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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部二章 西に行くもの
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『愛のままに』

 約九〇〇年ぶりに会った娘は、生前の母よりも大きくなっていた。

 千歳という齢でありながら、皺ひとつない美貌に鍛え上げられた肉体。半分ほどしか生きていないタスレのほうが、外見は年上に見える。解析眼で見たナミラは、その理由に目を丸くした。


「魔力をすべて体内に……」


 若さの秘訣は魔王ルクスディアと似ている。

 しかし、他から搾取していた魔王とは違い、ラライアはあくまで自分が持つ魔力を高め、体内で循環させている。だからだろうか、ナミラには贔屓目なしで、再会した娘が美しく完成された姿に見えた。


「へぇ……きみがナミラ・タキメノか。いい目をしてるね」


 品定めの視線を向けて、ラライアは笑った。

 その顔が自分にそっくりだとライアの前世は喜んだが、表に出るのは躊躇っていた。自分より遥かに永い人生を歩んだラライアに、今さら母親としてどう接していいのか分からない。それに、今この場での目的にそぐわない。

 すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られながら、ナミラはぐっと感情を抑えた。


「あんたの話は、そこの旦那に聞いてるよ。でも、今はすっこんでな。アタイが文句あるのは、この二人さ」


 じろりと見下ろしたダークエルフの視線を、ガオランとアーリは受け止めた。


「な、なんの文句があるんだ……ですか」

「あるに決まってんだろ。あんたたちの言葉は軽い。エルフを動かすのにはもちろん、自分の種族を背負うにも足りないね」

「なっ……どこが軽いと言うんですか!」


 ガオランが吠えるよりも先に、アーリが目を見開いた。

 ドワーフとしての常識を破り、誰よりも命の危険を冒してここに来た彼にとって、ラライアの発言は怒りの感情を刺激するものだった。


「軽いし、薄っぺらいね。あんたたちは所詮、親が偉大ってだけの餓鬼さ。そんな奴に神の名を出されて誓われても、なんの説得力もないね。エルフの危機に力を貸す? 偏見を無くす? あんたたちに他の同族を動かす力があるのかい? まさか、親の権力に頼るつもりだったのかい? だとしたらとんだ甘ちゃんだね。アタイが一番嫌いなクソ餓鬼だよ!」


 誰も言葉を発することができなかった。

 ナミラはあえて口を出さず、唯一止めようとしたレゴルスはひと睨みで小さくなった。


「……なら」

「……証明してみせる!」


 二人は繋いだ手を離した。

 しかし同じ敵を見据え、同時に臨戦態勢をとった。


「ガオラン・エノモタイア」

「アーリ・オーケン」

「「エルフの長老、ラライア・モス・バラライカに決闘を申し込む!!」」


 重なる可憐な二つの声。

 だが、滾る戦意と溢れる威圧は歴戦のエルフ兵をも震わせた。


「それでいい。分かってんじゃないか……シルフ! この二人にゃ手を出しても構わないだろ?」


 風の精霊は一瞬ナミラと目を合わせると「いいよ」と頷いた。


「ナミラは手ぇ出すなよ」

「これはボクたちの問題だから」

「あぁ、分かってる」


 ガオランとアーリが振り返らずに言った。

 ナミラも了解の返事を返し、レゴルスと共に距離を取った。


撃命天樹(アングリッフ)!」


 手を掲げたラライアに呼ばれ、彼女の武器である棍が飛来した。

 樹齢数千年のオレへインの木から鉄よりも硬いとされる芯を切り出し、さらに強度向上を加えられた至極の一本。彼女の身の丈にも並ぶ長大で重い棍は、他のダークエルフでも扱えない。そんな武器を軽々と振り回し、ラライアは二人に向けて言い放つ。


「さあ、かかってきな! あんたらの覚悟と力、ここにいるエルフに見せてごらん!」

「「はあああああああ!」」


 言い終わるや否や飛びかかるガオランとアーリ。

 二人とも、全力の闘気を身に纏っている。


「……ふんっ」


 手甲を軽く躱し、槌の攻撃もいなす。

 背後に飛びかかったガオランを見ないまま棍で打ち払い、振り下ろしを空振ったアーリを蹴り飛ばした。


「これは……」


 強い。

 数多の前世を手に入れたナミラに、心からそう思わせる戦いぶり。

 魔喰やルクスディアを除けば、肉弾戦において群を抜いている。


「ほらほらほら、その程度かい?」


 涼し気な目で流れるような動き。

 一見、闘気を使っていないようにも見えるが実は違う。

 戦闘力の向上には使わず薄く淡い花びらのように広げ、触れた攻撃に素早く反応し、回避や反撃に特化させている。魔力の循環でアーリを超える膂力を手に入れたラライアだからこそ成り立つ、独自の戦闘スタイル。同時に、並々ならぬ鍛錬が成せる技術でもあった。


「つまんないねぇ。せめて本気を出させてくれないかい?」

「くっそおおおお!」

「まだまだああああああ!」


 決して諦めない二つの咆哮。

 すでに骨にはヒビが入り、全身は痣だらけ。血を流し折れた歯を吐き出して、二人は闘気を高めた。


「爪獣紅閃!」

大破状槌だいはじょうつい!」


 必殺技が重なり、一人のダークエルフに襲いかかる。

 その威力は、この集落を吹き飛ばすほど強力なものだった。


「どうだあ!」

「これなら!」

「足りないよ」


 高速で回された棍から、白い闘気が舞い踊る。

 盾のように重なった姿は、一輪の花の如く美しく優しかった


白花の守りベルーイグング・シルト


 荒々しい衝撃が一瞬で消え去り、代わりにふわりと舞う花びらが周囲を包んだ。


「うそだろ……」

「そんな……」


 全身全霊を注ぎ、起死回生を願った攻撃。

 そのあまりにあっけない結果に、さすがの二人も茫然と立ち尽くした。


「はぁ……もう終わりかい。じゃあ、残念だけどこれで終いだよ」


 一瞬で間合いを詰められ、意識を奪う一撃が振り下ろされる。

 視認すらできないほどの速度が、せめてもの慈悲と言えた。


「ちょっと待っておくんなまし」


 涼やかな声と共に、攻撃が防がれた。

 突如現れた獣人の女が間に立ち入り、ラライアを見上げている。

 だがラライアがなによりも驚いたのは、女が棍を片手で受け止めていることだった。


「……何者だい、あんた」

「わっちはレオニダスいうもんどす。獣人の子ぉのご先祖様やね~」


 柔らかなに笑うレオニダスの登場に、周囲の者は一様に驚愕していた。

 向かい合うダークエルフは黙っていたが、力を込めてもびくともしない細腕に、冷汗を流していた。


「な、なにしてんだ、よ。邪魔……すんな」

「そうだよ、ナミラ、くん」


 背後の二人が、消えそうな声で訴える。

 聞こえた名にハッと顔を上げたラライアは、夫のとなりにいたはずの少年が消えていることに気がついた。視線を合わせたレゴルスは妻の疑問を感じ取り、黙って頷いた。


「堪忍してや。ガオランちゃん、アーリちゃん。でも、見てられへんでなぁ。ナミラくんは止めたんよ? でもねぇ、わっちが無理やり出てきてしもうたんよ」


 優しい口ぶりのまま、レオニダスはラライアに視線を戻した。


「なぁ、ラライアはん。わっちと取引せぇへんか?」

「取引?」


 棍が手放されると、ラライアは数歩距離を取った。


「そや。ちょっとこの子らに、わっちからアドバイスさせてほしいんよ。このままやったら、あんたもせっかく出てきたんに、つまらんやろ? もちろん戦うんはこの二人やし、わっちの闘気やら魔力やらを分けるようなマネはせぇへん。どうでっしゃろ?」

「……悪いけど、アタイは獣人ほど戦いに飢えちゃいないんでね。そんなもので了解しないよ」

「えぇ~、いけずやわぁ。うーん、ならこれならどうどす?」


 一瞬、レオニダスの瞳に策士の光が垣間見えた。


「フェロン・イーターの最期を教えたるわ」


 様子を伺っていたエルフの族長や兵士たち、隠れている住人のすべてが恐怖と重圧を感じた。

 レゴルスさえ見たことのない怒りの形相を浮かべたラライアから発せられる、憤怒のオーラ。あまりに巨大な力の奔流に、ガオランとアーリはどれほど手を抜かれていたのかを痛感した。


「……あいつの死ならアタイも見た。研究所の下敷きになって」

「復活したで? ほらぁ、あんたの旦那はんが戦いよったときに。盗賊団に成り下がっとったんやわぁ」

 

 怒気に溢れるラライアの前で、レオニダスはくすくすと笑った。


「なんであんたが知ってんだ」

「わっちっていうより、ナミラくんやねぇ。ほんまは今話す気ぃなかったみたいやけど……で、どうします? この戦いが終わったら、ぜぇんぶ話すように約束したるさかい」

「小僧に戻ったら無効だなんて言うんじゃないよ? その瞬間、相手を失った復讐の力をあんたに使うからね」

「女に二言はあらへん。今、ナミラくんもため息ついて了承したわ」


 変わらずつかみどころのない笑顔に、燃え上がっていた怒りはゆっくりと鎮まった。

 ラライアは近くの木にもたれかかり、腕を組んで三人を見つめた


「さ! あんま待たせたら悪いさかい、必要なことだけ教えるで?」

「そ、そうは言ってもさ……」

「あんなの見たら……」


 明らかに戦意を喪失した表情。

 わずかな間に埋まるはずのない実力差に、ガオランとアーリはレオニダスと視線を合わそうともしない。


「勝てるよ」


 迷いも躊躇いもない、はっきりした声。

 思いもよらない言葉に、二人はハッと顔を上げた。


「今から教えることを二人ができたら、あの人にも勝てる。これはそういう技やから」


 レオニダスは笑ったが、それはどこか遠い日々を思い出す儚さを持っていた。


「でも、覚悟がいるよ? 今までとはまったく違う覚悟が。あんたら、()()()()()()()()()()()()ええか?」


 顔を見合わせる二人。

 だが、言葉を交わさない。交わす必要がない。


 ライバルであり戦友の父。

 故に互いにいつか倒すべき相手だと教えられてきたが、アブダンティアで出会い、共に過ごした。

 笑い合い、拳を交え、体を重ねた。

 同じような友人はナミラを含め他にもいるが、二人に芽生えた絆は違った。

 ずっといっしょにいたいと願い、互いが互いを思いやり、支え、求め、死すら受け入れられる。


 今、ガオランとアーリは自身の気持ちを理解した。

 これが、愛なのだと。


「大丈夫。アーリがいっしょなら」

「ガオちゃんがそばにいるなら、ボクはなにも怖くない」


 痛みが走る手を動かして、また強く手を握る。

 その様子を見たレオニダスは、静かに頷いた。


「……分かった。これは今は失われた秘術。わっちら夫婦で潰えたものや」


 レオニダスの言葉に、二人は黙って耳を傾けた。

 恐怖はない。

 揺れる森の草木のように、心は穏やかだった。


「……で、終わりや。じゃあ……気張りや」


 溢れそうになる感情を、ナミラとレオニダスが必死で抑える。


 止めたい、自分が代わりに戦いたい。

 だが、それは許されない。

 血が出るほど歯を食いしばり、レゴルスのとなりに戻っていった。


「もういいのかい?」


 棍を手に、ラライアが歩み寄る。

 

 ガオランとアーリは手を繋いだまま並び立ち、武器を捨てた。


「……アーリ」

「……いくよ、ガオちゃん」


 二人は向き合い、空いていた手も指を絡める。


「我は女、誇り高き雌。お前を求め、我を捧げる」

「我は男、誉れ高き雄。お前を求め、我を捧げる」


 生暖かい空気の層が渦を巻き、近づこうとするものは落ち葉の一枚すら拒絶した。


「繰り返す輪廻に与えられしこの魂。貴方のために貴方になろう」

「繰り返す輪廻で与えられしこの体。貴女のために貴女になろう」

「喜怒哀楽を超え」

「すべてを超えて」

「わたしはあなた」

「あなたはわたし」

「「真実の愛よ、ここに新たな生命を」」


 唇が重なり、光が放たれる。


「な、なんだいこれは!」


 光と共に放出された熱波に似た波動。

 傷ついた獣人とドワーフからは想像もできない、圧倒的な力を孕んでいた。


「……おめでとう」


 光と波動が一点に収束していく。

 優しい目をしたレオニダスが、小さく言葉を紡いだ。


「あんた……誰だい?」


 これまでになく険しい表情で、ラライアが言った。

 

 視線の先は二人が立っていた場所。

 しかし、獣人もドワーフもいない。


 代わりに裸の人影がひとつ。

 白虎の耳と尾を生やしながらも、手足以外の肌は亜人のようになめらか。

 鉱物のように輝く瞳は、ドワーフのものに酷似していた。


「「誰だって? そうだなぁ」」


 発せられたのは、重なり合った二つの声。

 不敵に笑い牙を剥く。


「「オレの名はガーラ。ガオランとアーリがひとつになった姿だ!」」

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