兵はどよめいていた。


「みんなごめん、遅くなって」


 回復の魔法が降り注ぐ。

 その声が大きく聞こえる。

 眼前に立つは待ち望んだ背中。

 すべてを賭して守り抜く最強の友!


「ここからは俺も戦う!!」


 テーベ村騎士団団員、ナミラ・タキメノ。

 友と祖国の危機に今、戦場へ降り立った。



 一方、ダーカメとレイイチが乗る機動砦では、緊急の通信がけたたましいアラームを鳴らしていた。


「報告します! な、南西から敵です!」

「なんだと!? 王国の援軍か……どこの者だ!」

「そ、それが……」


 続いた言葉に、最高幹部二人は驚きを隠せなかった。


「エルフやと!?」


 広がる若草の上に、陽光を反射する美しい甲冑が並ぶ。

 長い耳を風に撫でさせ、静かな闘志を燃やし敵を見据える。


「我らエルフ族! 人族の国、セリア王国に味方する! ダーカメ連合よ、神秘の森で磨いた我らの力、その身で味わうがいい!」


 先頭で馬に乗るラライアの声は、戦場の隅々にまで届いた。


「タスレ! 見せてやりな!」


 頷いて矢を番える老エルフに続くのは、西の森の戦士たち。


「この技を種族の、世界の未来に繋ぐ架け橋とせん!」


 幼少からタスレに鍛えられた彼らには、絆と強さの象徴として一つの技が伝えられていた。


「闘技 虹光葬矢レインボー・アロー!!」

 

 草原に立つ誰もが見惚れた。

 振り上げた剣を降ろさず、構えた銃の引き金を引くことも忘れた。

 空いっぱいに広がる美しき虹。

 高く昇った黒煙をかき消す七色の光は、ほんの一瞬だが戦場に静寂をもたらした。


 しかし、光の尾を引く矢が連合軍に達したとき。

 断末魔の叫びが沸き起こった。


「かかれぇぇぇ!」


 銀光煌めくエルフの軍勢。

 風を味方に追い風浴びて、セキガの草原を駆け抜ける。


「古臭い耳長なんぞ、蹴散らしたれやぁ!」


 ダーカメの怒号が飛ぶ。

 兵たちは慌てて進路を変えるが、始めて目にする者も多い古の敵に混乱が広がり、牽制の射撃もシルフの風に阻まれていた。


「えぇい! ダイスケはなにをしている! 一刻も早く妖精剣士を倒し、エルフを討て!」


 レイイチも声を荒らげて指示を飛ばす。

 

「了解しました」


 返したダイスケの前には、膝をつくシュウの姿があった。


「というわけで、この三人を相手によく頑張りましたが、そろそろ終わりにしましょう」

「く、くそっ」


 主の危機に妖精たちがそれぞれの属性で攻撃を放つ。

 しかし、間に入ったゴルロイとグリの猛攻に阻まれてしまった。


「二人を操って、そうやってダメージ関係なしに使い倒すつもりか」

「まぁ、あの程度なら自分だけでも防げますけど、これからエルフを相手にしないといけないみたいで。体力の節約ですよ」


 言いながらのっそりと近づき、大剣を構える。


「でも、トドメはやらせていただきます」


 シュウは歯を食いしばり、悔しさをあらわにした。


「『風精霊の守護旋風(シルフ・サイクロン)!』」


 吹き荒れる旋風がシュウを包み守る。

 弾き飛ばす風圧と触れれば砕ける風速に、ダイスケは跳び退いた。


「あなたがエルフの相手……ですか。なら、お願いしましょうか」


 澄んだ男の声が、シュウの背後から聞こえた。


「おっと、俺も混ぜてもらいますよ。これで三対三だ」


 もう一つ続いた太い声。

 どちらも懐かしく、この上なく頼りがいのあるものだった。


「なんだ、お前たちは」


 ゴルロイ、グリと共に警戒の色を示したダイスケが呟く。


「おや、知りませんか」

「モグリだな、てめぇ」


 弓を持った長髪のシャインエルフ。

 そして大剣を担いだ若い冒険者が、シュウのとなりに並び立つ。


「レゴルス・モス・バラライカ」

「ゴーシュ・ヒキセロー」

「「北の三英雄参上!」」


 名乗りを耳にした周囲のセリア王国兵たちは、歓喜と士気の高まりを感じた。


――――


「報告します! 冒険者ギルドからも援軍が到着しました!」

「おぉ、来てくれたか! よし、余も出るぞ! この好機を逃すな!」


 東の本陣も慌ただしく動き出す。


 力の衝突はさらに激しさを増し、戦況は目まぐるしく変化していく。


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