『西軍』
ナミラたちがエルフと交渉を始めた頃。
ダーカメ連合、タマガン、レッドの三国は、東へ向けて進軍を開始していた。
「おー、上から見ると圧巻やなぁ。我らが連合軍は!」
自慢の機動砦から下を覗くと、ダーカメはテンション高く笑った。
酒の入ったグラスを持つ幹部たちも相槌をうったが、たった一人レイイチ・ベアは浮かない顔で椅子に座っている。
「なんや、まだ考え込んどんのかい。サニーちゃんに相手してもらうか?」
「あら、高いですわよ?」
「……なぜダーカメ様まで来たのですか」
髭もろくに剃らず、顔色も悪い。
病人と大差のない瞳が主を見つめる。
「何度も言ったやろ? この三国で組むんは初めて。いくら王がアホやからって、末端の兵に言うこと聞かせな戦にならんやろ。連合の長として、ワイが笑顔と金を振りまくんや。それに相手はセリア王国、さらに妖精剣士シュウ・タキメノ。単純に見てみたいねん」
「その妖精剣士の屋敷に行ったベリアルが、誰一人帰ってこないのにですか?」
重い言葉が沈黙を呼ぶ。
大地を踏みしめる砦の足音が、小さな振動と共に伝わった。
「……ま、それは予想外やったけどな。どんだけゴツいメイド雇っとんねん」
「ふざけている場合ですか! ただでさえ、戦場は危険だというのに。首都の混乱は鎮めて来ましたが、一時的なものです。賢者塔のミドラーもなにをするか分からない。あなたがいなければ、再び大きな混乱が起きる可能性があります。今後を考えれば、ダーカメ様はアブダンティアにいるべきだった!」
「それはちゃうで、レイイチはん」
不敵に笑う小柄な男。
しかし、その場の誰よりも底知れない重圧を放っている。
「機は熟したんや。今まではのらりくらりやってきたが、これからはちゃう。ワイらの力を世の中に見せつけていくときが来たんや。今までノーマークやった魔族が台頭してくるんやったら、なおさら急いどかんと。話題掻っ攫っていかれるで? ワイはこの戦を足がかりに、人族の頂点へ登る。セリア王国はちょうどええ相手や。ワイ自ら勝利宣言することにデッカい意味がある……って、レイイチはんもホンマは分かっとるやろ?」
「しかし……」
俯く男の胸中は複雑そのものだった。
ナミラがレイジの姿になったことは、誰にも言っていない。自身の内通を疑われないためだったが、それ故にナミラに対する想いが錯綜していた。
連合に仇なす敵として非情にもなれず、大切な者として見ることもできない。
しかし、ひとつだけ確かなことがある。
ナミラ・タキメノは、連合にとって脅威だという事実。
そんな相手と忠誠を誓った主を戦わせるなど、愚行としか呼べない。主の決断を否定し、それを責めながらも是とする矛盾した考え。側近であるからこその葛藤が、レイイチを苦しめていた。
「ナミラくんやろ? 心配なんは」
そんな右腕の心を呼んだかのように、ダーカメは笑った。
「まぁ、気持ちは分かるわ。親子共々無力化しよう思うて、屋敷に刺客送り込んだんやからなぁ。ガオランちゃんたちとどこでなにを企んどるか知らんが、絶対にいらんことしてくるやろな、あの子は」
「分かっているならっ!」
「でも関係あらへん」
人懐っこい笑顔の目が、冷たい光を放つ。
「もし首都を占領されても一切引かへんで? 逆に王都まで侵攻したる。戦場に現れたとしても負ける気せぇへんわ! ほら! よお見てみぃ!」
窓を開け放ち、ダーカメは風と軍靴の響きを浴びた。
「獣人国家レッドから、黒風のゴルロイと八千の獣人兵! ドワーフ王国タマガンから、大戦士グリと六千の重装歩兵! ワイらといろいろ仲のええ国々から、合わせて四万の歩兵と二万の騎兵。千の魔法使い! さらにエージェントと小型ゴーレム二千、中型千、大型三百、新装備の大型百や! これにプレラーティ博士の秘蔵っ子もおる。この最強軍相手に、たった一人の小僧がなにできる言うねん!」
両腕を広げ、広がる景色を包み込む。
まるで、すべて自分のものであるかのように。
「ギフト? 前世? クソくらえや! そんなもん、まとめて女神様んとこ蹴り返したるわ!」
振り返り、ここまで連れ添った幹部を見る。
そして最も信を置く男を、まっすぐ見つめた。
「のお、レイイチ! 約束忘れたんとちゃうやろな? ワイがお前に、この世で最高の景色見せたる言うたやろ! そんな湿気たツラで見んのかい!?」
レイイチの脳裏に、ダーカメと初めて出会ったときのことが蘇る。
そのときから今まで、揺るがぬ忠誠を貫いてきた。
理由はひとつ。
この小さな体の男に、無限の可能性を見出したから。
だから闇に手を染め、裏の道を生きる覚悟を固めた。
謀反を企てる者であれば、肉親であっても容赦しなかった。
すべてはダーカメの創る未来のために。
「……やっとマシな顔になったな」
初心の炎が燃えたレイイチを、ダーカメはにこやかに受け入れた。
「さあ、たまには幹部会らしいこともしようか! サニーちゃん、今の進軍速度やったら、ぶつかるんはいつでどこや!?」
「そうねぇ、だいたい七日後。セキガ草原の辺りかしら」
「上々! 数の利を活かせるわ!」
食べ物の並んだテーブルを叩き、滾る熱意を露わにする。
「ダイスケ! お前はゴルロイとグリ連れて、妖精剣士を抑えにいけ! 連合最強の力、存分に見せたれや!」
「押忍!」
扉のそばにいたダイスケが大きな拳で胸を叩いた。
「サニーちゃんは自由に掻き回してや。あ、敵にはならんどってな?」
「承知しました」
サニーが色っぽく、そして怪しく頭を下げた。
「博士! ゴーレムはもちろん装備全般は任せたで!」
「ふひっ、も、もちろんでございます。あのじゃじゃ馬も、必ず間に合わせてみせますよ。ふ、ふひひっ」
プレラーティが笑いながら汗を拭いた。
「そんでレイイチ!」
名を呼ばれた黒衣の男は、静かに背筋を伸ばしている。
「全体の作戦と指揮、配置諸々やってもらうで。できひんなんて言わへんよなぁ?」
「命令とあらば遂行するまで」
返ってきた言葉に、ダーカメは満足そうに頷いた。
「さあ、ダーカメ伝説の始まりや!」
酒を飲み干し、西の覇者は高らかに笑った。
大軍は東に銃口を向け、大地を揺らして進んでいく。