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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部二章 西に行くもの
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『水底から森へ』

 ビピン王国。

 女神シュワが沐浴をした伝説が残る、ビワル湖の周囲に栄えた国。かつては豊穣な大地に恵まれたが、度重なる戦争の末に今は首都と湖のみを領土とする小国。観光業で細々と生き残る、古き国である。

 しかし街並みは歴史を感じさせ、ビワルの奇跡と呼ばれる景観は多くの人々に感動を抱かせる。静かでゆったりとした時間が流れると、近年は移住を考える退役軍人も多い。


 そんな厳かな国に。


「走れえええええええええ!」


 似つかわしくない叫び声がこだましていた。


「指名手配中の三人に酷似してるぞ! 追え!」


 逃げるナミラたちと、追うエージェント。

 ビピン王国はすでに、ダーカメ連合と手を結んでいた。


「ガオちゃんのせいだよ! お土産屋さんのお饅頭、勝手に食べるから!」

「だ、だって美味しそうだったんだよぉ! おばちゃんも、おひとついかが〜? って言ってたもん!」

「それはただの呼び込みでしょ!」

「いいから走れ! 撃ってはこないが、数はどんどん増えていくぞ!」

 

 観光客の間をすり抜け、三人はビワル湖を目指していた。

 最終目的地のオレヘインの森は、遥か先の対岸に広がっている。


「なぁ! 湖に行ってどうするんだ? 船奪うのか?」


 馬車の屋根を飛び越えながら、ガオランが聞いた。


「いや、そんなことはしない。本格的に犯罪者になるからな」

「じゃ、じゃあどうするの? ドワーフは泳ぎ苦手だよ〜?」


 アーリの訴えに、ナミラは人混み越しにニヤリと笑った。


「泳ぐ必要はない! だけど迷わず飛び込め!」

「えぇ〜!」


 嘆きながらも逃げ足は緩めず、ついに遊覧船の停泊所まで辿り着いた。

 サファイアのように煌めく水面が、一面に広がっている。


「飛び込めー!」

「ひゃっほーう!」

「ひえぇぇぇぇ!」


 穏やかな波の中に、三つの波紋が花火のように広がった。


「ごぼぼぼばぼぼっ」

「むぐぅぅぅぅ!」


 泳げないアーリはガオランにしがみつき、目すら開けられない。

 しかし、ふと暖かな感触が全身を包んだ。

 恐る恐る目を開けると水と体の間に空気の膜ができ、呼吸すらできた。


「え! な、なにこれ!?」

「すっげぇ!」


 驚く二人とは対照的に、ナミラは優しい微笑みを浮かべていた。

 そのうち目の前に渦が生まれたかと思うと、美しい女性の姿が現れた。


「ウンディーネ、よろしく頼む」

「はい、ナミラ様」


 丁寧なお辞儀をして、ウンディーネが音もなく進み出した。

 それに合わせて、空気の膜がナミラたちを運んだ。


「ウンディーネ……水の精霊が協力してくれるなんて」


 ガオランの腰にしがみついたまま、アーリが感動の声を漏らした。


「なあなあ、エルフの奴らも全員こんなことしてんのか? 隠れ里っていう割に、この国の連中にはバレバレなんじゃねぇの?」


 意外と鋭い指摘に、ナミラは笑った。


「この湖には百年に一度、龍神の怒りって呼ばれる竜巻の大量発生が起きるんだ。隠れ里は通常、族長会議の場として利用されている。そして、その会議も百年に一度だ」

「分かった! エルフたちが湖に入るときに、その竜巻が起きるんだな?」

「正解。ウンディーネとシルフが契約を結んでてな。湖の中は穏やかだけど、上は同じのが起きてるぞ。だから、エージェントが追ってこない」


 ガオランとアーリが見上げると、水面を隔てて別世界のように荒々しい竜巻が暴れていた。


「今年は族長会議とエルフたちの避難、そして俺たちのせいで三回も起きてしまったからな〜。ビピンの人たちは世界が終わるとか騒ぎそうだな……」


 どう混乱を鎮めようか悩みながら、ナミラは湖の景色に目をやった。


 宝石の中にいるような、美しい世界。

 様々な生き物が住み、生命の営みを感じられる。つい先程まで慌ただしい逃走に身を置き、これから起きる大きな戦いにも考えを巡らさなければならない。

 しかし、今はすべてを忘れられる。

 訪れたつかの間の休息、神秘的で優しい時間。

 ナミラたちはウンディーネに身を委ね、心穏やかなひと時を過ごした。


「着きましてございます」


 せせらぎのような声と共に、三人の体が止まった。

 眼前には岸壁が広がり、見上げる地上にはオレヘインの木々が見えていた。


「どうするの? 上がる?」

「いや、ここが入り口だ。二人共、俺に捕まって」


 二人が腰に捕まると、ナミラは真似衣の呪文を唱えた。


 姿がゆっくりと変わる。

 かつて掟破りの罪を犯し、追放された元王子。

 冒険者となり、仲間を逃がすために命を落とした、エルフの姿に。


「我が名はロメイン・シキ・シセーダ。西にその名を掲げる血筋。隠匿されし聖域よ、我らを迎え入れよ」


 周囲を泳いでいた魚たちが、弾かれたように逃げ出した。


「タブリ キグ キウジャエ オレヘイン チヂウミ」


 古代エルフ語の合言葉を口にすると、目の前に光の文様が浮かび上がった。

 光は次第に強まり、荘厳な門となった。


「ありがとう、ウンディーネ。協力感謝する」

「とんでもない、お役に立てて光栄です。森ではシルフがお待ちしています……我ら水の眷族、貴方様に尽くします。どうか、今生の旅路に祝福があらんことを」


 ウンディーネの丁寧な見送りを受け、ナミラは門に触れた。

 しがみつく二人と共に眩い光に包まれる。

 次に目を開けたとき、三人は背の高い木々が並ぶ森の中に立っていた。


「おぉ……マジで森の中だ」

「ね、ねぇナミラくん。ギフトのことは聞いたけどさ、精霊が畏まるってどんな前世があるの?」

「ま、それは追々な」


 姿を戻しながら、ナミラは笑った。


「……おい、ナミラ」

 

 二人を置いて我先に進もうとしたガオランが、険しい顔で爪を立てた。

 周囲を忙しなく見回し、匂いを嗅いでいる。


「気づいたか、ガオラン。だけど、手は出すなよ?」

「ど、どうしたの?」


 アーリも槌を出したが、ナミラは両手を上げて無抵抗の意思を示した。


「エルフたちのお出ましだ」


 次の瞬間、生い茂る枝葉から無数の矢が放たれる。

 三人を囲むように突き刺さった初撃には、警告と威嚇が込められていた。


「動くなっ! こちらの許可なく動けば、容赦なく射抜く!」


 並の者なら震え上がる怒声が響く。

 ガオランとアーリは警戒を緩めずにいたが、ナミラは落ち着いていた。


「貴様らは何者だ。どうやってこの聖域を知り、どうやって精霊の協力を得、どうやって封印を解いた。質問の答え以外、言葉を発することは許さん!!」


 エルフの包囲網は、誰一人姿を見せないまま築かれた。

 ガオランは歯を食いしばり「臆病者め」という言葉をなんとか飲み込んだ。


「この顔を見れば、答えが分かりますよ」


 両手を上げたまま、ナミラは天を仰いだ。


 しばしの沈黙。

 アーリは怒声の主が顔を確認しているのだろうと思った。


「きみはっ!」


 近くの枝が揺れ、一人のエルフが降り立った。

 金色の髪を揺らす長身で、立派な鎧を纏っている。先程までと同じ声の主だが、表情は喜びに溢れている。

 

「久しぶりだな! あの混乱もきみなら大丈夫だとは思っていたが、よく無事で。弓を下ろせ! 私の恩人だ!」


 張り詰めていた空気が和らぐ。

 しかし代わりに、周囲にいるであろうエルフには動揺が広がった。


「ここに来たのも納得だ。ようこそ、と言ったほうがいいのかな?」


 近づいて来たエルフと、ナミラは熱い握手を交わした。


「お久しぶりです、レゴルスさん」


 かつてシュウ、ゴーシュと共に戦った男。


 北の三英雄の一人、レゴルスとの再会を果たした。

 

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