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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部二章 西に行くもの
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『セキガ草原の戦い 開戦』

 セリア王国の北西、バルキン王国との国境に位置するセキガ草原。

 広大な緑の世界は、長い歴史の中で度々戦火に晒されてきた。そして今、この百年ほど平和であった大地は再び戦場と化す。


 東西に陣取った両軍は睨み合っていた。


 西軍は鶴翼の陣。

 数の利を活かして敵を包囲し、押し包むように攻撃を行う。

 東軍は魚鱗の陣。

 正三角形の陣形で、少人数を先頭に起き一点突破を狙う。


 王国の先陣に立つのは妖精剣士シュウ・タキメノ。

 左にダン、デル、アニのテーベ村騎士団。右に右大将軍ドドン。モモは後方の魔法部隊の中心で杖を握っている。


「予想通りの陣形やな」


 高所から見下ろすダーカメはほくそ笑んだ。


「油断なさらぬよう。シュウ・タキメノはもちろんですが、雷迅の賢者ガルフの娘も侮れません」

「せやな。でも使えて上級魔法やろ? 人数もあっちは数十人で、こっちは千人魔法使いがおるんや。負けることないやろ」


 レイイチの苦言も笑い飛ばす。

 進軍中、自軍の数を見慣れてしまったせいかダーカメにはセリア王国軍が、ひどく貧相なものに見えていた。


「まぁ、向こうの出方を見ようか」


 扇子を取り出し扇ぐ視界に、キラリと光るものが入った。


 シュウが掲げた、ミスリルの剣であった。


「行くぞ、セリア王国の勇者たち!」

「「おぉー!!」」


 響く勇ましい声に、背後の仲間たちは魂の叫びで応えた。


「勝利を我らにー!」


 土煙を上げ、騎兵と歩兵が突き進む。


 目指すは敵のど真ん中。

 たとえ行き先が、女神シュワの腕の中になろうとも。

 彼らの気持ちは同じであった。

 

 決して怯まず、ただ敵を討つのみ。

 我ら勇敢なるセリアの戦士。

 この身を王と愛すべき者たちに捧げる!


「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあおおおおおおおおっ!」」


 連合軍と比べ、圧倒的に少数。

 しかしその足は大地を揺らし、雄叫びは大気を震えさせた。


「やれ」


 レイイチの合図で冷たく向けられた、銃口と砲身。

 轟音と共に、無情な鉄と鉛の雨が降り注ごうとしていた。


 属性タイプ:樹

 出力:八〇%

 術式コード:上級魔法

 オーダー受諾しました。


 だが一足先に流れたのは、淡々とした音声。

 セリア王国の陣営、モモの杖からだった。

 

「いきます」


 モモは怖かった。

 今回は魔喰のときと違う。合戦の場に自分が来るなんて、夢にも思っていなかった。けれど怖いのは、傷つくことでも死ぬことでもない。


 大切な人たちがいなくなること。

 それがなによりも辛い。


 ダンも、デルも、アニも、みんな優しくていい人。

 彼らだけじゃない。シュウもルイベンゼン王も、兵の人たちもここに来るまで、とてもよくしてくれた。誰一人、失いたくない。


 ……修正……出力:一〇〇%

 上級魔法限界突破します。


 虐げられ実の親に捨てられた少女は、自らの才能と優しさを与えられた。

 未だ実感の湧かない恋をして、友達と笑い、人のぬくもりに触れた。

 もはや胸に孤独はない。

 あるのは燃える使命の炎。

 神から与えられたギフトの使い方が、今やっと分かった。


 かけがえのない大切な人たちを守る。

 この無限に溢れる魔力は、そのためにある!


「『冥樹デス・ツリー!』」


 幾重にも重なる魔法陣が空を埋め尽くす。

 タイミングを合わせて他の魔法使いたちも展開していたが、すべて霞んでしまうほどだった。


「なんやねんアレぇ!?」


 魔法陣から次々と巨大な根が現れ、先を行く味方を追い越していく。

 

「放てぇ!!」


 慌てて迎撃に移る西軍。

 砲撃の嵐が根を撃ち落としていくが、すべてとはいかず早々に被害が出てしまった。


「上級魔法でしょうが、これほど巨大で広範囲なものは見たことがありません。ガルフの娘モモ……これほどとは」

「見てみぃ……こんなん夢にも思わんわ」


 暴れ狂う根は大地を穿ち、地中を進み、地表を砕き、セキガの地形を変えた。

 両軍の間には複雑に入り組んだ冥樹の森が広がり、連合の地の利はなくなった。


「焼き払え! 賢者の娘のものは時間がかかるが、それ以外のものは普通の上級魔法と変わらん! 魔法使い部隊、詠唱開始! 中型から大型ゴーレム、火炎放射及びミサイル照準用意!」


 どよめく通信網に、レイイチの怒号が響き渡る。

 ここまで素早い判断と行動を取れる人物は、西軍の中でも限られている。


 しかし、東軍の中にも一人駆ける者がいた。

 張り巡らされた根を駆け上り、踏み台にして空高く跳ぶ。

 即座に指示に従った者はもちろん、目の前の光景に目を奪われていた西の兵たちは、たった一人の奇襲に気づくことなどなかった。


「くらいやがれぇぇぇ!」


 天に掲げた重厚な斧。

 雄叫びを上げるテーベ村騎士団団長は、鬼気迫る顔をしている。


 ダンは学院生活を通して、今までの自分を恥じていた。

 理解できないなりに学んだ知識と、テネシーたちと過ごした時間は、彼の世界を広げる。それまで毛嫌いしていた貴族たちが、自分では成し得ない政治や権力の複雑な世界で生き、国を支えていることを知った。王族の苦悩や決断、上に立つ者の責任を間近で見て、仮にも団長を名乗る自分が小さく思えた。


 田舎の村では知り得なかった、多くの人々の人生、そして素晴らしさ。

 少年の心は青年へと進み、芽生えたものは愛国心。

 故に沸々と煮え滾る、侵略者への怒りの塊。

 

 その背に背負うすべてのために。

 一切の手加減なく、奥義が放たれる。


「斬竜豪衝波ぁ!!」


 轟き輝く闘気の竜。

 かつてルクスディアに放ったときよりも大きく、雄々しい見た目となった剛腕の竜は、眼前の敵に襲いかかる。


「うわああああ!」

「ギャアアア!」


 狙うは魔法使いの集団。

 左右前後に点在する彼らを、魔法陣の光を餌に竜が滅する。


「大型ゴーレム部隊! なんとしても止めろ!」


 自軍の中では砲撃などできず、鈍重な鉄の兵士たちが己を盾に立ち塞がる。

 しかし、止められない。

 破壊し、吹き飛ばし、巻き込んで進み、ダーカメらがいる本陣を睨みつける。


「あらあら。元気な子ね〜」


 しかし、白いドレスが鼻先に現れた瞬間、豪衝波はバラバラに斬り裂かれ消えた。


「なに!?」


 ダンは相手を凝視する。

 微笑み、着飾った細い手には剣すら握られていない。

 真っ赤な口紅で投げキスをし、手を振るサニー・ジュエルは魔王よりも得体の知れない存在だった。


「……あいつはやべぇな……おもしれぇ!」


 悪寒の走った体を奮い立たせ、ダンは仲間の元へと降り立った。


「お、おおきにサニーちゃあああん!」

「……前衛の被害は甚大です。あの根の除去は、もうしばらくかかるでしょう」


 扇子を振り回すダーカメのとなりで、レイイチが重い口を開いた。


「で、なんや。一旦引いて根っこ消えるまで待てってか? アホ、そんなんしたら臆病者言われてまうわ」

「では……」

「小隊に分けてゲリラ戦やったろやないかい! 前もって言っといたターゲットの大まかな位置は分かるやろ? それさえ合えばええ。ただし、さっきの斧の兄ちゃんには仕返ししたれや」


 作戦を先に言われ、レイイチは苦笑した。


「では、そのように」

「おう!」


 ダーカメは視線を感じて、おもむろに振り向いた。

 

 噛み殺すような殺気。

 相手が見えないにもかかわらず、浮かんだイメージは獅子。

 西の支配者ダーカメは、東の王ルイベンゼンからのものだと理解した。


「おもろいやないかい。派手にやろうやぁ!」


 負けじと扇子を広げて見得を切る。

 効果はないが、自己満足は満たされた。


――――


「みんな、慎重に進め」


 迷路のようになった戦地では、シュウが兵を率いていた。

 こうなることは作戦のうち。

 すぐさま複数の部隊に分かれ、行動を開始していた。


「伏せろ!」


 一陣の風が吹き抜ける。

 黒い斬撃を伴う風を、なんとか防いだシュウは表情を険しくした。


「黒風のゴルロイ!」


 長剣を構える狼の獣人戦士。

 しかし、以前見た好戦的な様子はなく、目は虚ろだった。


「ぐおっ!」


 続いて襲ってきたのは重いメイスの一撃。

 大戦士グリの襲撃だった。


「なるほど。二人がかりってわけですか」

「違います」

 

 樹上からの声に見上げると、大剣を突き立てて大男が落ちてきた。

 ギリギリで躱し、シュウは睨みつける。


「お前は……ダイスケ・マトゥキ!」

「こちらは三人です。後ろの兵は下がらせていいですよ。あくまで今は、あなたが目的ですから」


 シュウさえ仕留めれば、他はいつでも殺せる。

 ダイスケの言葉からは、そんな不穏な意味を感じさせた。


「……これはしんどいな」


 苦笑いを浮かべながら、シュウは強敵たちと交戦を始めた。


――――


「各人、周囲の警戒を怠るな」


 小型ゴーレムを纏った部隊が、他国からの兵を率いて進む。

 小型は全身を包む等身大のものだが、動作補助や各種装備が搭載された万能スーツである。


「お、おい!」


 一人が違和感を感じて振り向くと、後ろに続いていた兵が消えていた。

 彼らの装備はセリア王国とほぼ変わらないものだったが、それでも戦力として計算していた。それが一切の音も声も出さずに消えるなど、信じられない。


「警戒態勢! 注意を」

「あ、あれ見ろよ……」


 隊員の一人に言われ、全員が指差す先を見た。

 

 彼らが見たのは、張り巡らされた糸の間に、味方の死体が何体も吊るされている光景だった。

 

「な、なんだよあれ!」

「落ち着け! 俺たちにはゴーレムがある! 大丈夫だ!」


 隊長の男は仲間に声をかけた。

 しかし、気づく。

 自分を含めた全員に、すでに黒糸が絡まっていることを。


「ぎゃっ!」

「があっ!」


 締め上げられた糸は、装甲を破り肉を裂いた。

 足を、腕を、首を切り裂き、ゴーレムの中が血で満たされていく。


「ホッホホウ!」


 ピンと張った糸の上で笑うと道化師。

 死を運ぶ装いとなったデルが、仕留めた相手を見下ろしていた。


「ゴーレムって言っても、鎧と同じで関節は弱いんじゃないかと思ったけど、正解だったみたいだなぁ。さてと」


 あちこちに見える敵影を見回し、まるで舞台上のようにお辞儀をした。


「ようこそ、死蟲の巣へ」


――――


 男はこれが初めての戦だった。 

 恐怖心をベテランに笑われ、戦場の厳しさと恐ろしさを説かれて脅された。

 

 しかし、実際はどうだ。

 なんとも美しい鳥が飛んでいるではないか。


「はあっ!」


 少女の舞に見惚れたまま、男は首を刎ねられた。


鳥爛舞闘ちょうらんぶとうよんの舞。死白鳥しはくちょう円舞えんぶ


 固まって根の世界に入り込んだ五つの小隊は、空から飛来したアニに翻弄されていた。

 初めは血飛沫を散らせた仲間を嘆き、殺意をもって反撃を返した。しかし今は、ほんの少しの抵抗しか見せていない。

 戦場に現れた美しい舞に目を奪われ、最期に見るのがこんなに美しいものでよかったと、微笑みすら浮かべているものもいた。


「敵に手加減はできません。けど……せめて安らかに」


 王都での生活で、さらに練度の上がった技と磨きのかかった舞。

 最新式の武器を使ったとしても、雑兵には止めることができない。

 瞬く間に周囲の敵は全滅し、アニは再び飛び上がり、舞い踊る。

 すべては愛する人たちのために。


――――


「撃て撃てぇい!」


 中型ゴーレムの部隊が、戦地のど真ん中で火力を見せつけていた。

 王都セリアルタにも来た、大口径の火器を搭載でき格闘戦も可能な機体。

 連合自慢の主力機は歩兵と共に進軍を開始し、開けた場所で敵と邂逅していた。


「この装甲はどんな刃も通さん! このまま押し通るぞ!」

「どっせええええい!」


 豪快な一刀両断。

 分厚い装甲を誇る二階建ての建物ほどのゴーレムは、一振りの斧に勝てなかった。


「なにぃ!?」


 立ち塞がるは一人の男。

 闘志燃える巨躯の斧使い、ダンである。


「かかってこい連合! このテーベ村騎士団団長ダン様が相手になってやる!!」


 雄たけびがこだまする戦場は、次第に激しさを増していく。

 

 セキガ草原の戦いが今、始まった。

 

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