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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部二章 西に行くもの
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『風と土煙』

「……そうですか。セリア王国と連合が」


 神妙な面持ちのレゴルスは、アゴに手を当てて唸った。

 周囲には四人以外の気配はない。

 オレヘインの森にのみ自生する背の高い広葉樹が、サッパリとした葉の香りを漂わせている。おかげで、ガオランは未だかつてないほど鼻の通りがよくなっていた。


「なんとかなりませんか?」

「シュウさんも前線に出るのでしょう? 私はもちろん協力したい……が、エルフの軍を動かすとなると話はべつです。私もおかげでエルフ一の戦士と言われていますが、発言力は族長には及ばない」


 話を進める二人の後ろで、強者の片鱗を感じたガオランがぶんぶんと尻尾を振った。


「とりあえず、集落に行きましょう……と言いたいところですが、きみは帰ったほうがいい」

「えっ」


 鋭い視線の先には、アーリが立っていた。


「なんでだよ! アーリだって仲間だぞ! 強いんだぞ!」

「いいんだよ、ガオちゃん。分かってたことだもん。でも……帰りません。ボクも行きます」


 自分の倍はある長身のエルフに物怖じすることなく、アーリはまっすぐ見つめ返した。


「……きみは他の二人とは違います。エルフの聖域にドワーフを入れると」

「どんな責苦にも耐えます。でも、話だけはなにがあっても聞いてもらいます。ボクは大戦士グリの子どもだから」


 全身から伝わる覚悟の強さに、レゴルスが両手を上げた。


「分かりました。なるべく危害を加えないよう言ってみますが、注意はしててください」

「はいっ! ありがとうございます!」


 パアッと明るくなった可憐な笑顔は、まるで満開の花のようだった。


「はあ。妻にかわいい子に弱いのねって、嫌味を言われるんでしょうねぇ」

「アーリは男ですけどね」

「男でも関係……え? 男?」


 レゴルスの先導で、エルフたちが住む集落に向かう。

 背筋の伸びる厳かな空気が、森全体を包んでいた。


「そうだ、ナミラくん。さっき話に出たロメイン氏の前世ですが、すぐには出さないほうがいいかと」 

「どうしてです?」

「西を統括する大族長は、ロメイン氏の血縁。タスレ・シキ・シセーダ、この名に聞き覚えは?」

「……弟です」


 二人は同時にため息をついた。


「その様子だと、ご迷惑をおかけしているようで」

「まぁ……クセのある人ではありますね。少なくとも私は、彼に兄がいたなんて聞いたことがない。存在を隠すような間柄なら、気にしたほうがいいと思いまして」

「お気遣い感謝します。たしかに別れ方は最悪でしたけど、そこまで恨まれていたとは」


 前世の記憶があっても、縁のある人らが死後どんな人生を歩んだかは分からない。

 後世に関わる前世がいれば別だが、外界との関わり嫌うエルフの情報は極端に少なかった。


「そういえば、レゴルスさんの奥さんは北の族長でしたね」

「そう、北の大族長でした。一番の古株だから、一応ここをまとめる長老をしています。彼女を説得するのが一番早いですが……」

「旦那さんからお話してもらえません?」

「するつもりですが、期待しないでくださいね? 私はまだ二八〇歳で、千歳の妻には頭が上がらない。それになにより」


 ピンと立てた人差し指を口の前に置いて、レゴルスはウインクをした。

 

「私より妻のほうが強い」


 青々とした景色が続く。

 ふと、ナミラの視界にシロツメクサの白い花が揺れるのが見えた。


「ここです。ロメイン氏のときとは、場所が変わっているでしょう? 大所帯で来ましたからね。移動したんです」


 レゴルスが手をかざすと、木々がざわざわと震えた。

 すると、凛と天を目指していた大木がグニャリと曲がり、円形の門を作り出した。


「では、改めてようこそ。エルフの隠れ里へ」


 門をくぐると、神秘的な森の中にあって、さらに別世界が広がっていた。

 開けた谷に穏やかな集落。植物本来の形を利用したエルフの伝統的な家が建ち並び、世界にここだけの絶景であった。


 しかし、住人である耳長の人々の姿はない。


「レゴルス!!」


 草木の揺れる怒号が響いた。

 次の瞬間、物陰や樹上に武装した兵たちが現れ弓を構えた。

 そして中心にそびえる巨木。

 広がった枝の上に、族長のエルフたちが並び立ち四人を見下ろしていた。


「貴様、なにを考えている! 余所者をここまで案内するとは!」


 真ん中の男が、目を見開いて叫んだ。


「年を取ったな……」


 人間で言えば中年の見た目になってはいるが、ロメインの弟タスレに違いない。

 別れの際に付いた額の矢傷が、未だに残っている。


「お聞きください、族長方! この者は妖精剣士シュウ・タキメノの息子ナミラ! 我々エルフと話をするために来たのです!」

「如何に貴様と関係があろうと、我らに人族の事情など関係ない! それに、他の二人はなんだ!? 獣臭い獣人と、あろうことかドワーフがいるではないか!」


 ガオランとアーリの顔が強張った。

 互いに目も合わさず、言葉も交わさない。しかし強く手を繋ぎ、タスレたちを見ている。


「あ、あの!」

「ボクたちは!」

「黙れ穢らわしい! この聖域に汚物を吐き散らすな!」


 タスレは近くの兵に合図を送り、二人に矢を放った。

 頬をかすめ、言葉を遮る。


「お待ち下さい! どうか彼らの話を!」

「うるさい! レゴルス、若造のくせに長老の夫だからと調子に乗りよって! 貴様がやるべきことを、我らが代わりにやるだけだ! ナミラと言ったな、人族の小僧! 貴様にだけ発言を許す。だが、こちらの質問への答えのみだ!」


 ナミラは一歩進み出て、タスレを見上げた。


「どこで隠れ里の存在を知った? どうやってこの森へ入った? 言え!」

「存在は知っていた。森へは正規の方法で入った。ウンディーネに導いてもらい、合言葉を唱えた」

「デタラメを言うな! 我らを愚弄する気か!!」


 淡々とした返答を、タスレは真っ向から否定した。

 他の族長も嫌悪感をあらわにしている。


「……妖精剣士の息子と言ったな」


 怒りに震えていたタスレだったが、ふと悪意のある笑みを浮かべた。


「ならば、父を超えてみるか? うん? 精霊の力を受けてみよ!」


 タスレは手を伸ばし、魔力を込めた。


「おやめください、タスレ族長!」

「黙れ裏切り者が! 今さら後悔しても遅いわ! お前ごと森の外へ吹き飛ばしてくれる!」

「そうではない、そうではありません。彼には無駄なのです」

「なにを訳の分からんことを!」


 タスレの魔力が膨れ上がると、周りの兵士たちにもどよめきが広がった。


「風の精霊シルフよ! 我が呼び声に応え、力を与え給え!」

「やだ!!」


 少年のような声が、風に乗って響いた。


 タスレが放とうとしたのは、レゴルスも操る精霊武装。

 自らの魔力と精霊の力を融合させた奥義。

 そのためには精霊と契約を結び、固い信頼関係や主従関係を築かなければならない。どちらにせよ、精霊の力添えが必要不可欠である。


 しかし、その精霊が拒絶した。

 前代未聞の恥辱である。


「……な……は?」


 なにが起きたか分からず、タスレは高めた魔力を消してしまった。


「オイラたち、この人の味方だもんね!」


 無数のつむじ風がナミラたちを囲む。

 風は次第に形を成し、幼い少年の姿をした風の精霊シルフが現れた。


「な、なにを馬鹿な! シルフよ、エルフと続く古き盟約よりもそこの小僧を取るというのか!」

「そうだよ。だから、ウンディーネも力を貸したんじゃん。オイラたち精霊族は風火水地すべて、このナミラ・タキメノ様に従う」


 シルフの声が恐ろしく震え、重なる。

 同時に、不気味な風が隠れ里に吹き荒れた。

 熱風と呼べるほど熱いのに、晒されると背筋の凍る恐怖を抱く。風に触れたエルフたちは、現実の中に悪夢を見た。


「耳長の民よ。この方に危害を加えるのなら、永き盟約ここに捨てる。その種一切風塵と化す覚悟がないのなら、これ以上の愚行をやめよ」


 愛嬌のある少年だったシルフたちは、目に狂気とも言える光を宿した。

 体にどす黒い闇が渦を巻き、纏うオーラは精霊の神々しさから悪魔の恐ろしさに変貌しつつあった。


「やめろ」


 呆れた顔のナミラが、パンッと手を叩く。

 春風のような暖かで生命力を孕んだ風が、隠れ里の平和を取り戻しシルフの姿を元に戻した。

 その一瞬を見逃さなかったエルフは、のちに「あの手は神の手だった」と語り継いだ。


「やり過ぎだ。こちらの味方をしてくれるのは助かるが、悪戯にエルフを怖がらせるな」

「えへへ。ごめんなさい」


 シルフが舌を出し、頭を下げた。

 万象王の前世を考えれば、風の精霊王ガルダはシルフの態度に「不敬だ!」と怒るだろう。しかし、なにも知らないエルフたちは、ナミラと精霊のやり取りを信じられない気持ちで見ていた。


「な、なにが……なぜ……」


 なかでもタスレはへたり込み、びっしょりとかいた冷汗を拭こうともしなかった。


「……とりあえず、話を聞いてもらえるかな?」


 誰も答えることができない。

 ナミラはその沈黙を了解と捉え、ここへ来た目的を話し始めた。

 外の世界の現状と要求を淡々と述べたあと、ガオランとアーリの背中を押した。


「……もし手を貸してくれるなら、アタシたち獣人は決してその恩を忘れない。エルフが獣人の爪と牙を必要としたときは、幾世代を跨ごうとかならず馳せ参じる。神獣の二柱の名の下に、獣人国家レッド戦士長、黒風のゴルロイの娘、ガオランが誓う!」

「……古き因縁を承知でお頼みします。もしお力を貸していただけるなら、我らタマガンのドワーフ、危機迫りしときはエルフのために槌を振るいます。また、数々の偏見を改めます。時間はかかるかもしれませんが、大戦士グリの子アーリが必ず成し遂げてみせます! ドワーフの神である、鉄の男ガイアと宝石の女ダイアの名に誓って!」


 二人が求めるのは、種族を超えた結束。

 なにも知らない者が聞けば、絵空事だと思うかもしれない。


 しかし、ナミラには希望があった。ダンやアニが、魔族と心を通わせる様を見ていたからなのかもしれない。

 しかし、ただ無性に。

 目の前で固く繋がれた異なる手を見れば、ここにエルフの手が加わる未来をどうしても望んでしまった。


「どうだろう。もちろん、我がセリア王国も礼は尽くす。かつて古代文明相手にたった一種族で抵抗したときよりも、かなり好条件なはずだ」

「し、しかし……」

「そんな昔のこと……」


 族長たちは呟くが、明確な返答はない。

 中心にいたタスレは苦々しい表情で睨むだけで、沈黙を貫いた。


「だめだね!」


 そのとき、森に響き渡る痛快な声がした。

 鳥が羽ばたき、花が揺れる。

 戸惑っていた兵士たちにも生気が戻り、シルフは「あいつが来た」と笑った。


「まったく、子どもたちと水辺に遊びに行ってたら、なんだいこの状況は! 情けない族長連中だね!」


 吐き捨てるような言葉に続いて、空から降ってくる者が一人。

 土煙を舞い上げて、四人の前に着地した。


「うおっ!」

「わあ!」

 

 ガオランとアーリは思わず声を上げたが、ナミラは身動きが取れなかった。


「こっから先は、アタイが相手になろうじゃないか!」


 初めて聞くはずの声に、初めて見るはずの姿に。

 言いようのない大きな喜びを感じて。


「アタイの名はラライア・モス・バラライカ! エルフの長老をしている女さ!」


 レゴルスよりも背の高い、女のダークエルフ。

 

 かつて、堕ちた賢者フェロン・イーターからライア・モス・バラライカの前世が命がけで逃がした、愛しい我が子であった。

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