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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部二章 西に行くもの
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『我がままに』

 エルフの長老ラライアは、千年にも及ぶ人生でも経験のない事態に直面していた。

 獣人の少女とドワーフの少年が融合し、べつの生命体が立っている。

 好戦的な視線を向けながら、抑える気のない瑞々しい力を纏う。見た目だけで言い表すなら『半獣人』といったところか。


「でもまぁ……本気は出せそうだね」


 浮かんだ動揺をすぐに消し、冷静な警戒を全身に宿した。


「「おお……すっごいな、オレ」」


 ガーラと名乗った両性の半獣人は、対照的に自身の変化を喜び楽しんでいる。

 背丈は成人と並ぶまでになったが、中身は子供だ。


「「よっと」」


 落ちていたアーリの槌を器用に蹴り上げ手にすると、数回振り回してニヤリと笑った。


「「じゃ、いっくぜぇ~?」」


 ガーラの姿が消え、一陣の風が駆け抜けた。


 ギイイイイイイイイイイイイイインッ!


 次の瞬間、二つの長柄武器が交わり重い激突音を響かせた。


「くっ!」

「「はははっ! やっと余裕が消えたな」」


 先程までとは文字通り別人の動き。

 速度も力も、単純に二人を足したものを遥かに超えている。


「……そうだね。でも、調子に乗るんじゃないよ!」


 洗練された技が、とんでもない膂力のもと、とんでもない速さで繰り出される。

 

「「はははははっ!」」


 それを受ける相手は無邪気に笑う。

 本能の赴くまま、力の高まりのままにラライアの攻撃を真っ向から迎え撃つ。

 

 突き、薙ぎ払い、打ち落とし、蹴撃、拳撃。

 回転、カウンター、跳躍、フェイント。


 彼らにできるすべての動きが、惜しむことなく発揮される。

 武術の歴史に刻まれるであろう絶え間ない応酬だったが、視認できたのはナミラとレゴルスの二人だけであった。


「……すごい」


 戦士であるレゴルスは、目の前で繰り広げられる奇跡とも呼べる戦いに感激していた。

 しかし、同時に疑問と疑念がくすぶる。


「ナミラくん……いや、レオニダス殿。あの二人になにをしたのですか?」

「嫌やわぁ、そんな怖い顔せんといてぇな。それより、今は目の前に集中しとたほうがええで?」


 くすくす笑う女獅子。

 はぐらかし戦いに視線を戻したが、レゴルスはその瞳に悲しみを感じた。


 伝説の大戦士レオニダス。

 獣人の全盛期と言える時代に、最も栄えた大国を支えた守護の権化。

 現世に蘇った彼女は、子孫を見つめる遠い目の中にかつての日々を思い出す。



 無敵の大将軍レオニダス。

 当時そう呼ばれていたのは、金獅子の獣人である夫であった。


 幼い頃は故郷の村で共に過ごしたが、自分はその後両親に売られ、夜の踊り子になっていた。遠征中の野営地を訪れ、軍人相手に踊っていたら偶然再会。その場で嫁になれと口説かれ、抱かれ、翌日には獣人国家テルモピュライの公認夫婦になっていた。


 夫は手柄を立て続け、出世を遂げた。

 しかし、別れのときは迫る。

 無敵の大将軍は、不治の病に冒されていた。


「……我はもう永くない」


 ひと吠えで万人を震え上がらせる戦士が、病床で呟いた。


「嫌やわぁ、なにを言い出すん? 今、王様があんたのために、いろんな魔法やお医者さんを探してくれはっとるんよ? 王様とこんなべっぴんさんに心配される幸せ者のクセして、弱音吐いたらバチが当たりますよって」


 そばに座って手を握り、からかってやった。

 でも、自分の手は震えていた。握り返す力が信じられないほど弱くて、涙を堪えるのに必死だった。


「王の気遣いは光栄だが、間に合わんだろう。我が国は危機に瀕している。炎門えんもんで敵の侵攻を防がなければ、国土は蹂躪されるだろう……それができるのは、我だけだ」


 こちらは見ず、まっすぐ天井を見上げている。

 きっと、この人には迫りくる敵軍が見えていて、遠くに足音が聞こえているのだろう。


「頼みがある」


 やっと目を見てくれた。


「我とひとつになってくれ」

「あら、そっちは元気やの?」


 またからかって笑ったが、真剣過ぎる表情に見つめられ、笑顔を納めた。


「秘術だ。獣人に伝わる、雌雄融合の秘術」

「阿呆なこと言いなさんな!」


 呆れたフリをして顔を背けた。

 でないと、保てなくなった表情を見られてしまうから。


「あれは二人がひとつになって、新しい存在になるとかいう馬鹿げた術や! そんなもんより、子宝こしらえたほうがええって、わっちは常日頃言うとりますやろ!? それに愛し合うのと同じくらい、同等の生命力が必要なんどす! 今のあんたと、わっちがやったら……あんたは……」

「我としての意識はなくなり、お前に取り込まれるだろう。新たな姿ではなく、新しいお前が生まれることになる」

「そんなん嫌どす! 絶対に嫌や!!」


 重症の病人に向けるには、体に障る叫び声。

 でも、あの人は優しかった。


「聞いてくれ。我は怖いんだ」

 

 ハッとして顔を見てしまった。

 自分だけでなく、夫も涙を流していた。


「……戦場には、死が常にある。当たり前に、いつどこにでも。弱き者が早々に死ぬのはもちろん、百戦錬磨の戦士が流れ矢に当たることもある。誰もが尊敬する大軍師が、夜の排尿中にふぐりを毒蛇に噛まれて逝くこともな」


 つい、笑ってしまった。

 涙を流したまま、二人で声を出して笑った。

 あんなに笑ったのは、夫が病気になって初めてだった。


「……でも、侵略はそうとはかぎらない。死以外の屈辱が蔓延っている」


 笑顔が引っ込み、暗い顔になる。


「我は怖い。自分の死よりも、美しいお前が穢らわしい雑兵に犯されることが! 陵辱と屈辱を受けながら弄ばれ、死すら許されず、最期はゴミのように扱われることがっ!」


 きっと、実際にその目で見てきたのだろう。

 いくつもの戦場を渡り歩いた大将軍は、略奪などの行為を毛嫌いしていた。

 牙を剥き出しに唸り、力の入らぬ指で拳を作った。


「我がお前に溶け込めば、我が持つ力はもちろん、戦の経験も手に入れることになる。そうなれば!」


 言いたいことは分かる。

 この人は男としての気持ちと将軍としての使命、どちらも諦めきれないのだ。


「……それで、ただきれいなだけの踊り子に戦え言うん? 戦場に出て、あんたの代わりに?」

「頼む。お前しか託す者がいないのだ」

「なんで?」

「我がこの世で愛した者は、妻コルコだけだからだ!」


 まっすぐで嘘偽りのない目。


 不器用で、融通が利かなくて、女心が分からなくて、表裏なくて、純粋で、強くて。

 世界一愛しい男の顔だ。


「……いけずやわぁ……ホンマにいけず……そんなん言われたら、嬉しいやん……そんな目ぇされたら……断われへんやん……」


 もう駄目だった。

 涙が止まらなくなった。顔の毛が濡れて嫌ややから、泣き顔はほとんど見せたことなかったのに。


 抱きしめ合って、キスをして、呪文を唱えた。


「……我はいつもお前の中にいる。お前を見守り続けている……愛している、コルコ。誰よりも、なによりも……」


 最期の言葉は、ずっと耳から離れなかった。

 光に包まれたあと、目を覚ますと床には一人しかいなかった。


「嗚呼……ここにおるんやね」


 でも、胸の中に熱いものを感じた。

 それが愛する夫であると本能で分かった。


「……ほんなら、行きましょか。わっちら夫婦の愛、この世界に見せてやりましょう」


 その後、夫とひとつになったコルコの活躍により、獣人の大国は滅びの危機を脱した。

 彼女はあくまでレオニダスを名乗り、軍を率いる大将軍、敵を打ち払う大戦士として戦場を駆け抜ける。同時に、雌雄融合を単なる噂として広め、記した資料をすべて消し去った。その行為にどんな意味があったのか、本人しか分からない。


 夫の死から三十年後。

 十万の大軍に僅かな兵を率いて挑み、再び国を守ったことで伝説の大戦士は没した。

 彼女の死後。遺体から取り上げられた赤ん坊が、ガオランに血を繋ぐことになる。秘術を使う前に身籠っていた命が、時を経て産声を上げたのだ。


 それは秘術の効果か、それとも二人の愛か。

 理由はレオニダスにも分からない。



「なるほど……では、あれは」

「そう。愛の力って言ったら素敵やねぇ」


 朗らかなレオニダスとは対象的に、厳しい表情のレゴルスは拳を握り締めた。


「はあああああああっ!」

「「でやああああああああっ!」」


 隠れ里始まって以来の激しい攻防は、より過激になっていく。

 視認できない者たちも、棍と槌の衝撃音と二つの雄叫びが上がる場所から、目が離せずにいた。


「ぐっ!?」


 拮抗した戦いは、瞬きほどの一瞬が命取りになる。

 

 常人なら見逃す棍の持ち替えの隙を突かれ、ラライアが体勢を崩した。


「「もらったあ!」」

「御免」


 好機とばかりに突進したガーラだったが、側頭部を狙った一矢が飛来し、回避のために距離を取った。

 

「レゴルス! なんのマネだい!?」


 真剣勝負に手を出したのは、レゴルスだった。

 弓を持ったまま、妻のとなりへ風のように移動した。


「余計なことを! なにをして」

「勝手で余計は承知の上。ですが、私にも戦う権利がある」

「守護戦士長のことかい? 今はそんなこと関係な」

「貴女の夫だからだ」


 怒り見下ろすラライアの手を、レゴルスはそっと握った。


「あの日、まだ少年だった私は誓いました。貴女を守る男になると。貴女を幸せにすると。だから、たとえどんな場であっても、貴女が傷つくのを見逃すなんてできません。相手も元々は二人。そして愛する者同士なら、こちらも同じようにしていいはずです」

「へ、屁理屈を言うんじゃないよ! レオニダス……だっけ? あんたもなんで止めないんだい!」


 先程までの勇ましさは鳴りを潜め、長老のダークエルフは頬を染めた。


「わっちはそんな無粋なことせぇへんわ。ええ男やないの、ラライアはん。ガーラちゃんの力の源は愛や。あんたも旦那がおるなら、使ったらよろしい」


 くすくすと笑うレオニダスに、ガーラが豪快な笑いで続いた。


「「レオニダス様の言う通りさ! 来なよ、どっちの愛が強いか勝負だ!」」


 構え直し、真っ向から迎え撃とうとしている。


「……はぁ。ったく、アタイの四分の一くらいしか生きてないくせに。昔はかわいげのある子どもだったんだけどねぇ、一丁前なこと言うようになって」

「変わってませんよ。今も昔も、貴女を愛する気持ちは」

「融通効かない我がままなとこもね……このばか」


 レゴルスが弓を構え、ラライアは棍を番える。


「いきます」

「負けないよ」


 シャインエルフの魔力とダークエルフの闘気が高まり、混ざり、新たな次元へと昇華していく。


「「はああああああっ!」」


 ガーラの全身から、獣の如き雄々しさと鋼の如き強さを持ったオーラが迸った。

 構えた槌に収束し、必殺の一撃に備える。


「……見とるか、旦那はん」


 レオニダスは微笑み、激しい戦いを穏やかに見つめる。


「わっちらみたいな阿呆な夫婦が、こんなとこに二組もおるわ」


 笑いながら闘気を操り、周囲に被害が出ないように囲んだ。


 それを待っていたかのように、二つの愛の結晶が放たれる。


「「白黒の破界矢(ヴァイス・シュバルツ)!」」

超破状紅閃ちょうはじょうこうせん!」


 白と黒、紅と黄。

 二色に彩られた技同士が衝突する。


 双方森ごと消し飛ばす力を持ちながら、周囲を美しい光で満たしていた。


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